晴雨萠動
明け方まで降り続いた雨は止み、一足も二足も早く春光が顔を覗かせる午前九時。
「わぁ……いい天気。ねぇねぇ、せっかくだしお散歩しない?」
「ふふっ、同じことを考えていました。一口むすびと焙じ茶を作ったので……ピクニックしましょうか」
テレビに映る天気予報士。四月下旬並の暖かさと語るその台詞と、庭に舞う雲雀の囀りが背中を押す。
「…………あっ、ごめん。ちょっと待ってて?」
玄関ドアの前。あなたは忘れ物をしたのか、階段を駆け上り二階の自室へと向かった。
満足気な顔で階段を降りてくるあなたが……堪らなく愛しい。
降りるまで待てなくて、二段分目一杯背伸びしてキスをした。
◇ ◇ ◇ ◇
「春の匂いがするね。なんだか伸びしたくなっちゃう」
人も車も疎らな街路樹沿いを散策し、気持ち良さそうに伸びをしている。
一片の氷心を持つあなたは……高い空も広い地も、分け隔てなく見据えてくれる。
「見てみて、石畳の間から沢山芽が出てる。ふふっ、爛漫だね。頑張れー」
あなたといると……好きが溢れて止まない。
それは何時ものことだけど、でも今日は……この季節達が何時も以上に囃し立てる。
はしたなくも縁石の上に乗り……あなたと同じ目線で見つめ合う。染まる頬は……あなたも私も、春景色。
「…………石畳 つぎ目つぎ目や 草青む」
「ふふっ、素敵な俳句」
「江戸の三大俳人、小林一茶が詠んだ句です。こうして目線だけでもあなたと同じ場所へ居たいのですが……まだまだ、私には届きそうにありません」
「…………えいっ」
あなたは私のおでこに優しくデコピンをし、目を丸くした私の唇を塞いだ。
「さてさて、問題です。私の目には……雫がどう見えているでしょうか?」
とびきりの可愛い顔で微笑む晴さん。その愛らしさに、恋に恋の重ね掛け。
あなたは鞄から一冊の本を取り出し、私に手渡してくれた。
“季節の調べ 四季手帖”
蛍光ペンで幾つも印が付けられており、その言葉や節気を辿ると……その全てが、私の口から出たものだった。
ただ一つだけ。ピンク色のペンで塗られた一つを除いて。
「ねぇ雫、私も同じだよ?」
二十四節気 “雨水”
二月終わりから三月初めの今時分。積雪は雪消の水へ変わり、降雪は雨へと変わっていく。
春の陽を浴びた水はキラキラと…………
そう、キラキラと輝いて見える。
雨水から見た春の陽は手が届かない所で眩いほど輝いていて…………でも、春の陽から見た雨水も……きっと、同じ。
「本当、その通りですね」
「ふふっ、可愛い顔して……目、瞑ってて?」
私達は春の陽であり雨水であり、一切有情にも成れる新芽である。
「さてさて、折角だし何処に行こっかにゃ?」
日の向う……同道する雨が居るならば、芽生える草木は何処迄も。
「ふふっ、あなたとなら……何処迄も」




