日常ショート キュートアグレッション
久々の街中デート。道行く人々は花粉症対策で大多数がマスクをしているので、同じ様にマスクをしている私も随分紛れやすい。
そんな中、彼女が私の服をちょんちょんと引っ張り愛らしいドヤ顔で一言。
「晴さん晴さん、あちらを見てください。テレビでよく見る俳優さんです。実は私、ここに来るまでに三人程有名人さんを見掛けたんです」
一瞬目が丸くなったけど、面白いのでこのまま観察することに。
「以前スーパーマーケットで買い物をされている有名人さんも見ましたし、おまちって凄いところですねぇ……」
あー、可愛い。
いつまでも眺めてたいけど……ちょっと意地悪したくなってしまう。
本屋へ向かい、とある本を探すことに。
彼女は有名人探しを楽しんでいるようで好都合。
目当ての本を購入し店を出て、人通りの多い場所で足を止めた。
「雫、さっき買ったんだけど……この本プレゼントするね」
「い、いいんですか!? ふぇぇ……嬉しい……なんの本でしょうか……開けてもよろしいですか?」
「うん、どうぞ」
彼女は書店名が書かれた包装紙を丁寧に取ると、瞳を輝かせた後…………顔を真っ赤に沸騰させていった。
シェイクスピア作 “ヴェニスの商人”
その作中の台詞 Love is blind 《恋は盲目》 に彼女は気が付いたらしい。
マスクを外し、赤らんだ愛らしいおでこにキスをする。
大衆の前でこんなことをしている私も……呆れるほど、盲目的に恋をしているのだろう。
私の存在に気が付いた人々は足を止め始め、耳まで赤く染まった彼女はそそくさと大衆に紛れ小さく縮こまっていた。
一瞬で出来た大きな人集りの中心で、彼女へ電話をかける。
「どう? 私も結構……有名人さんなんだけど?」
『い、意地悪さんですよ!?』
「だって…………ふふっ。余りにも雫が可愛いから意地悪したくなっちゃうの。こういうの何ていうか知ってる?」
『と、特殊性癖でしょうか?』
「もー……いいよ? そういうの……してみよっか?」
『ふぇ!? そ、その……どういったもので……』
「ふふっ。帰ったら…………ね?」
見物人を撒き、駐車場で落ち合った帰りの車中。ただひたすらにモジモジしている彼女が愛しくて湧き上がるキュートアグレッション。
「ホント、可愛くて食べちゃいたい」
「…………た、食べてみますか?」
「もー……どうなっても知らないからね?」
孔子も倒るる恋の山。
翌朝諸々を思い返して赤面する私達。布団の中でモジモジする彼女に再燃し、おかわりをした。




