切れても切れなくても
仕事が終わり家に帰ると、リビングの机にうつ伏せながら寝ている彼女が目に映る。
こんな景色は初めてだから、起こさぬよう静かに近づくと…………机の上には切れてしまったミサンガと、湿っているハンカチが一つ。
ふとカレンダーに目が行き……ちょうど三年前に、彼女へ渡した物だと思い返した。
【この御守りが形だけではないことは……痛い程伝わってきます。日向さんの想いが詰まった……宝物です】
三年間本当に大切にしてくれていた物だったから……ハンカチでは抑えきれないほど涙を流し、疲れて寝てしまったのだろう。
二階にある自室へ行き、降りてくる頃には彼女が目を覚まし始めていた。
「ふふっ、おはよ雫。それからただいま」
私を見つけた瞬間、彼女の瞳から涙が溢れそうになったので、唇に人差し指を当てて首を横に振った。
「雫、いつも大切にしてくれてありがとう。これ……見てくれる?」
そう言って机の上に置いたのは……切れてしまったミサンガと半分にしたヘアゴムを繋ぎ合わせて作った髪留め。
「ミサンガってさ、切れたら願い事が叶うんだって。あれから三年経ったけど……ふふっ、どうだった?」
涙を堪えて、私に深くお辞儀をした後彼女は口を開いた。
「……ではきっと、数え切れない程叶った想いと幸せに耐えきれなくて…………切れてしまったんですね」
健気に笑う彼女が愛しくて堪らなかった。
新たな髪留めを彼女の髪へ結ぶと……“どうですか?”と彼女が瞳で尋ねたので、“可愛いよ”と唇を塞ぎ答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「雫、足出して?」
「こうですか……?」
そっと右足を出した彼女。
優しく撫でて、左足を催促した。
「あの頃はただ雫に喜んでもらいたくてミサンガを作ったんだけど……着ける場所によって意味が違うんだって。右足は……あんまりよくない意味もあるみたいだから、左足にしよっか。私のもの、私の恋人って意味」
何時かは切れてこうなるだろうと予想していたから……こっそり作っておいた新しいミサンガを彼女へ。
一向に足を変えない彼女を思い見上げると……その玲瓏な微笑みに、心を奪われる。
「この足がいいんです。意味も想いも……あなたが教えてくれたので。それに……」
自動運転のエアコンから注がれる冷気。火照る私を笑うかのように、カーテンが靡く。
「……疾うの昔から、私はあなたのものですし」
恥じらいながら身体の各部を指で辿り、薬指の指輪へ至る彼女。
私の視線に気が付くと、指先を私の唇に当てて妖艶に微笑んでいた。
「切れて叶う糸もあれば、切れない糸が叶えてくれる。まるで……ふふっ、セレーネと天照大御神ですね」
彼女はそう言いながら、見せつけるように愛らしく髪留めを揺らし、右足の踵を上げ小指を唇につけた。
まるで虫籠と虫取り網を持った夏休みの子供のようで……その姿に愛しさが込み上がり、強く強く抱きしめた。
月の女神と陽の女神。
満ちても暮れても訪れる幸せに頬擦りすると……アリアドネが笑いながら私達を見つめていた。




