甘々ショート⑧
晴さんがお仕事休みの昼下り、洗濯物を畳んでいると響く叫び声。その根源は洗面所の方から聞こえてくる。
慌てて駆け寄ると、急いで扉を開け私に抱きついてくる晴さん。不謹慎ながら嬉しく思ってしまう。
「は、晴さん? どうかいたしましたか?」
「黒いの!!! 大っきいやつ!!!!」
指差す方、覗き込むとカサカサと動く一匹の……
「あ、ゴキ「言わないで!!」」
虫が苦手な晴さんは、とくにあの黒い虫が苦手。掃除は毎日塵一つ残さないように心掛けているし、風を通す際窓を開けるときも気をつけている。となると、玄関ドアから入ってきたのだろう。
小さく震えながら私に抱きつく晴さんが愛しくて……守ってあげたくなってしまう。
強く抱き返して、頭を撫でた。
「少し待っていてもらえますか?」
「うん……お願い。気をつけてね」
可愛い……好き……
「晴さん、目を閉じていてください。それから、三十数えてもらってもいいですか?」
「早く戻ってきてね。一……二……」
可愛すぎてこのまま永遠に眺めていたいけれど、そうは言ってもいられないので洗面所へ入り扉を閉めた。
床にいる黒い虫、足音で壁へ這わせ誘導し手の中へと追いやった。
はしたなくも肘で扉を開けリビングへ向かう。
「十九……二十……」
可愛い……早く抱きしめたい……
そそくさとバジェット一号二号の元へ行き、二匹の家の中に放り込んだ。
急いで手を洗い、あなたの好きな香水を一滴付けて走る。
「二十九……三十……雫、もう目を開けてもいい?」
「ふふっ、いいですよ」
「…………もういないよね? 大丈夫だよね?」
キョロキョロと辺りを見回し警戒している晴さん。抱きついた私からは嬉しいことに離れそうにもない。幸せ。好き。
今リビングへ行くと食事中のバジェット達を見てしまうかもしれないので、そのまま寝室へとやってきた。
「今日はずっとこのままでいて。私から離れないで」
「……では、”もういいよ”と言うまで離れません。ふふっ、約束しましょうか」
小指同士を絡ませて、指切りげんまん。
そのまま私を抱き抱えて晴さんはベッドへと倒れ込んだ。下から私を見上げるあなたは、子供の様に甘えた瞳で私を見つめている。
「…………して?」
私からあなたへ、溢れる程注ぐ愛念。
ぎこちなささえもあなたは優しく受け止めて、愛しんでくれる。
でも今日は……違いますよね?
精一杯の私の愛で包み込むと、子猫のようにか弱くも愛らしく鳴くあなた。
それは騏驥過隙。気付けば日は落ち、愛で満たされた私達はそのまま抱き合いながら清福な夢路を辿った。
◇ ◇ ◇ ◇
日は昇り、共に目覚め手を繋ぎながら浴室へ向かう。
あんなにも恐れていた洗面所も、気づけば私との触れ合いの場。
恍惚な時が流れていき……仕事を控え身支度を整えたあなた。玄関ドアの前で、私に出来る精一杯のお見送りの抱擁をした。
「気をつけてくださいね。早いお帰りになることを願ってます 」
いつもなら頬同士をつけ合ってキスをして、あなたは笑顔でドアを開けるのに……
私の服の袖を摘み……一段下がった土間の上で私を少し見上げながら、あなたは可憐に呟いた。
「……まぁだだよ?」
私の中で何かが弾ける音がして……気が付けば、寝室であなたを見下ろしていた。




