この恋の結末も──
私達恒例の当て所無き旅行。
あなたが選んでくれた可愛らしくて温かなニットワンピースを着ると……なんだか私まで可愛くなれた気がして、つい心躍る。
「可愛過ぎて我慢出来ないかも」
「ふふっ、そうなんですか?」
車を運転するあなたは私に寄り掛かり、まるで猫のように私へ鼻先を擦り付け……自分のものだと言わんばかりにマーキング行動をしている。
そんなことをしなくても……とうの昔に、差し上げてますよ?
海沿いを走っていた筈が、気が付けば小綺麗な雑木林が姿を現した。
不思議な森へ迷い込んでしまったようで……胸が高鳴ってゆく。
「何ここ、お洒落な建物だね。テディベア……博物館?」
「よ、寄ってみましょうか?」
一歩踏み出して、自分から誘うことが出来た。うんうん、頑張ったね雫。
開館したばかりなのか、客は私達しか見えず……せっかくなので、あなたの肩に少し頭をつけて寄り添う。
「可愛いクマさんでいっぱいだね……雫?」
「ふぇぇ……か、可愛いですねぇ……見て下さい、こんなに小さいのにとても精巧に作られてます……この家具も……可愛い……こちらも可愛いですし……ふぇぇ……」
「ふふっ、こういうの好きなんだ?」
「す、好きといいますかその……可愛くて……すみましぇ── 」
はしたなく浮かれた私の両の頬を手で挟み、廉直な瞳で私を見つめる晴さん。
思わず瞬きを数回すると、微笑みながら人差し指で私の唇を優しく押した。
「謝らないの。どんな気持ちでも、それは雫なんだから。好きな人が否定されるのは、私イヤだから。ね?」
頭を撫でられると、そのまま私を抱きしめてくれた。
応えるように顔を擦り寄せて、あなたの名前を呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
いつからだろう。可愛いものを見ると、胸の奥が温かくなったのは……
御伽話は風馬牛。そう思っていた筈なのに、硝子の靴に魔法の鏡……あなたの口づけで目覚めたい……なんて、少女のような事を考えてしまう。
時刻は十一時。館内中央では、秒針に合わせるように麗しげな音楽が鳴り始めた。
一つの物語を奏でる大きな観光列車。駅から発車する瞬間であろうか……ホームで見送る人形達は動き出し、列車内が明るく輝くと……御伽の国へ導かれてゆく。
「へぇ凄いね。見てみて、列車の中で食事してるよ? それにみんな動いてる……ふふっ、まるで生きてるみたいだね」
この人形達はこれからどこへ出掛けるのだろうか……どんな素敵な物語を持っているのだろうか。
華やかな車内。踊る者、御喋りする者、口に手を添え笑う者、ピアノを弾く者……
この流れている音楽もこの人形が演奏していて……ヴァイオリンを持つ人形が動き出すと、ピアノ曲にヴァイオリンの音が重なってゆく。
夢のように綺羅びやかな世界は只々美しくて…………只々、可愛い。
「みんな可愛いね……雫、どうしたの?」
「……これだけ大切にされているものですから、永やかな時を可愛く生きていくんだと思ったら……なんだか羨ましくて。御伽の世の中で、あなたと何時迄も何時迄も可愛く暮らしていけたら……なんて考えてしま……は、晴さん?」
私の手を取り、嬋媛に微笑みながら音楽に合わせ円舞する晴さん。温かな手の平とその顔は、夢のように綺羅びやかな……御伽の世を、作り出す。
あなたの瞳が語り出す物語……
それは不思議な世界へと迷い込んだ私と、解語之花の水先案内人であるあなたが織り成す御伽話。
「可愛い可愛いお嬢様、今日は私が夢のような世界へとご案内します」
「……どのような世界ですか?」
「疲れを癒やす湯が湧く泉、巨大な生物が巣食う果て無き水の塊、宝石のように煌く美しき食物……」
「ふふっ、まるで御伽話みたいですね」
円舞を終えたあなたは優しく私の手を持ち上げて、その甲へ口をつけた。
「そして……あなたが永劫可愛くいられる、壺中の天。私が生涯……お供します」
優しく手を引き、抱き寄せ口づけをされ……耳元で囁かれるあなたからの愛は、解けることのない魔法を何度も刻みつけるマーキング行動。
私も鼻先を擦り付け……同じような顔で、微笑み合った。
◇ ◇ ◇ ◇
館を出ると、来た時よりも淡く揺れる詩景が目の前に広がっていた。
ここは、あなたが連れてきてくれた御伽の世。
茨姫に憧れる……なんて、あなたに言ったら笑われるだろうか。
この世で一番好きなものは、この世で一番可愛い。だから私は可愛いものが好きになった。
お姫様になりたい……あなたのキスで、目覚めたい。
そんな夢想的な事を考えてしまう。
嫋嫋たる風が吹くと靡く木々とニットのワンピース。髪を耳に掛けていると、解けることのない魔法が、私の隣で微笑んでいた。
「ふふっ、森の中のお姫様みたい。世界で一番可愛いお姫様は……誰かにゃ?」
折りたたみ式の手鏡を私へ向けるあなたが一番可愛い。でも……魔法にかけられているならば、少しくらいの我儘は許されるだろうか。
目を瞑り、心を落ち着かせる。
瞼の裏側から見えるあなたの頬は、赤く染まって見えた。
あなたから私へ……柔らかい場所同士が触れ合う。
ゆっくりと目を開けると、靡く木々や小鳥の囀りが私達を祝福していた。
「ふふっ。さて、お姫様……キスをされて目を覚ましたその後は……なんて言うんだっけ?」
言葉一つ、瞬き一つで行き来できる私達だけの御伽の世。
「……二人は何時迄も何時迄も、幸せに暮らしましたとさ♪」
もしこの物語に終わりがあるとすれば、その巻末ではこう語られるのだろう。
めでたし、めでたし。




