夢の国
「ふぇぇ……ここが夢の国ですか……広いですねぇ……」
晴さんが会社から夢の国なる場所のチケットを貰ったそうで、今日は夢の国テーマパークに来ています。千葉なのに東京とは?
「ふふっ、初だね。私は小学生の時に彩とお母さんと来たけど── 」
あなたを好きになる度に……私の中にある嫌な部分が露わになっていく。
嫉妬深くて我儘で欲深い。
未来だけでなく、あなたの過去さえも欲しい。
……駄目、せっかく晴さんが連れてきてくれたんだからもっと笑わないと──
「ほら、早く行こ? ここでの想い出、全部雫で埋め尽くしてよ」
あなたの優しさはいつだって心の底から笑顔にさせてくれる。あなたがしてくれるように、私もあなたを笑顔にさせたい。
「……隙のない程の想い出、二人で一緒に作りましょうね」
少し大胆に、あなたの腕へ抱きつきながら頬にキスをした。
振り返れば今が過去になるんだから、こんなに幸せなことはない。
先ずは駐車場、あなたの記憶は顔を赤くした私で埋まったでしょうか?
「さぁシオちん先輩、今日は遊ぶっすよー」
「よーし。葵、案内しなさい」
「なんで二人が来てるのかにゃ?」
「弊社のチケットで来れたんだから文句言わないの。それにこんなところで騒ぎになったらあなた達だけじゃ収集がつかないでしょ?」
「二人がいても大概だけどね。大体なんで制服着てるの?」
「夢の国って言ったら制服なんでしょ? 分かんないけど。ねぇ、葵」
「やっぱ制服っすよね。よく分かんないっすけど」
「目立つから別行動してもらえます?」
十年以上もの付き合いがある三人。
流れるような掛け合い。友に見せる笑顔、声色。
そんないつもと違うあなたは、後ろから覆いかぶさるように私を抱きしめながら友と語り合う。
旧知の輪の中に入ると、知らないあなたがまた一つ私のものになった気がして……緩む口元を締めて見上げて、目を瞑りおねだりをした。
◇ ◇ ◇ ◇
初めての夢の国。荷物検査をし入り口へ入ると、着ぐるみ達と写真撮影をする人々の列。
そして、どの人集りよりも一際賑やかし列を作っている晴さん。
栞さんと葵さんがはしゃいでいる所を見つかってしまいました。
「シオちん先輩、これヤバいっすよ」
「そうね、しくじったわ。雨谷さん、ヒナ連れて何食わぬ顔であっちへ行きなさい。こいつらにはこれからロケがあるとか適当に言い訳しておくから」
「こんな格好で話聞いてくれますかね先輩」
「あんたが騒ぐからでしょ?」
「シ、シオちんが水筒にお酒入れて飲んでるからでしょ!?」
「さぁ葵、世界的ネズミが相手ならこっちは世界的ネコで勝負よ」
「了解っす! 出来立てのポップコーンはいかがっすかー?」
お二人が騒ぎ皆の気を引いている間に、言われた通り何食わぬ顔で晴さんを連れ去る。
意外にもすんなりと抜け出せた人混み。園内を更に進むとそれ以上の人集りが目の前に現れた。
しっかりしなさい雫……私が晴さんを守らなきゃ……
ちゃんと息も出来てる、足も動く。
握る手に力を込めると……止まらない人の流れから守るように、晴さんが私の手を引き建物の影で抱き寄せられた。
「ふふっ、体も顔も堅いぞ? 笑って楽しまなきゃ」
「は、晴さん……ですが……」
「誰かに見つかっても見つからなくても、どっちも大切な想い出だよ? それでも今この瞬間は過ぎていくんだから、笑おうよ。ね♪」
そう言って私のおでこにあなたがキスをすると……想いが、好きが溢れて止まなくなる。
もっとあなたに好かれたい。もっとあなたを喜ばせたい。
過ぎゆくこの瞬間、あなたの心に私を深く刻み込みたい。
こんなことを言うなんて、まるで私ではないみたい……でも、こんな私も愛してくれますか?
「じゃあ……晴さんが笑わせて?」
「もー…………そうやってどんどん可愛くなってくんだから」
「駄目……ですか?」
「ふふっ、死ぬまで笑わせてあげる」
引き寄せられるように、どちらからともなく唇を重ね合わせた。
東京のおまちとは少し違うこの夢の国では、その住人達の視線がどうなのかは分からないけれど……私は…………私も、あなたの事しか見えていない。
長く列をなした順番待ち。それさえも待ち遠しい程、あなたと寄り添う時間が愛しい。
この国の楽しみ方をあなたに教えてもらい、共に見つけ、はしゃぎ合った。
こんなにも楽しくて、こんなにも満たされて……こんなにも幸せなのに……
どうしてか、胸のつかえが取れずにいる。
「はー、楽しいね……雫? どうしたの?」
お城を囲む池のほとり、足が止まる。
今こんなことを考えてはいけないのに……言ってはいけないのに……
「お姫様の隣にいるのが……女の子ではおかしいのでしょうか…………」
どの物語でも……お姫様の隣には王子様がいた。
あなたというお姫様には……もっと……もっと相応しい人がいるのではないか…………
そう思わされてしまう程に、これでもかと押し付けてくる……至極普通の……有り触れたおとぎ話達。
「いたいた!! ヒナちゃーん、雫ちゃーん!!」
「二人共……あれからどうだった?」
「危うく出禁になりかけたわ」
「ギリギリセーフだったね……はい、これ二人にも買ってきたよ」
手渡されたものは、栞さんと葵さんもつけている綺麗な宝冠。
晴さんが、私につけてくれると……微笑みながら少しお辞儀をし、前屈みになったあなた。照れながらも、今度は私がつける番。
あなたが頬を赤らめながら笑うと、理解する。
この物語は私達だけの特別な……お姫様二人の素敵なおとぎ話。
この素敵なお話を見せつけるように、押し付けるように、あなたに抱きつき……深く深くキスをした。
熱いほどおでこを擦り付け鼻先が触れ合うと……エンドロールの合図、銀笛が空を舞う。
「ふふっ、お姫様を好きになるお姫様がいて何がおかしいの? お姫様にはいつだって幸せな結末が待ってるんだから……その二人が一緒に過ごせばどうなるか……分かるでしょ?」
夢の国、おとぎの夜を照らす花火達。
住人達が見上げる空の下、見つめ合う……二人のお姫様。
「お姫様の物語の締め括りは何ていうか知ってる?」
知っていても知らなくても、聞きたい言葉。
だって、あなたの口からはいつだって真実しか出てこないから……
「知りません。教えていただけますか……?」
「ふふっ。二人は幸せなキスをして、いつまでも仲睦まじく暮らしましたとさ── 」
その言葉は、いつまでも私の胸に刻まれ続けた魔法の言葉。
五十歳を超えても尚、お姫様扱いされている時は少し恥ずかしいけれど……
いつまでも隣にいてくれるあなたが、いつまでも私をお姫様でいさせてくれる。
きっと、あなたが死ぬまで消えない魔法。
私よりも長生きすると約束したあなただから……
どんなに年老いても、私は死ぬまでお姫様。




