天然の小悪魔
今日は晴さんのマネージャーである栞さんからのお願いもあり、お仕事に帯同させてもらっています。ファッションショーなるお仕事だそうで、詳細を栞さんに聞いている最中です。
「で、今日はティーンの子限定なんだけど、ヒナは特別ゲストで呼ばれてるの。勿論ヒナは限定じゃない日本で一番のファッションショーにも出てるのよ? 先輩としての威厳を見せるのよねヒナ」
「んー、まぁ……ふふっ、私は雫に見て欲しいだけだから」
「よーし……ヒナちゃん、今日も可愛いね。シオちん、準備出来たよ」
専属美容師の葵さんが施した、婉美なお化粧に華やかなヘアスタイル。
お洒落は私には難しいので何と言えばいいのか分からないけれど……眩い程にキラキラと輝いている晴さん。
出会ったあの日から思っていることで……あなたよりも可愛くて綺麗な人を見たことはない。
きっとこれから先も、同じこと。
「まだ時間があるか……雨谷さん、せっかくだから見てみる? 葵、行くよ」
目を瞑り静かに気持ちを作っている晴さんに気を遣い部屋を出る。
舞台袖に行くと……可愛らしい軽快な洋楽が大音量で流れている。
待機している方々は十代と聞いているけれど……皆スタイルが良く大人びて……まるで私の方が年下なのではないかと勘違いしてしまう。
「三年……もう四年前になっちゃうのか。ティーン版が初めて開催された年にヒナも出てたの。あの子見てくれは良いからモデルでも女優でも人気があったけど……本当に一線で戦ってる人達にはなんとなく壁を感じてた。ね、葵」
「私の腕も全然だったし、ヒナちゃんも自分のことでいっぱいいっぱいだったもんね」
「まぁ違うことで脳味噌満たされても困るんだけど」
そう言って栞さんは嬉しそうに笑いながら私の頭を優しく撫でてくださった。
その動いた目線の先……後を追うと、言葉にならない程美しいあなたが立っていた。
「ふふっ、何を仲良く話してたの?」
「妬かない妬かない。葵、最後のチェックしな」「…………よし。ヒナちゃん可愛いよ!」
「雨谷さん、あなたの仕事頼むわね」
「ふぇ!?」
「あなたにしか出来ない仕事、あるでしょう?」
そう言われ晴さんの前に立つけれど……可愛くて……綺麗で……大好きで……言葉が出ない。
「ふふっ、可愛いって思ってくれてる?」
声にならなくて、小さく何度も頷くことしか出来なかった。それでも微笑んでくれるあなたが愛しくて……背伸びをして、唇をつけた。
きっとキラキラしたお化粧が私の唇にもついてしまったのだろう。あなたは私の唇を指でなぞり、キラキラと輝いた指先を私に見せて笑った。
「雫も一緒に連れてくね」
ヒラヒラと私に手を振り舞台へ向かうその瞬間……あなたの顔は尊厳に満ち溢れていた。
一瞬の静寂後、地鳴りのような歓声。
観衆も、栞さんも葵さんも……そして私も、あなたの一挙一動に魅せられる。
「……こんな賑やかし要員にヒナを使われるのは嫌だったの。ヒナはもっと上の舞台で戦ってる子だから。女優辞めて……嫌がらせみたいな感じでこのオファーがあったけど、断らなくて正解だった。そう思うでしょ? 葵」
「ふふっ、舐めてもらっちゃ困るからね。十年……死物狂いでやってきたプライドがあるんだから。格の違い、見せつけられたんじゃない?」
私の知らない世界で戦っているあなた。
……どんなに辛く大変な一日があったとしても、玄関ドアを開けるあなたは笑顔で私を包んでくれる。
苦心惨憺を表に出さないあなたは、本当のプロフェッショナルなのだと……改めて思う。
光彩奪目なその後ろ姿、汲めども尽きぬ恋をする。
昂進は留まるところを知らず、皆がするようにあなたに向けてこっそりと手を振ると……キャットウォークを背にしたあなたと目が合ってしまい、ヒラヒラと手を振りながら指についたキラキラを唇に付け微笑んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
イベントは終わり、晴さんは他の参加者の方々に囲まれています。
皆に慕われているその様に…………はしたなくも妬いてしまう。
私達の家に帰って、沢山して差し上げたいことがあるのに……
私の……晴さんなのに。
「ほら、行ってきなさい。あなたの仕事がまだ残ってるでしょう?」
「ですが……その……」
「一つ言っておくけど、ヒナはアイドルじゃないのよ? そんな安っぽい売り方してない。あの子があなたを守りたいから私達も外に出回らないようにサポートしてるだけ。あなた達が恋人同士なのは悪いことじゃない。何かあっても……私達があなたを守るから」
「後はおねえさん達任せてね」
「アンタはババァでしょ? 一緒にしないで」
「出た!! シオちんもババァだよ!! 最近ホクロ増えてきたの知ってるんだからね!!」
「じゃあアンタはクソババァね。ほら、早く行きなさい。クソババァが感染ると困るから」
「ヒナちゃーんババァがイジメてくるー!!」
二人の騒ぎに注目が集まり、少しだけ間が出来た。
するりと人混みを抜けあなたの元へ辿り着くと、この想いは留めることが出来なかった。
あなたの服の袖を掴み、軽く引っ張る。
「晴さん………帰ろ?」
「…………もー、小悪魔め。ふふっ、帰ろっか♪」
視線を遮るかのように私の肩を抱き寄せ、あなたの声以外聞こえないよう耳元で囁かれている愛の数々。
いつも……守られてばかり。いつか私もあなたのことを……そう思う気持ちが私の思考を追い越していく。
あなたの真似をすればあなたみたいに……なんて、考えればそんなこと無いって分かることなのに。
あなたの唇を指でなぞり、キラキラがついた指が私の唇を辿る。
やってしまった後に後悔して、車に戻って鍵をかけられた後二度、後悔した。




