春夏秋冬晴雫
「ふぇぇ、フリーマーケット……ですか? 何やら楽しそうですね」
三日後に仕事が入ってしまい、卒業旅行中の私達は早めに旅を終わらせて家路に向かっている。
休憩がてら立ち寄った緑地では、数多くのテントやキッチンカーが並び、フリーマーケットが開催されていた。
「ふむふむ……お祭りの屋台とはまた違うようですが……古着や雑貨もありますし、フランスの蚤の市に近い感じでしょうか?」
「ふふっ、なに? 蚤の市って」
遠く離れた見知らぬ地方都市、迫る仕事と往来する人々が、私の心を物寂しくさせてしまいそうになるけれど……この柔らかくて温かな手のひらが、私を私でいさせてくれる。
思わず強く握ってしまい、私の心中を察した彼女は少し目線を下げながら、私の肩に頭をコツンと当てた。
「……異郷の地も、一緒にいればそこが私達の在り処です。もし不安になられたら、隣を見て下さい。僭越ながら……私は一生、ここにいますので」
せめて車に戻るまでは自制しなければ……そう思い目を瞑り、私も彼女の方へ頭を傾けた。
「私もずっとここにいるから。偕老同穴だよ?」
私の言葉に目を丸くさせ、赤く染まり続ける彼女。その大きな瞳に映る私は、淡く滲み揺らめいている。
背伸びして目を瞑り、私を愛らしく求める姿が愛しくて……私の自制心はいとも簡単に壊された。
◇ ◇ ◇ ◇
「せっかくだから何か買っていこっか。もう大丈夫だから顔見せて?」
髪の毛をカーテンのようにして自分の顔を隠している彼女。兎にも角にも可愛いのに、露わになった真っ赤な耳が可愛さを助長させている。
「お互いにプレゼント買ってさ、後で見せ合おうよ」
「……離れたくありません」
「ふふっ、何買ってるか見なければいいでしょ? 一緒に見て回ろうよ。ほら、可愛い顔見せて手繋ごう?」
渋る彼女。私の被っていた帽子を彼女に被せ、首元に愛用の香水を少しだけつけてあげると、そそくさと私の腕にしがみついてきた。
深く被った帽子……覗かせる口元は緩み、幸せの色に染まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
少しずつ、見たことのある景色が増えてきた。
この旅の終わりを感じてしまい、ハンドルを握る手が強くなる。
「少し……休憩しましょうか? 次の休憩所でプレゼント交換をしませんか?」
「ふふっ、賛成」
その優しさに、力みが抜ける。
海が見えるパーキングエリアに停車をし、珈琲を啜りながら彼女と寄り添い合う。
「じゃあ私から雫にプレゼントね。開けてみて?」
「ふふっ、なんでしょうか? 楽しみですね…………わぁ、服ですか? 四種類……それぞれ季節感が違いますね」
「春夏秋冬それぞれに合った服で、季節を感じられたらなって思って。それに……ずっと一緒にいるけど、やっぱり不安になっちゃうことがあるから……この春も次の夏も、先の秋も遠い冬も、ずっとずっと一緒にいられますようにって」
彼女は渡された紙袋を力一杯抱きしめている。
きっとそうしてないといられないのだろう。震えながら涙を流し、懸命に笑おうとして……また涙を流している。
こんなに愛しい姿を見せてくれたのだから言葉なんて必要ない。
優しく抱きしめると、私の名前を何度も呟きながら顔を擦り寄せていた。
「落ち着いた? 次は雫ちゃんの番だにゃ。春夏秋冬晴ちゃんのプレゼントを超えられるかにゃ?」
彼女の元気が出るように戯けて言うと、応えるように微笑みだす。
どちらからともなく唇を重ねて、仕切り直し。
「では……もっと細かく分けていきましょうか。二至二分、つまり春分・夏至・秋分・冬至……そこから立春・立夏・立秋・立冬を足して八節。更にそれを三等分にして二十四節気。次は……ふふっ、ご存知ですか?」
彼女の背中に少しでも近付きたくて、日々勉強している。
二階の一部屋を書斎にして、彼女の実家から持ってきた山のような本の数々を配架した。
珈琲の香り漂う書斎、背中合わせに書見をし……同じタイミングでコップに手を伸ばし、笑い合ってキスをして、また本を読み耽る。
こんな言葉を知れたのは……こんな世界を知れたのは……雫、あなたのお陰だよ?
あなた色に染められている私。それが何よりも嬉しいの。
「七十二候。今は……“玄鳥至”。仕事が始まる頃は“鴻雁北”だね」
勉強していたことがすんなりと出ると、自然とドヤ顔をしてしまったことに気が付いて……そんな私を愛しげに見つめる彼女は、背伸びをし頬を擦り寄せ唇を重ねてくれた。
優しく頭を撫でられると、緩んだ頬が戻らなくなってしまう。
「ふふっ、よくできました♪」
彼女になら何を言われても嬉しいけれど……こうして子どものように甘えさせてくれると、私の見えない尻尾の振りが止まなくなってしまう。
「……七十二候よりも更に細かく日々を感じられるものをご存知ですか?」
少し恥じらいながら大きな瞳で見つめる彼女。こんな時はいつだって素敵な魔法をかけてくれる。
これ以上魔法をかけられたら染まりきってしまうのに……底の底まで、彼女を求めてしまう。
「私には分からないから……教えてくれる?」
「…………こちらです」
鞄から取り出した物、それはどこか懐かしく感じてしまう日めくりカレンダー。
顔を赤く染めながら私を見上げるその姿がどうしようもない程に愛しくて……只々強く抱きしめた。
「朝目覚めて、おはようの挨拶……日々移ろう庭を眺めながらこのカレンダーを共に捲り……キスしませんか? その時私達はどんな顔をしているでしょうか……幾日も幾年も仲睦まじく捲り、あなたという日々を、私という毎日を感じる楽しみを作るのは……如何でしょうか?」
「……待ちきれない。だって明日の雫は今日よりも可愛くて、明日の私は今日よりも好きだから」
こんなに、こんなにも好きなのに……彼女からの愛にはいつだって敵いそうにないと思わされてしまう。
「晴さん、その……このカレンダーは今年の物ですが……まだ一月一日なんです。ですから……」
そう言って彼女は一枚捲ると、私の唇を静かに塞いできた。
私の手をカレンダーの上まで案内し、瞳を揺らしながら彼女は小さな声で囁いた。
「まだ……こんなにありますよ?」
カレンダーを捲る度、見つめ合い唇を重ねる。
こうして触れ合うのに理由なんて必要ないのかもしれないけれど……理由があるからこそ、より深く燃え上がる。
スマホの着信、栞の名前が表示されスワイプしようとした私の手を少し強引に引っ張り、何枚ものカレンダーを彼女は一気に捲った。
「私以外見ちゃ駄目です……」
勢いよく塞がれた唇。接点から絡み合う柔らかな彼女の愛に溺れ、私の手からスマホが零れ落ちたことさえも気が付かない程……彼女という日々を感じていた。




