キスを求める鍔の向き
アウトレットモールで買い物中、とある店内で彼女は珍しく足を止めていた。
「ふふっ、何か欲しいものあった?」
「そ、そのですね……えっと……」
私と出会う前は、郊外でよく見かけるチェーン店のショップ(彼女曰くファッションセンター)で極々偶に買い物をしていたらしい。
私が偶に連れて行く店もそうだけど、今いる店も……もしかしたら彼女にとって居心地は良くないのかもしれない。
でもそんな中で彼女が見つけた何かがあったなら、私はそれを大切にしたい。
だから今彼女が隠した服を買う。何であろうが買うと決めた。
「私にも見せられないのかにゃ?」
「……わ、笑いませんか?」
「笑う筈ないでしょ? ちょっと居心地良くないかもしれないけど、せっかくなら雫とお買い物楽しみたいな」
私がそう言うと、恐る恐る隠した服を見せてくれた。
それは、これからの時期にピッタリのフィールドジャケット。
「その……以前晴さんがこのような服を着ていた時に格好良いなと思いまして……だからと言って私が格好良くなれる訳はないのですが、その…………」
店の中だからとか、私の後を付けてきている人達のこととか……そんなどうでもいいことは一瞬で頭の中から消し飛んだ。
目の前の愛しさを力いっぱい抱きしめて、おでこ同士を擦り合わせる。
「は、晴しゃん……その……ギャ、ギャラリーの方達が……」
「いいよどうでも。その服雫に絶対似合うから。絶対可愛いし格好良いよ。雫が良いなって思うことは大切にしようよ。二人で共有して……一緒に暖めて育てていきたいもの。ふふっ、これ何て言うか知ってる?」
「なんでしょうか……?」
「……愛って言うと私は思うよ」
隣にあった試着室に入り唇を重ね合わせると、いつも通り力が抜ける彼女。
それでもフィールドジャケットを握りしめている姿が愛しくて、何度も何度も唇を重ね合わせた。
◇ ◇ ◇ ◇
フィールドジャケットに合わせワークキャップを購入。少し肌寒くなってきたので、彼女は買いたてのジャケットを羽織りデートを続けた。
手を繋ぎ談笑しながら散策していると、土埃の匂い。地面がまだら模様に色付き始めた。日傘が雨傘に変わり、彼女は互いの肩が濡れないよう、より一層身体を密着させてきた。
「せっかくなら帽子も被ったら?」
「そ、そうですか? では…………ど、どうでしょうか……?」
似合っている、素敵、言わなきゃいけない言葉が沢山あるのに……そんな言葉すら置いてきぼりにしてしまう程に…………
「……好き」
私の一言に一瞬目を見開いた彼女は、頬を赤く染めながら目を閉じて少し背伸びをした。
普段から彼女に少しでもいい格好がしたくて落ち着いているふりをしているけど、こういう所でボロが出る。
逸る心。唇が触れるよりも前に、帽子の鍔が私のおでこに当たってしまう。
思わず目を見開く私達。
「す、すみません!! その、被り慣れていなくて……も、もう少し顔を傾けなければですよね── 」
焦る彼女の言葉を遮るように優しく帽子を後ろ向きに被せ、甘く深くキスをした。
「ふふっ、こうすれば大丈夫でしょ?」
淡く美しく瞳を揺らめかせた彼女は、顔を赤く染めながら何も言わず小さく頷いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
雨は本降り、予想よりも早く気温が下がり始めた。車の中へ戻り、湯気上るマサラチャイを寄り添いながら啜る。
シナモンの香り、混ぜ込ませた生姜が身体をゆっくりと温めていく。
「ふふっ、美味しいけど滅茶苦茶甘いね」
「そ、そうですね……」
彼女はどこか上の空。見れば帽子の鍔は後ろを向き、耳まで真っ赤になっている。
この愛しい求愛行動を、今度私が真似をしたらどんな反応をするだろうか。
唇が疼き待つ彼女の帽子をわざと元に戻し、その鍔を私のおでこに軽く押し当てた。
「晴さん……?」
「ふふっ。こうすれば……大丈夫だよね」
彼女の中へ深く刻み込むように、帽子を優しく後ろ向きに被せ……彼女の中へ深く染み入るように、甘く甘くキスをした。




