お酒も恋も20歳から。
私の名前は雨谷雫。
田舎から上京して2年目、東京のおまちまで電車で30分程の所に住んでいる女子大生。
講義が終わり、1人ケーキ屋さんへと寄る。
今日は私の20歳の誕生日。自分の為にケーキを……なんて、考えるだけで虚しくなってきた。
商店街の裏通り、居酒屋が並ぶこの道で人々が何かを避けながら歩いていた。
立ち止まって見ちゃうのは田舎者の癖で、都会の人達の無関心さにはいつも驚かされる。
帽子をかぶった女性が寝ゲロをしながら倒れていた。隣には缶チューハイの空き缶が転がっている。
うめき声が聞こえるから意識はあるみたい。
駆け寄って声をかける。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「っ……だいじょゲゲロォブハァッッ!!!」
追いゲロの直撃。
周りの人達はより一層距離を取り始めた。
「ご、ごめん……タクシー……呼んでくれる?」
この状態でタクシーに乗せても良いのだろうか。
悩んだ末、私のアパートまで彼女を連れて行った。
◇
「……あれ? ここどこ? イテテ……頭がガンガンする……」
「あ! 起きました? 具合はどうですか?」
「………………誰っ!? あれ? 私の服じゃない…………あ、あんたもしかして…………」
縮こまり壁際へと後退り。
多分私が何かしたんだと勘違いしてる。
「あなたが道で倒れてたので……服は今コインランドリーで乾かしてます。あと……その、ゲロがかかってたから身体を洗わせてもらいました……気に触ったならごめんなさい」
「…………マジ?」
状況を理解して少しずつ落ち着いてきた彼女は、バツの悪そうな顔をして俯いている。
「身体……大丈夫ですか?」
「頭が痛い。それに……」
お腹がぐるぐると鳴っている。
あれだけ吐きちらしたのだから、お腹の中は空っぽなんだろう。
「ちょうどお粥作ってたんです。お腹にも優しいと思うから……」
「え? いいの?」
目を輝かせて見つめてくる。
ちゃんと顔を見てなかったけど、凄く綺麗な人。
都会の人は可愛いなって思ってたけど、私が出会った中で一番可愛い。
そんな彼女に見つめられ、少し照れてしまう。
「……どしたの?」
「な、な、なんでもないです! 出来たので食べて下さい……」
誰かを部屋に呼ぶなんて事も無かったから、私が使っている百均で買ったお椀。
私にはお似合いだけど、彼女には失礼だったかもしれない。
「いただきまーす…………美味しい。えっ? なんでこんなに美味しいの?」
「……ふふっ、良かった。お新香も切ったので食べられそうだったらどうぞ」
勢いよくお新香とお粥を頬張る。
私の作ったもので喜んで貰えたことが凄く嬉しい。
一人暮らしを始めてからこんな気持ちになったのは初めて。
「…………助けてくれてありがとう。出来たら他の人には言わないで欲しいんだけど……」
「他の人……誰にも言いませんよ?」
ホッとしたような顔で微笑む彼女。
可愛い……
「……あれ? この部屋テレビないの?」
「持ってません。父がそんなものいらないって。本当は見たいんですけどね」
ここ最近でテレビを見たのは近所の中華料理屋。
確か競馬を見た気がする。
「マジか……いや、でも今スマホがあるからまぁ何とかなる……か?」
「スマホも持ってませんよ。パカパカする携帯電話しか持ってません。恥ずかしくて大学じゃ使えなくて……未だに家族以外と電話した事ないんです」
父がそんなもの必要ないと言って高校まで携帯電話すら無かった。
それでも一人暮らしとなると心配らしく、このパカパカする携帯電話を渡してくれた。
「ガラケーなんて初めて見たわ…………あれ? じゃあもしかして私の事知らない?」
「え? 今日初めて会いましたよね?」
「化石みたいな人だな……あ、電話鳴ってるよ」
父からの着信。
一日一回は掛かってくる。
「もしもし……うん…………うん、大丈「ヘッックション!!!! あ、ごめん」
「えっ!? あっ、その……えっと……と、友達!! そう、そう…………お、男!!? 違うよ女の子だよ…………代われ!?」
困った顔でオロオロしていると、彼女は手を差し出してきた。
「いいよ、代わるよ。もしもーし……誰って……日向晴だけど…………いや、嘘じゃないし。っていうかオッサン、娘にテレビとスマホくらい買ってやれよ……………………は!? ……………なんだよそれ。……いいよ、私が面倒見るよ。それなら文句ないでしょ?じゃ、そういう事で」
ど、どうしよう……
お父さん絶対に怒ってるよぉ……
「……ったく。あ、ごめん。お父さんガチギレしてたよ」
「ぇーん……どうしよう……掛け直さないと─── 」
ボタンを押す手を拒む彼女の指。
爪先までキラキラとしていて、私とは大違い。
恥ずかしくなってしまい、手を隠してしまう。
「……何してんの?」
「…………その、日向さん?は凄く綺麗で可愛くて、都会の子って感じが凄くしてて……私なんか芋くさいなって思ったら、急に恥ずかしくなっちゃって…………」
どうしよう、泣いちゃいそう。
っていうか泣いてる。
「……名前、なんて言うの?」
「え? ……雨谷……雫です」
「私は日向晴。あのさ、恩返しもしたいし……だからさ……その、私と……友達になってくれる?」
「と、友達…………なりますなります!! えー、嬉しい……こっちで友達なんて初めて」
「……私なんかよりよっぽど可愛いよ」
「……?」
「そういえばその箱なに?」
「これは……実は今日誕生日でして……一人でお祝いしようかなーなんて……あははっ……」
言ってて虚しい。
すると日向さんが箱からケーキを取り出し、蝋燭を立ててくれた。
「私がいるよ。電気消すね……ハッピバースデー♪」
定番の歌でお祝いされる。
歌声も綺麗で……まるで天使みたい。
「ほら、消して消して」
照れながらも火を消す。
こっちにきて色々あったけど、今日が一番幸せな気がする。
思わず涙が溢れる。
「ご、ごめんなさい……まさか誰かに祝って貰えるなんて思わなかったので……友達っていいですね」
「…………あ、あのさ」
「……?」
「今日……私も誕生日…………なんだよね。20歳だから記念にお酒を飲んだんだけど……いやー、私には合わなかったみたい」
「……じゃあ火つけますね。今度は日向さんの番ですよ?」
下手なりに歌ってみた。
たまたま出会って、同じ誕生日で同い年……
なんだか不思議な感覚。
「……雫に会えて良かった。今度遊びに来ても良い?」
「ぜ、是非! 何もない部屋ですけど……」
「あははっ。スマホ無いんだよね? メアド教えてよ」
「メア……ド?」
「嘘でしょ!?」
雨谷雫20歳、上京して初めて友達が出来ました。