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恋乃知秋


 明方、ベッドから落ちて目を覚ました私はそのままリビングへ向かう。

 まだ朝日が届かずほんのりと暗いリビング。その窓際では、彼女が湯気立つ珈琲カップを片手に愛らしい瞳で庭を眺めている。

 時折湯気で曇る窓にハートマークを何度も重ね書きし、その中央に私の名前を刻んでいた。

 

「おはよ、雫」

 

「お、おはようございます。今日はお早いんですね」


 一瞬窓のマークを消そうとした彼女だったけれど……消したくない気持ちが強いのか、消さず顔を真っ赤にさせながら私の下へ駆け寄ってきた。 

 そんな彼女が只々愛しく、強く強く抱きしめる。

  

「早く雫の顔が見たくて起きちゃった」


「…………私もです」


 私の寝顔を見て始まる一日が幸甚の至りだと常々言っている彼女。

 窓に薄っすらと残っているハートマークが目に入り、堪らずソファへと抱きしめながらなだれ込んだ。


「窓の外、何か見えてた?」


「木に止まっていた鶺鴒(せきれい)を見ていました。今時分は白露の次候、鶺鴒鳴(せきれいなく)ですが……昨今は暑さが長引いてますから、中々実感出来ない時節柄を感じてみようと思いまして……」


「ふふっ、それで半袖半ズボンにネッククーラー付けて珈琲飲んでたんだ?」


 おでこを擦り付け、互いを見つめ合う。

 チッチッと鳴く鶺鴒。一段と顔を赤くさせる彼女。


「あのハートマークと関係あるのかにゃ?」


「あ、あれはですね、その……えっと…………わ、笑いませんか?」


「笑わない。こういう時、笑った事ある?」


「…………多々あります」


 どんなに恥ずかしくても目を逸らさない彼女。

 感情を通り越してでも、私への想いを貫いてくれる。ありがと、雫。それから──


「ふふっ、ごめんね。聞かせてくれる?」


「……鶺鴒は日本神話に登場する伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)に恋を教えた“恋教え鳥”なんです。私にとってその存在は晴さんなので……あなたに教わったこの恋を心の中で辿っている内に、自然と指が動いてしまいまして……」


 言葉尻、再度彼女を強く抱きしめた。

 出会ったばかりのあの頃のように頬同士を重ね合わせると、彼女は星のように目を煌めかせながら……再度顔を赤くさせる。


「ふふっ、私も初めての恋なんだよ? 私が教えたんじゃなくて……雫と、二人で一緒に知っていったんだから」


 恥ずかしそうに、どこか嬉しそうに小さく頷く彼女。

 見つめ合い唇を重ねるとする、彼女の香り。恋の味。


 恋が何なのか。どんな味なのか、匂いなのか。

 色も形も分からなかった私達。

 まだその道すがらなんだろうけど……彼女と過ごす毎日が恋で溢れている。

 春も夏も秋も冬も……全てが彼女と紐づいている。だから彼女は季節を、私を、恋を感じたくて七十二候を大切にしているのだろう。 


 そう思い、辿る記憶。

 去年の今頃は何をしていたのだろうか。一体どんな恋だったのか、それはどんな──


「……今、何を考えていますか?」


「ふふっ、去年の恋の味。どんな感じだったのかなって」


「…………これで分かりますか?」


 柔らかな唇が触れて思い出す、一年前の恋の味。それは、秋はまだかと空を見上げていたあの日。

 でも……とぼけた私は彼女の好きな顔で見つめ、ねだるように囁いた。


「まだ分からないから……もっとちょうだい?」


 真っ赤な顔で健気に私の手を引き、思い出させるように窓際でキスをしてくれた彼女。


 吐息で曇る窓ガラス。

 薄っすらと現れたハートマークを上からなぞり書きすると……漏れる嬌声、飛び立つ鶺鴒。見上げた空に、恋乃知秋(こいのちしゅう)


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― 新着の感想 ―
[良い点] >去年の今頃は何をしていたのだろうか 振り返りの秋 日記を確認したり、プールに入ったり、銀杏拾ったり 毎年季節を満喫してますね 読者もついつい振り返り拝読 [気になる点] 違うのは雫の積極…
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