“好き”
朝四時半に目が覚め、いつも通り晴さんを起こさないよう静かに朝の準備を始める。
何と無し……シャワーを浴びられる気がしたので、半分程度湯船にお湯を入れる。
半身浴がお好きな晴さん。これくらいで良いだろうか?
机の上には、庭から採ってきた白い紫陽花を飾ってみた。花言葉は“一途な愛”。
気付いてくださるだろうか……変えたほうがいいかな……
暫く悩んでいると、私を見ていたのかポン助が白い紫陽花の花を咥えて私の足元へ置いてきた。
朝は静かにと教えてあるので、鳴かず私の足へ擦り寄りその想いを伝えてくれる。
「ふふっ、そうだよね。喜んでくれるよね」
例年よりも早く訪れそうな入梅。
それでも今朝は天気晴朗。あなたの顔を思い浮かべ、今日は和食に決めた。
あなたと過ごす日々、季節を感じてもらいたいので食材はなるべく旬のものを使っている。
庭で採れた蕪の浅漬け。葉もあなたの好物だから、余す所なく使う。
アスパラガスとお豆腐のお味噌汁。以前アスパラガスに大量のマヨネーズをかけて召し上がっていたあなたを憂慮し作り、また食べたいと言ってもらえた一品。
北海道にお仕事に行かれたあなたが買ってきてくれたホッケ。干物にして、今日が食べ頃。私が捌いていた時のあなたの悲鳴と表情が、申し訳無くも愛しくて堪らなかった。
この部屋にある一つ一つのものが、あなたと私の愛で溢れている。
「おはようございます。今朝は…………晴さん?」
眠気眼、あなたは私を見つめ微笑んだまま机に手を添えて立っている。
何か考えているのでしょうか……あなたは数回瞬きをした後、少しだけ頬を染めて洗面所へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
半身浴をし終えた晴さん。顔が赤く染まっているので、大分温まったのだろう。いつもより赤い気がするので、折を見て冷やしたタオルを渡そう。
シャワー後の恒例、スキンケアをしながらのストレッチ。隣にはポン助がいて、真似をしているのか楽しそうに身体を転がしている。
そんな姿をキッチンから眺めるこの景色が大好き。
最後は決まって身体を後ろに倒す晴さん。私と目が合い微笑み合うのも、私達の恒例。
冷えたタオルと白湯を机の上に置くと、あなたの口は小さく“あ”から始まる形になった。
でも声は出ず、真っ直ぐに私を見つめている。
そういえば……朝一番も“お”の発音をしかけて、そのまま口を閉じた晴さん。
多分、“おはよう”。そして、“ありがとう”なんだと思う。
言えない理由…………もしかしたら、私は知っているかもしれない。
私も……同じようなことがあった。
あれは、あなたの愛に包まれる一日だった。
朝から晩……時分かずあなたで満たされ続けた幸せな一日。
あなた以外あの世界に感じたくなかったから、自分の言葉ですらも私は嫌った。
結局あの日私は一言も発せずに過ごしたけれど……一つだけ、あの日あの世界に必要な言葉があったかもしれない。
あなたも……今、あの時の私と同じ世界にいるのでしょうか?
「晴さん、朝食にしましょうか」
机に一品一品出す度に……淡く揺らめくあなたの瞳。……嬉しい。頬が、口元が、緩んでしまう。
この空間全てに、あなたは今私を感じてくれているんですね。
「ふふっ、ではいただきましょうか」
私で満ち溢れた世界でも、この二文字だけは澄んだままでいられる。
優しいあなたは、言いたくて言いたくない“いただきます”を微笑みながら言いかけて……
そんなあなたの柔らかな唇に指を当て、言葉を塞いだ。恥ずかしくもその指を私の唇に当てて……声に出さず、その二文字を呟いた。
その一弾指より……あなたの口から溢れ出る二文字。見つめ囁やきまた見つめ、幾千万も贈られる二文字。
果のないその愛に、何時しか私もあなたの世界へ辿り着く。
昼四つ……私達はその二文字を繰り返しながら、蕩ける様に慇懃を通じ合った。




