ting-a-ling
以前SNSでバズった私の歌(殆ど彼女作)。
MVを作り想像以上の反響に、アルバムを出したいから十曲作れと事務所から言われた今日此の頃。
そんな訳で夜の十二時過ぎ、彼女は寝ずに楽曲作りをしている。
「疲れてるでしょ? 無理しないで明日にしたら?」
「いえ、今日は良いモノが出来そうな気がしまして……あと少しだけやらせてください」
「うん、じゃあ……隣にいさせて?」
私に何か出来る訳じゃない。
歌詞を書いて、抽象的な言葉を幾つか添付して彼女に託すだけ。
集中する彼女。本当はくっついていたいけど、気を逸らさない為になるべく触れ合わないように……
「……ふふっ。服の袖、掴んでいいですよ?」
見透かされ、甘く流れるような声で許可を得る。今出来る精一杯の触れ合いに、鼓動は速さを増している。
没頭し、集中している時の彼女の落ち着いた瞳が好き。
何時もとは違う一面にドキドキしてしまう。
こんな安っぽい感情と字面、私には絶対無理だなって昔は心の中で苦笑いしていたけど……
薄っぺらで在り来りだと思っていた台詞や想いも、“好き”という言葉と人を知ってしまったから……まるで恋物語の主役みたいに、一挙一動一言一句心を動かされてしまう。
五線譜の上を走る鉛筆の音。刻む秒針、微かな吐息。
ピアノを使わず、文字を書くような感覚で五線譜に音を書き込む。時折動く左手は頭の中で音を鳴らしているのだろう。
その姿に只々見惚れ、只々……恋をしている。
唇に触れたくて……でも彼女の作り出す世界を壊したくなかったから、ほんの少しだけ肩と肩を触れ合わせた。
その瞬間、私の方に少し寄せられた重心。
声も瞳もいらない。只それだけで……幸せに包まれる。
少し行き詰まったのか、月明かりに照らされる庭を見つめる彼女。
差し入れに渡す、ミルク多めのココア。小さく乾杯して、月を眺めた。
「ありがとうございます。もう少しで形になりそうなんですが……なにか一つ、これだと確信出来るものが無くて……」
私が渡したメモ用紙の文字を指でなぞる彼女。正直、彼女に全てを任せたほうが円滑に進むし良いものが出来る気がする。
何度かそう言ったけれど……「晴さんの想いを音にしたいんです」と、頑なに拒んだ彼女だったので、歌詞に紐付けた色や台詞、頭に浮かぶ纏まりのない言葉達を彼女に託し紡いで貰っている。
その中の一つ、秋の夜長。なんとなく浮かんだ言葉が彼女を悩ませているのなら……私に出来ることはこれくらいしかないだろう。
ベランダへ続く窓を開け、彼女を手招きした。
少し肌寒くなった……秋の夜長。
虫たちの声が優しく鳴り響いている。
E♭の音で歌う鈴虫に、B♭の音を重ねる私。
リンリンとリズミカルに歌う鈴虫に負けじと合わせていると……彼女の美しい瞳が、大きく見開きキラキラと輝いていた。
優しくGの音を重ねる彼女。それは、月夜に奏でる長三和音。
自然と目が合い、引き寄せられるように唇が重なると……鼻先を擦り合わせながら踊る、秋のワルツ。
変ホ長調 “ting-a-ling”
一匹の小さな鈴虫が指揮した秋の夜長。
私達の曲がまた一つ完成した。




