秋のお買い物デート
何時もより少し早く目を覚ます。
ポン助とバジェット一号二号にご飯をあげ、何時も通り朝食の準備をしようとエプロンを手に取り、数秒して元の場所へ戻した。
今日は必要無い日。だって今日は……
「おはよ、雫。ちょっと起きるの……ふふっ、早いんじゃない?」
そう言っていたずらっぽく笑う晴さん。
眠気眼、そんな寝起き姿も素敵。
「は、晴さんだって早いじゃないですか」
「だって楽しみなんだもの。ダメ?」
「ず、ずるいです。私だって……楽しみなんですよ?」
一足遅れてやって来た秋。日中も大分過ごしやすくなりました。
というわけで、今日は晴さんと秋のお買い物デートです。
お出かけとデート、何が違うのかと問われれば少し分からないけれど……「雫、デートしよ?」と誘ってくださったので、きっと晴さんにとって特別な意味があるのだと思う。
私にとっても特別で、デートする度に素敵な想い出が増えていく。
季節ごとに揃えてある四つのワードローブ。
秋らしくて晴さんが喜んでくれそうな服を選んでいると、ある服が目に入った。
晴さんと出会う前に買った服。お洒落なんて全然分からなくて(今も分かりません)、でもその当時私の中ではこれがいいのかな、なんて思いながら選んだ服。
芋臭いって思われちゃうかな……晴さんが買ってくれたこっちの可愛いやつの方が…………
「その服雫っぽくて好きだよ。そっちにしないの?」
「は、晴さん……その……芋っぽくないですか?」
「ふふっ、全然。雫の全部が好きだから、昔の雫も大切にして欲しい。その服に合わせて私コーデし直すから雫は今日それ着て?」
おでこにキスをされ、反射的に目を瞑ってしまう。そんな私に頬同士を触れ合わせた晴さんは、出会った頃のあの時と同じ瞳で私を見つめていた。
「ね? 昔の雫が今のぜーんぶに繋がってるの。ふふっ、大好き」
私の頭をポンポンと優しく叩いて、晴さんは衣装部屋へと戻って行った。
暫く服を握りしめて、頭に残された感覚に浸っていた。私も……大好きです。
◇ ◇ ◇ ◇
甲州街道、国道20号線。色無き風に乗せられる、私達お気に入りの音楽達。
街中よく見かけるハンバーガー屋に立ち寄り朝ご飯です。
「朝と昼以降でメニューが違うから、なんだかワクワクするよね。ふふっ、特別な感じ」
そう言って嬉しそうに朝限定のマフィンを頬張る晴さん。せっかくなので真似して頬張ります。
でも、慣れないせいか……
「口についちゃってるよ? ほら…………取れた♪」
そのまま口へと運び……あなたは妖艶に微笑んだ。
「……ふふっ、美味しい」
甘くて蕩けてしまいそうな時間。
セットで付いてきた珈琲を一口啜り、苦くて顔を顰めた私。何も言わず、あなたはお口直しにキスをしてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
というわけで、アウトレットモールなる場所に到着しました。日本一広いアウトレットモールで、私は勿論晴さんも来るのは初めてだそうです。
「ふふっ、なんだか嬉しそうだね」
「デ、デートですし……その、初めてが二人一緒だと嬉しさ増々といいますか……」
「……じゃあもっともーっとマシマシにさせてあげる」
とびきりの可愛い笑顔であなたは私の手を引く。車の数から察するに相当な人の数がいるはずなのに、マスクも眼鏡もせず…………
ふふっ、そうですよね。デートなんですから……互いの名を呼び、手を繋ぎ肩を寄せ合い、瞳が合えば唇が触れ……そんな有り触れた特別で素敵な恋人同士の一日にしましょうね。
◇ ◇ ◇ ◇
「日向晴さんですよね? 一緒に写真撮ってもいいですか?」
はい。入口で既に気付かれてしまいました。
でも考えれば当たり前の話で……こんなにも可愛くて綺麗な人がいたら誰だって見てしまうのは当然。あなたは誰もが知る人気女優だったから……こうして騒がれるのは、あなたが頑張って歩いてきた証…………駄目だよ。しっかりしなさい、雫。
「雨谷さん、ヒナのプライベートのこと頼むわね」と栞さんに託されたじゃない。私が晴さんを守らないと。先ずは大事にならないように……
「あ、あのですね「ごめんなさい。今日……凄く楽しみにしてた日なんです。だから誰にも── 」
あなたの強い覚悟が、想いが伝わってくる。
でもそれはもしかしたら、あなたが歩き積み上げてきたものを壊してしまうかもしれない。
あなたは笑いながらそれでいいと仰るでしょう。
でも……私だって、あなたの全てが好きなんです。昔のあなたも大切にして欲しいんです。
「ひ、人違いです!!」
「し、雫?」
「か、彼女は本日雨谷晴となっています。日向晴さんではありません。日向晴さんはとてもとても素敵な人でして、私はファンクラブに入りラジオも毎週欠かさず聞きながらメッセージも送りカバーアルバムのサイン会にも行く程の筋金入りです。というわけで、布教活動?なるものをしています。こちら……サイン入りステッカーです。一緒に日向晴さんを応援しましょうね。彼女の笑顔は……沢山の人達を幸せにしてくれます。そんな笑顔を私達ファンが守れればなと……ふふっ、思ってます。では失礼します!」
お辞儀を一つして、何食わぬ顔で晴さんの手を引きその場を離れた。
暫く歩いてはいるけれど顔を見れない。
どうしよう……随分勝手なことをしてしまった気が…………
「…………雨谷かぁ。雨谷、雨谷晴。ふふっ、どうして今日は雨谷晴なの?」
「その……いつの日か、あなたと同じ姓になりたいんです。大学のノートにこっそり日向雫と書いてみたりしたこともありまして……ふふっ、これ以上の幸せは贅沢でしょうか」
「もっともっと……望んでよ。祈った分だけ……私が叶えてあげる。もっともっと、幸せにしてあげる」
私達の背を押すように雲間から日が顔を見せ、持ってきた大きめの日傘を一つ差すと……誰も私達を邪魔することは出来ない、あなたが望まれる世界が広がっていた。
「……だ、駄目です。一緒に幸せになりましょう? あなたと一緒でないと……それはもう、幸せとは呼べませんから」
「…………ふふっ。しーずくっ♪」
「ふふっ。はい、晴さん♪ なんでしょう?」
互いの名を呼び、手を繋ぎ肩を寄せ合う。
瞳が合えば唇が触れ……そんな有り触れた、特別で素敵な恋人同士の一日。
私達のデートはまだまだ始まったばかり。




