なりきりショート・月鈴子編
カレンダーを眺めると、どうやら今日から九月らしい。
相変わらず暑さは続いており、暦の秋はどこへやら。
「いかがなさいましたか?」
「夏も好きだけど……なんだか秋が待ち遠しいなって思って。ふふっ、季節の変わる前はいつも同じ事言ってる気がする」
私の言葉を受け取った彼女は、暫く何かを考えた後顔を赤くして唇を少しだけ噛んでいた。
私の為に何かを企て羞恥心と闘っている、彼女の健気で可愛い癖。
その姿が愛しくて……エアコンの温度を2℃下げて、寛ぐソファへと彼女を手招きした。
◇ ◇ ◇ ◇
お昼ご飯を食べ終わりリビングでまったりしていると……黒い服を纏い、カチューシャにモールで作った触角を付け腰に数個鈴を付けた彼女が現れた。
両手には大きめの黒い団扇を握りしめている。
「あ……あ、秋がやってきましたよ?」
可愛すぎるでしょ。
「ふふっ、秋は大歓迎だけど……あなたは秋の何ですか?」
私の問に、彼女は愛々しく腰を振り鈴を鳴らしながら呟いた。
「す、鈴虫です。りんりん……」
その姿は可愛さの限界を吹き飛ばしている。
辛うじて理性を保っていた私、遮光カーテンを全て閉めると漏れる微かな光が薄っすらと室内を照らす。
「鈴虫だもの、暗い所じゃないと鳴かないでしょ?」
無垢な彼女は健気に腰を振りせっせと鈴を鳴らしている。
私の意味とすれ違っている所が愛しくて……事切れた私はソファへと彼女を押し倒した。
「晴さん……?」
「いっぱい鳴き声聞かせて?」
理由も分からず腰の鈴を一つ鳴らした彼女は次第に目を丸くし、頬を真紅に染めていった。
思い掛けず訪れた天地始粛。
鈴の音と嬌声が、秋の夜長を鳴き通す。




