のんびる告げる花便り
◆ ☂ ☂ ◆
【じゃあ……雫、龍彦さん、行ってきますね】
【…………これを持っていってください】
【これは?】
【のんびるだよ! からだにいいの。こうきん?なんだって!】
【どこで知ったのか、山程採ってきたのでのんびる漬けを…………どうして笑ってるんですか?】
【ふふっ、なんだか────】
淡く微かに残っている小さな頃の記憶を辿るような夢を見た。
多分、病院へ検査に行くお母さんを見送っていたんだと思う。
でもどうして……お母さんは笑っていたのだろうか。
「キャン!」
「ごめんねポン助、起こしちゃった?」
「キャッ」
「……ふふっ、そうだね。ちょっと探してみよっか」
分からないなら、自分の足で辿るしかない。
◇ ☼ ☼ ◇
「晴さん、ハイキングバイキングしませんか?」
朝一番。微笑む彼女、目覚まし替わりに心を奪われる。
頷くと、嬉しそうにポンちゃんを呼ぶ彼女。既に服を着たポンちゃんがハーネスを咥えやって来た。
「ふふっ、今日はポンちゃんもお出掛け?」
「はい。ポン助無しでは時間が掛かってしまいますから」
ハーネスを付けたポンちゃんは、私に早く着替えろと催促するようにワードローブの前で手を擦り合わせている。
今日の服は……彼女とお揃いの春色コーデ。行ってきますのキスをすると、行ってらっしゃいのキスを返された。
◇ ◇ ◇ ◇
「それで……どこに行くの?」
私の問いに、顔を真っ赤にさせて何かを答えようとしている彼女。羞恥と葛藤し……ようやく打ち勝ったらしい。
「さ、さてさて問題です。じゃじゃん♪ リビングで私はなんと発言したでしょうか?」
可愛いから……つい、意地悪したくなってしまう。笑う顔、涙ぐむ顔、全部好き。
「ふふっ、せっかくならモノマネしながら言ってみようか?」
「ダ、ダメです!! と、というわけで正解はハイキングバイキングでした。なので今からハイキングに出掛けます」
照れ隠しに手をワチャワチャと振りながら早口で答えた彼女。
午前七時の日曜日。まだ目が覚めていない住宅街は緩やかに息をし、彼女の鼻唄とポンちゃんの足音を眺め……その幸甚に浸る。
「ふふっ、なにかいいことがありましたか?」
「早起きは“三もん”の徳だなって思ってたの。さて、ここで問題返しです。ジャジャン♪ 私の思う“三もん”とはなんでしょうか?」
真似をされ、顔を赤く染める彼女。
照れ隠しに前髪でカーテンを作り俯いているけど、それでも私に応えたい一身で顔を上げた。
「……好きだもん、照れるもん、やっぱり好きだもん……?」
「もー…………正解でいいよ」
好き過ぎて照れている時点で、彼女には敵わないのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
暫く歩き腹が鳴ってきた頃、数回来たことのある緑地に着いた。ポンちゃんと彼女がやけに張り切っている。
「ふふっ、何をしてくれるのかな?」
「ポン助の新しい特技です。ポン助、お願いね」
「キャン!」
ドタドタと走り始めるポンちゃん。
暫くすると草むらで止まり、数回吠えた。
「お宝でもあるのかにゃ?」
「ここにはなんと……じゃじゃん、野蒜が生えているんです」
ニラのような葉を引っこ抜くと、小さな球根がぶら下がっていた。それが何なのかは分からなかったけど……ドヤ顔をする彼女とポンちゃんが堪らなく愛しくて、後ろで手を組み後を追う。
ポンちゃんは至る所で野蒜?を見つけ、ビニール袋一杯に採れたところで質問をする。
「ところで……その野蒜ってなに?」
「春の七草“鈴菜”は今でこそ蕪として認知されていますが、古来は蕪ではなくこの野蒜でした。つまり……?」
「ふふっ、腹が鳴るわけだ」
緑地内にあるベンチに座り……彼女は鞄からチャック付きのポリ袋を取り出した。中には既に具材やらが入っている。
「では、野蒜の松前漬け風を作りたいと思います。先ほどの野蒜をよく洗いまして……葉を刻み、根の部分もこの袋の中に入れます。晴さん、モミモミをお願いします」
「ふふっ、任せてよ。これは何が入ってるの?」
言われた通り、袋を揉みながら尋ねる。
「醤油やお酒、味醂等の調味料をひと煮立ちさせたものに、人参とさきいか、味付け昆布、細かく刻んだ生姜と唐辛子が入ってます」
「へぇ……めっちゃ美味しそう。もう食べられるの?」
「いえ、これを一晩寝かせます」
「えっ!? じゃ、じゃあ食べられないの?」
「作ったものを別に持ってきました。こちらののんびる漬けは、寝かせて明日以降食べましょうね」
子供のように行動を見透かされているみたいで、思わず顔が熱くなる。
鞄から出されるは、魔法瓶に入ったホカホカのご飯。それから小さなプラスチック容器が数個。
野蒜の松前漬け、野沢菜、沢庵、梅干し、胡瓜のぬか漬け。
確かに、ハイキングバイキングだ。
「しじみのお味噌汁もありますからね。のんびるはよく噛んで…………ふぇ? どうして笑っているんですか?」
「ふふっ、なんだか可愛くて。のんびるって呼んでたんだ?」
何気なく、ただ本当に可愛かったから微笑んでしまったけれど……彼女は何かを思い出すように目を見開いて、小さく頷いていた。
「どうしたの……?」
「……夢の続きを…………ふふっ、見ている最中です」
何かは分からないけど……それが彼女の大切なものだって分かるから、私もそれを大切にしたい。
「……ねぇ、せっかくだから一緒に採ろう? のんびる♪」
「こ、小バカにしてませんか!?」
「してないしてない。ポンちゃん、のんびる探そ」
「キャンッ!!」
「…………ふふっ、春ですね」
【ほら、ここのたんぼにのんびるたくさんあるんだよ!】
【わぁ、本当。どれから採ろうかな?】
【おかあさん、のんびるたべてげんきでた?】
【うん、沢山元気貰ったよ。春になったら、こうして毎年食べようね】
【はるはおかあさんだから、わたしはるがすき…………ねぇ、おでこにおでこつけてなにしてるの?】
【何時か雫の春が見つかりますようにってお願いしてたの】
【ふふっ、へんなの】




