なりきりショート・蚊
冷房の効いた心地よい寝室で昼寝中、耳障りな甲高い音が私の耳に入ってきた。
「嫌だなぁ……雫、蚊がいるみたい」
「ふぇ……晴しゃんどうしました?」
寝惚け眼にふやけた声調。
一先ず蚊のことは放っておき、この愛らしい生き物を愛でたおす。
愛の捕食時間を邪魔するように再び甲高い音が聞こえたと思ったら……私の耳元で何かを掴み、その握りこぶしを何度も振っている彼女。
「ふふっ、捕まえました」
彼女が手を開くと、静止した蚊がひっくり返っていた。
「晴さんの血を吸おうとする不届者は、私達が成敗します」
ポンちゃんの名を彼女が呼ぶと、ポンちゃんは嬉しそうにリビングから走ってきた。
彼女の手から渡された蚊を器用に羽を咥えて走っていくポンちゃん。
後を追い様子を見にいくと、リビングにある蛙二匹の巣へと運んでいた。
……この家に住む私の家族達に守られている。
温かな気持ちに包まれながら寝室へ戻ると、ストローを咥えた彼女が先に戻ったポンちゃんと戯れ合いながら楽しそうに笑っていた。
「いい? ポン助。晴さんの血を吸って良いのは私だけなんだよ?」
「キャンッ!!」
私の気配に気づいていないらしく、彼女は愛らしく蚊の真似をしてストローをポンちゃんに突いている。
……蚊ね。
「じゃあ今日一日蚊になってもらおうかにゃ?」
「は、晴しゃんいつの間に!?」
「因みに雫が蚊になる前に聞いておくけど、蚊って一番どこを刺しやすいの?」
「い、一番柔らかい場所です……」
「ふふっ、そうなんだ。それじゃ……スタート♪」
私の掛け声を受け、彼女は頬をペチペチと叩き蚊になりきろうとしている。
深呼吸をしストローを咥え、ぴょこぴょこと上下に揺らしながら何かを熟考中。
概ねどこを刺すのか悩んでいるのだろう。
どう転んでも幸せしか見えない未来、少しだけ道筋を立てた。
「ふぇっ? は、晴さんどうして服を脱いで……」
「暑くなっちゃった。さて……一番柔らかな場所は……ふふっ、どこでしょう?」
咥えられたストローはベッドの上へ転がり落ち、何も吸っていない筈の愛しき蚊は、既に赤く染まっていた。




