アナクロニズム
高速道路の料金所、なんとなく違和感を感じたので徐行運転するとバーは上がらず。代わりに通行券が機械から出てきた。
新しいETCカードを財布に入れたままだったのを思い出し、照れ笑いしながらなんとなく彼女に通行券を渡すと……目を輝かせながら彼女は通行券を見つめていた。
サービスエリア、高揚した顔でソフトクリームを舐める彼女に尋ねた。
「今日は特段楽しそうだね」
「そ、そんなに顔に出てますか?」
「ふふっ。まぁ……私だから分かるのかも」
人も疎らなエリア内のビュースポットで、彼女の唇についたソフトクリームを貰う。
「……私、アナクロな人間なんです」
「アナクロ……」
「時代錯誤、という意味ですが……こんな言葉を使ってしまう所が既に……ふふっ、アナクロなんでしょうね」
お財布に忍ばせていた通行券を出し、無垢な瞳で見つめる彼女。生温い春の風に靡かれる。
「最近は電子決済なるものが主流ですし、お財布を握り締めて買い物をする……なんて、東京ではそれこそアナクロなのだと常々痛感していますが……」
車に戻る道中……嬉しそうに、少し恥ずかしそうに微笑みながら語る彼女。
両の手で握り締めているお財布は、使わなくなって彼女にあげた私のセカンドハンド。
「電車の切符も飛行機の航空券も、スマホ一つで片付けられる便利な時代です。でも私は……発券機から目的地まで共に過ごす切符が、目的地の改札機に通して無くなる瞬間……“行ってらっしゃい”と背中を押してくれる感覚が好きなんです。その……変かもしれませんが……」
「ううん、変じゃない。凄く素敵」
シートベルトを締め、サービスエリアから本線へ合流する。スマートICが使えないので、もう一つ先の降り口へ。
料金所に差し掛かると、通行券を彼女から手渡された。膝の上に用意されている……お札と小銭達、微笑む彼女。
行きとは違った意味で、照れ笑いしてしまう。
「晴さん?」
「ふふっ、ごめんね。見惚れてた」
「ど、どうしてでしょうか……?」
通行券が精算機へと吸い込まれ、顔を真っ赤に染めた彼女から渡されたお金と共にバーが開く。
“行ってらっしゃい”と私にも聞こえた気がして……幸せと共に、唇を噛み締める。
「帰りもこうやって帰ろっか。その先も……通行券がいつか無くなっちゃう日までずっと」
私の言葉に瞳を潤ませ……私と同じように、唇を噛み締めている。
「…………本当は知足を常としなければいけないのに……ふふっ、ダメですね私は。欲深くて」
「……知足って?」
「足るを知る、という意味です。足る事は人それぞれですが……朝起きて、一日の始まりに感謝出来る幸せ。三食出来る幸せ。机の上の消しゴムや鉛筆。窓から射し込む春の陽……あなたの笑顔。あれもこれも欲しいとなるよりも、私はこんなにも足りているのだと思うことが……その、大切だと思うのですが…………」
素敵な言葉とは裏腹に、彼女は抗う様に頬を赤く染め、目を閉じて俯いた。
顎を指で掬い唇を塞ぎ、その欲求を満たす。
「…………ただ、あなたのこととなると別でして……あれもこれも、欲しくなっちゃうんです」
「……今は何が一番欲しい?」
「……アナクロかもしれませんが、あなたと同じ苗字になりたいです」
「…………ふふっ。じゃあ私もアナクロだ♪」
それから何年経っても、案外通行券は無くならないもので……とある日の高速道路サービスエリア。あの時の会話を懐かしみながら彼女は財布から私の免許証を取り出し、ある箇所を愛でるように見つめていた。