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成冬宴


「来月、お仕事がない日を教えていただけますか?」


 彼女からそう聞かれスケジュール表を渡した。暫くして、十二月七日は空けておいて欲しいとお願いされた。

 彼女からのお誘いに胸が躍り、カレンダーにハートマークを書き尻尾を振ってその日を待った。

 

 当日、目が覚めてリビングへ向かうと……彼女は頬を赤く染めながら一枚の手紙を渡してくれた。


「ふふっ、なんだろう……読んでもいい?」


 何度も頷く彼女が愛しくて唇を塞ごうとしたけれど、可愛く指でバッテンを作り“手紙が先です”なんて言うから……ソファへと押し倒して深く彼女と繋がった。 


 ◇  ◇  ◇  ◇ 


「じゃあ手紙読むね」


「……晴さん意地悪です」


「ふふっ、ごめんね。えっと……成冬宴のお知らせ? これはなんて読むの?」


成冬宴(ふゆとなるうたげ)です。今日十二月七日は七十二候閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)なので……その、私なりの冬のおもてなしが出来たらなと……」


 そう言って彼女はベランダに続くカーテンを開けた。


「せっかくなので……朝の空気を感じませんか?」


 裏起毛の上着をヒラヒラとさせながら誘う彼女。

 上着を羽織り、優しく手を引かれ窓を開けると……白い吐息と共に漏れる声。

 木陰の霜は薄っすらと庭を白く染め……朝日を浴びたリコリスの葉に滴る露が地面へと落ち、悪戯気に誘うようにその葉を揺らしている。


 彼女は地面に落ちてしまった蜜柑を輪切りにし、木の枝に刺した。

 小鳥達は物怖じせず刺された蜜柑へと集まり、数匹は彼女の肩へと止まっている。


「餌の少ない冬の間だけ……特別にあげてるんです。内緒ですよ?」


 誰にとか、どんな規則があるのかとか、そんなのはどうでもよくて……

 只々、この景色を心に焼き付けていた。

 

 彼女へ近付くと……逃げる小鳥達。


「ふふっ、懐かれてないや」


 から笑いすると……白い吐息と共に顔を赤く染めた彼女が愛らしく擦り寄ってきた。


「な、懐いていますよ?」


 冬なんてただ寒いだけの季節だったのに……寒さの先にある大切なものをこうして彼女が教えてくれるから……また一つ、冬が好きになる。


「で、ではこちらに来てください」


 顔を真っ赤にさせたままの彼女は、パタパタと顔を仰ぎながら私の手を引いてくれた。

 庭の中央には焚き火台。隣には薪が積まれ、促されるまま近くの椅子へ座った。


「た、焚き火はお好きですか?」


「ふふっ、もちろん。火起こし手伝ってもいい?」


「は、はい! ではこちらの──」


 23区外とは言え、庭で焚き火……なんて話になり、彼女はこの日の為に役所と消防署に相談して近隣の人達へ頭を下げて来たらしい。

 

「暖かいですねぇ……」


「ふふっ、マッチ一本で立派な火が出来たね。火を見てるとなんだか落ち着くにゃ」


 苦労してまで彼女が見たかった、見せたかった景色が垣間見える。


「…………」


「どうかなさいましたか?」

 

「……ふふっ。そのマッチで私の可愛い恋人はどんな夢を見てるのかなって思って」 


 火のついていないマッチ棒を私に向けて、彼女は愛らしく微笑んだ。


「…………闇夜の提灯※₁。覚めない夢を……見ています」  ※₁切望するものにめぐりあうこと


 小さく爆ぜる薪に誘われ、唇を重ね合わせた。

 焚べる度唇が離れると、その温もりを追うように熱が逃げ……途端に冬を感じさせられてしまう。

 

「ふふっ、寒くなっちゃった」


「では…………そろそろ始めましょうか」


 彼女は空を見上げて、少し照れながらリビングへ戻り何かを準備し始めた。

 待っている間薪を焚べ、彼女を真似て空を見上げると……白い息と共に、冴ゆる星が薄っすらと顔を覗かせ始めていた。


「お待たせしました」


 三脚にぶら下がる囲炉裏鍋。

 焚き火台の上に設置され……ぐつぐつと揺れる木蓋の隙間から、私の胃袋を掴む匂いが漏れ始める。


「ふふっ、美味しそう。何が入ってるの?」


「雪見鍋です。最後の仕上げがあるので……十数え終わるまで目を瞑っていてください」


 優しく頭を撫でられおでこにキスをされ……思わず照れてしまい、強く目を瞑る。


「九……十。もういいよ?」


 可愛らしい常套句に頬が熱くなる。

 ゆっくり目を開けると…………雪見鍋の……湯気の向う。あるはずの無い不香の花※₂が美しく庭木に咲き誇っていた。 ※₂香りの無い花、雪の例え


「おまちの……イルミネーションを参考に、その……私なりの雪景色が作れたらと思いまして。あの……ち、稚拙かもしれませんが……」


 彼女の言葉を遮るように唇を塞いだ。

 だって、私が見てきたどの雪よりも美しいものだから。そう伝えるように強く抱き締めると、応えるように強く抱き返してくれた。


「……ふふっ、初雪だね。一緒に鍋食べよっか」


「…………はい」


 寒いからこそ、彼女の温もりを濃く感じられる。

 忙しない師走だからこそ、焚き火の揺らめきが心を落ち着かせてくれる。

 二人で食べるからこそ……雪見鍋は心まで満たしてくれる。


 2024年12月7日午後5時半。それは東京で観測された記録よりも12日早い……私達の初雪。

 肩を寄せ合い眺める白い吐息の先。煌めく六花に見守られ、成冬(ふゆとなる)。 


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おあずけができないワンコ シッポフリフリとびかかられる雫w カワイイのが悪いとばかりに反省ゼロの晴強し 心落ち着かせ…下心は例外なのかにゃ?
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