私達の好き
「あれ珍しい。雫、お父さんから何か届いたよ」
彼女の実家から届いた段ボール箱。
二人仲良く覗き込み、開けると出てきたものは……
「わぁ……栗だ」
輝くような褐色の栗達が顔を見せ、その横にあるメモ用紙にはぶっきらぼうな文字で【食べなさい】と一言。
思わず笑ってしまい彼女に目をやると、耳まで赤く染めながらボソッと一言。
「……びっ“くり”ですね」
恥ずかしいなら言わなきゃいいのにって何時も思うけど……私が喜んでくれると思って、勇気を振り絞って言ってくれるんだよね。
ふふっ、精一杯応えなきゃ。
碌でもない言葉が口から出掛かったけど……これ以上赤面させると彼女が壊れてしまいそうだったから、そっと言葉を飲み込んで彼女と戯れた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれ? この段ボール重たいね……」
移動させようと思ったら想像以上に重たくて、よく中身を見てみると何かの上に仕切られて乗っていた栗達。退かしてみるとそこにはラベルの無い五キログラムの米袋。表紙にはこれまたぶっきらぼうにサインペンで新潟の文字。
「最近はお米が値上がってますから、助かりますね」
「そうだね。この新潟っていう文字は意味があるのかな? 産地なんだろうけど……」
「……彼岸の早生栗早生木通。新潟県で使われていることわざですが……送られてきた物を見るに、どちらも食べ頃だから食べなさいと伝えたかったのではないでしょうか。ふふっ、父らしいですね」
彼女は嬉しそうに笑いながら、栗を水に浸していく。
私は子どものように彼女の隣でその作業を見つめ……時折優しく微笑みながら私を見てくれるその景色に、写真でしか見たことのない彼女の母の面影が淡く重なっていた。
「新米に栗……今日は栗ご飯かにゃ?」
そうなるだろうと思っているからそう言ったけれど……私は栗ご飯が苦手。
出来れば別々に……でも、彼女が作ってくれるものならなんだって美味しく食べられるから。
きっと私は今日から栗ご飯が好きになるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
ほかほかの湯気に乗せられた新米の香り。
白く艶めく丸めのおにぎり。自家製のぬか漬けと、豆腐だけのシンプルな味噌汁。
食卓の上、それは全て私の好きなもの。
「雫……その、凄く嬉しいんだけど……栗は?」
「栗は食後の栗羊羹です。とっても甘いので、珈琲を飲みながら……ふふっ、映画でも見ましょうか」
頭が追いつかなくて……間抜けな顔で間抜けな質問。
「栗ご飯じゃないの?」
「……晴さん、栗ご飯嫌いですよね?」
「そ、そうだけど……私嫌いって言ったことあるっけ……?」
「ありません。お付き合いして初めての秋……一緒に行った和食処で栗ご飯が出てきた時の晴さんの表情を見て気が付きました。ですから……ふふっ、あれ以来栗ご飯を食べたことはないんじゃないですか?」
考えてみれば、季節そのものみたいに素敵な彼女が時期物の栗ご飯を作らない筈ないのに。
顔が……熱くなっていく音がする。
「私が作れば、晴さんは何でも美味しいと言ってくれますし……そう思わなきゃと悩んでしまうかもしれません。それはとても嬉しいことなんですが……せっかくなら、あなたの好きなもので喜んで欲しいんです」
私の好きな焙じ茶が入った湯呑を置き、愛しそうに食卓を眺める彼女は、少し照れながら可愛らしく微笑んだ。
「それに私も……ふふっ。栗ご飯嫌いになっちゃいました」
「えっ?! それって……私のせいだよね……?」
「はい。あなたが嫌いなものは私も嫌いになっちゃいます。でも……私、嬉しいんです。だって……私の好きはあなたの好きで溢れてるから」
召し上がれと瞳で語り、皿を私の方へ近づけてくれる。
焙じ茶を一口啜り、その芳ばしさに溜息を吐くと…………思い出す、三年前のある日達。
【なんかいい匂いするね。何作ってるの?】
【茶葉を煎って焙じ茶を作りました。小さな頃こうして母が作ってくれて、以来好物の一つになりまして…………ふふっ、日向さんも飲んでみますか?】
【わっ……す、すごい匂い……何してるの?】
【す、すみません……その……ぬか漬を作っていまして…………食べてみます?】
思い返せば、見渡せば、私の好きは彼女の好きで溢れていた。
そんな大好きな好きに……また一つ、恋をしている。
「晴さん? どうしましたか?」
「雫、だーいすき」
「ふふっ。もっともーっと、大好きです」
◇ ◇ ◇ ◇
食後の映画鑑賞。
珈琲を啜りながら、栗羊羹を一口、もう一口と。
「あれ、あと一つしかないや」
気が付けば最後の一切れ。
私に食べさせようと口に運んできたので……
「ダメ。半分こしよ?」
半分だけ食べて、もう半分は彼女の下へ口移し。
仲良く半分こしたそれはどこまでも甘く、口の中で蕩けていく。
「もう一回? ふふっ、じゃあ目瞑ってて──」
そうしてまた一つ増えた……私達の好き。