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アブソリュート・アイ  作者: バラー
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加速する雷雨

「お怪我はありませんか?」

 襲撃して来た二名を斬り払い、部屋の隅で小さくなる家庭教師に声をかる。

「え、えぇ…大丈夫です…」

 家庭教師の桜は、ナチュラルに差し出された騎士の手を借りて立ち上がる。

「これからどうすれば…」

 様々な疑問を飲み込んでそう問いかける桜を見て、賢い人だと騎士は思った。今は一刻を争う状況だ。

 姫様の無事を確認するまで気は抜けず、外ではシェフが一人で大暴れしている。

 そしてこの家庭教師の安全も確保しなければならない。姫様から任された仕事だ。


 ーーードォンーーー

 地響きのような音が辺りに響く。

 お高くつくような銃機まで持ち出されたようだ。

 相手は本気だ。外のオリバー一人では保たないだろう。


「私がお預かりします。」

 そこへ執事がひょっこりと現れる。いつもながら涼しげな表情だが、一線交えてきたのか彼には珍しく服が僅かに乱れている。

「姫様はヴィオラとここを離脱なされました。

 貴方は、オリバーの元へ向かってください。

 私も援護しますので、ある程度敵の戦力が削れた所でヴィオラを追って姫様の安全確保を優先するように。

 では桜さん、私に着いて来てください。」

 そこまで一息で言うと、執事はクルリと背を向け歩き出す。

 ベンジャミンなら任せて問題ないだろう。

「了解した。」

 騎士は窓の外へと飛び出した。

 土砂降りの雨の中、花を摘んでおいてよかったと駆けながら改めて思うのであった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 鬱蒼とした森の中を駆ける。まるで獣道だ。

 大雨の中を傘もさしていないが、木々のお陰でさほどでもない。服はもうびしょ濡れではあるが。

 ヴィオラが時折こちらを確認しながら、私のペースに合わせてくれる。

 私の後ろにはだいぶ遅れて医者が着いて来ている。


「止まってください。音も立てないで。」

 ヴィオラが何かに反応して手で私を制止する。

「何か、います。」

 一気に緊張が走る。

 アルフィーも流石に空気を読んで忍び足で追いついて来た。


「これから何があってもここから動かないでください。

 何があってもです。いいですか。」

「え、それって…」


 ヴィオラは汚れたメイド服のスカートを一気に剥ぎ取る。

 コルセット姿にガーターベルトが剥き出しの状態だが、腰や脚に銃やナイフがびっしりと付けられていて私は目を剥く。

「ヴィオラ…!」

 戦いに赴くのだと理解して、口を開く私に彼女はあの笑顔を見せた。


「姫様、約束ですよ。」

 言うが早いか、音もなくその場から走る。

「姫、彼女の言う通りにしよう。

 まずは、その腕の治療をするとしようか。」

 医者がのらりくらりと私の腕を取る。襲撃を受けた際、ガラスで切った傷だ。


「でも、ヴィオラが一人でなんて…」

「大丈夫だよ。」

 傷口を調べているアルフィーが、一瞬真面目な表情を見せる。

 引き締まった表情をここで初めて見た。しかしなんてシリアスの似合わない人だろう。


「彼女、得意なんだよ。」

 私の腕を固定しピンセットを取り出すのが見えて、体が強張る。

 なんか痛い事されるに違いない。

「な、何が…?」

「暗殺。」

 私の声の震えに気づいたのか、ニヤリと笑って傷口を突き出す。


「ーーー〜〜〜〜!」

「暴れない、声もあげない。我慢してねー。」

 楽しげな声で言う医者を恨めしく思った。

 いつか夜襲してやる。無事に帰れたのならば。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 身軽になったヴィオラは素早く木に登り、辺りを見回した。

 敵の姿を四人は確認できる。

 こんな森にまで兵を置くとは、用心深さと執念を感じる。

 腰の銃を取り出し、サイレンサーを取り付ける。

 一番近くにいる敵を狙い澄まして一撃に伏す。更にその付近のもう一人も一撃で仕留めた。

 雨のお陰で気配を消せてやり易い。倒した敵から銃を頂戴し、また走る。


 走りながら、ヴィオラは不自然さを感じていた。

 妙に静かだ。さっき倒した敵も手応えがなかった。

 武装はしていたものの、まるで襲撃されるとは思ってもいないような、そんな緊張感の無さを感じとっていた。

 今向かっている敵も、同じようなものかも知れない。

 では、何故、緊張感がないのか。

 背中が冷える感覚を覚えて足を止める。

 何かに誘導されている?


「勘が良いな。流石だが、楽な死に方をしないな。」

 そう男の声が聞こえ、バチバチと辺りでスタンガンのような音がする。

 声の主を探そうと見回すが、その姿を捉える事が出来ない。


「仕掛けにかかったネズミに、姿を見せる真似はしないさ。

 まぁ、ここで君は終わりだから、そうやって足搔く事に意味はないぞ。」

 身の危険を感じて逃げようと走り出したその時、彼女の体に稲妻が落ちた。

 彼女にはそう感じた。

 実際には仕掛けに包囲され、電流を浴びせられた訳だが、ヴィオラは気付かない。


「ーーーーっぐ…」

 耐えきれずに膝をつく。

「頑張るね!君という人間が本当に惜しいよ!惜しい人材だ。

 だからこそ、徹底的にやらせてもらうぞ!」


 2撃目がくる。ここにいては命がない。それでも体が動かない。

 姿なき声が嗜虐的な笑みを湛えている事が容易に感じ取れた。

「この、卑怯者…!」

「これは戦略だよ。君だって背後からの闇討ちが基本だろう?

 お互い様さ。」


 バチバチと、電流の音が高まる。

 この刹那に杏の事が頭を過ぎった。

 あんな所に、頼りにならないヤブ医者と一緒に置いてきた事を後悔していた。

 せめて、せめて危険だけは知らせておかねば。


「お逃げくださっ!ぁ、あぁぁあああぁっぁぁぁ!」

 今出るだけの音量で空を仰ぎ叫んだ瞬間に2撃目を喰らい、悲鳴を抑え込む事も出来ない。

 雨でぬかるむ地面に倒れこむ。

 歩み寄る声の主がヴィオラをつまみ上げ、彼女の気絶を確認した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「姫、今縫っちゃおうよ!麻酔はないんだけど!」

「麻酔使わないで縫うとかなんてゆうランボー?

 出来ないよそんな事!」

「oh!スタローンは超クールだよね!

 縫った方がいいよ、傷跡残っちゃうよ?」

「私、一般女性なの。特殊部隊じゃないから。

 あぁぁぁ、アルコールかけないでぇぇぇ…」


 消毒に悶絶しているその時、何かの炸裂音が聞こえた。

 継いで聞こえる女性の叫び声。

「ヴィオラ?」

 嬉々として治療に当たっていた医者と同じ方角を振り返る。

「何かあったんだ!」

 急いで立ち上がろうとする私の腕を、アルフィーが掴む。


「痛い痛い!」

「動かないって、彼女と約束したよね?」

 アルフィーは表情なく、静かに言う。その顔はやや青ざめて見える。

「君が行って、何になる?」

 何にもならない。分かってる。


「アルフィー、この襲撃は何が狙いなの?知ってるよね?」

 アルフィーは答えない。

「私なんじゃないの?」

「…そうだね。」

 アルフィーは腕を掴んだまま離さない。


「君の周りにいる人間は、姫の為に命をかけている者達ばかりだ。

 そんな彼らの覚悟を、君が無意味にしてはならないよ。」

 ジッと、私の目を見ている。そんな彼も、私に命をかけている者の一人なのだろうか。

「アブソリュート。」

 私のその言葉に、医者の表情が曇る。

「私がそれを使えば、」

「それはならない!」

 アルフィーが初めて声を荒げた。私は驚いて、言葉を詰まらせる。


「頼むよ姫、大人しくしていてくれ。

 そしてもう二度とそんな事を考えちゃ駄目だ。」


 なぜ、駄目なのか。

 なぜ、一方的に守られなければならないのか。

 なぜ、これまで会った事もない人たちが私に命をかけているのか。


「…これは唯一無二な大きな力で、使えば代償があるんだね?」

「…察しが良すぎても可愛くないよ。」

 アルフィーは苦笑いをこぼす。

「君の言う通りだ。その為に僕らがいる。

 分かってくれ。」


 私は勢いよく立ち上がり、声のした方向へ走り出した。

「姫!ちょっと!」

 遅れてアルフィーも立ち上がり、追ってくる。

「僕の話聞いてたよね?!」

 例のヘロヘロな走り方で、涙声になっている。


「私、こんな力の事なんか知らない!

 あなた達の事情なんか知らない!

 命をかけてもらう理由が私にはない!

 私に出来る事を見ない振りして誰かを失うなんて、私には、私には出来ないよっ!」


 走りながら、母を想って泣いた。

 お母さん、あなたの事を見て見ぬ振りして、私は楽な方へ生きてしまっていたんだ。

 もう、そんな事できない。

 私に命をかけている、そんな覚悟がある人達だからこそ、私は何もしないで生きていたくない。

 何処の馬の骨だか分からなくても、非現実的でも、もうそんな事どうでもいい。


「ヴィオラ!」

 でもアブソリュートってなんだろう。

 どうやって発動するんだろう。

 私は肝心な事を知らないまま走っていた。


「アルフィー!力って、どう使うの?」

「えぇぇぇー?」

 相変わらず涙声で困惑するアルフィーの声が後ろから聞こえた。

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