立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花
皐月晴れ。珍しい遅咲きの牡丹を庭で眺めながら、晴さんとお茶会をしています。
本来ならば先月には咲き終わっている筈の牡丹。
空を見上げては、深く息を吐いていた。
「……嫌なことでも思い出しちゃった?」
「す、すみません……そんなつもりではなくて……」
「ふふっ、全部聞かせてよ。もしかしたら……見えてた景色が変わるかもよ?」
まるでそうなるのだと分かっているような顔で微笑みながらお茶を啜る晴さん。
あなたが私にそう言ってくれるから……臆すること無く、曝け出せるんです。
「……十四年前の話です。あの日は── 」
あの日は今日と同じような梅雨晴間。
明け方まで降っていた雨を蒸し返し、汗ばんでしまうような六月だった。
◆ ◆ ◆ ◆
小学三年生だった私は、頻繁に病院へ通うお母さんが気がかりだった。
どこが、なにが悪いのかなんて分からなかったけれど……少しずつ弱っていくお母さんを治してあげたかった。
ある日図鑑を見ていると、私はとある一つの頁に没頭した。
芍薬。それは漢方薬に使われ、ギリシャ神話に登場する医の神パイアンから学名を取った。
黄泉の王の傷さえ治す万能薬……咲く季節は四月から五月。
六月だけどここは山奥だから、まだ咲いているかもしれない。
大きな図鑑を抱えて、山中を駆け回った。
泥だらけになりながら漸く図鑑と同じ花を見つけた私は、嬉々と蛙が鳴く畦道を歩いていた。
これでお母さんも元気になる。
そう信じて止まない私に、田植え作業をする老人が微笑みながら声をかけてきた。
【あら雫ちゃん、綺麗な牡丹だねぇ。お母さんにあげるの?】
【ぼたん? しゃくやくですよ?】
【はっはっ、確かによく似てる。それは木から採ったんじゃない?】
【……うん】
【芍薬は……そうだね、チューリップみたいに地面から生えてくるんだよ。牡丹は木の枝から生えてくるの】
それから先はよく覚えていなくて……気が付けば庭のベンチに座って項垂れていた。
汗が目に入って、涙が止まらなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「その後母と会話をしましたが……あまり思い出したくない記憶でして……」
「…………ねぇ、そのお話し続きがあるじゃないの?」
「えっ?」
「雫、立ってみて?」
【雫、立ってみて?】
梅雨晴間、あなたはあの日のお母さんと視線を重ねていた。
牡丹……立つ……
そっか……そういうことだったんだ……
「ふふっ、おいで。散歩しよっか」
日傘を片手に微笑みながら手を差し出すあなたを見て……お母さんの心馳せを知った。
◆ ◆ ◆ ◆
【雫? そんなに泥だらけでどうしたの?】
【おかあさん……あのね…………ごめんなさい】
【…………雫、立ってみて?】
【……こう?】
【ふふっ、うん。…………うん、とっても素敵。お母さんなんだか元気になっちゃった。雫、ちょっとお散歩しよっか】
◆ ◆ ◆ ◆
親思う心にまさる親心。二つの愛を胸に、あなたの手を握った。
立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は……百合の花。




