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アブソリュート・アイ  作者: バラー
3/5

新世界

「杏ちゃんは赤い髪してるね、外国人みたい」

 そうかな?ママは日本人だよ。

 友達が、私の髪に触れて笑う。

「おい気をつけろよー!そいつ怒ると目を真っ赤にして超こえーんだぜ!」

 近所の悪ガキ共がちょっかいをだす。

「マジだってー赤毛で赤い目の怪物だ!」

「悪魔だー!こえー!」

 怪物なんかじゃないもん。私はそんなのじゃないもん。


 泣きじゃくって帰った私の頭を、母の柔らかい手がそっと撫でる。

「杏、怒ったり悲しんだりするのは意味のない事よ。

 根っこだけしっかり地に下ろして、あとは揺蕩(たゆた)うように生きるのよ。」

 意味がよく分からないよママ。

 ママ、どこにいるの?

 一人は、寂しいよ。



「お母さん…」

 ベットの上で静かに目を覚ます。

 目覚ましのアラームが鳴る前に起きたようだ。

 カーテンを開けて外を見る。

「今日もいい天気!」

「そうですね!イギリスは曇りが多いので、日本は本当に素晴らしいです!」

 振り返ると、そこにはイケメン騎士が行儀良く立って控えていた。


「何故だ!」

「はい!今日もお元気そうでなによりです!よく眠れたようですね。」

 このストーカーはニコニコと応えてくる。

 話にならなくて、疲れ損を恐れて言葉をつぐみ、洗面所へ向かう。

 この自称騎士も後ろから着いてくる。

 よし、これからコイツは無視する事にしよう。絶対にだ。


「おはようございます、姫様。良い朝ですね。」

 執事兼・教育係のベンジャミンが、エプロンをして台所に立っていた。

「おはようございます…

 あの、なんで勝手に家に上がるんです?」

「簡単ではありますが、朝食をご用意してございます。

 身なりを整えましたら着席くださいませ。」

「…はい…」


 この人達のスルースキルのレベルが高すぎる。

 とても太刀打ちできるもんじゃない。


「では姫様。本日のご予定です。」

 目の前にはオムレツ、スープ、焼きたてのパンに彩り豊かなサラダが並ぶ。

 どれも素晴らしく美味だ。特にこのパン。

 パンを頬張る私を横目に、ベンジャミンがスケジュールを読み上げる。


 正午までに引っ越し。

 昼食の後、午後は立ち居振る舞いのレッスン。

 夕食にはディナーのレッスン。

 夕食後はダンスのレッスン。

 入浴時には身体を磨き、寝る前にも全身のケア。


 姫様は、自己管理がまるでなっておりません。

 素材が良いだけに、宝の持ち腐れです。

 教養とは、身につくのではく、身に()()()ものなのです。

 自分磨きを怠ってはなりません。


 丁寧なお小言まで頂戴して、朝食が終わった。

 先が思いやられて、遠い目になる。

 時間が迫っていて、引っ越しの荷物も必要最小限だ。

 また戻ってこれるか分からない、母と私のこの家に短く別れの挨拶をした。


 私たちはベンジャミンの運転する車に乗って、引越し先へ移動を始める。

 車も、なんか分からないが高級車なのだろう。それだけは分かる。

 こんなので住宅街を走るとか、恥ずかしい。

 どうしてこんなにいちいち高級志向なのだろう…

 車は1時間ほど走り、長い山道を登っている。

 中心部からは遠く離れており、通学の心配とか、今の私の身の危険を感じていた。

 やっぱり何かの犯罪に巻き込まれているのでは?


 そんな事で冷や冷やしている内に、目の前に突如立派なお(やしき)が見えた。

「まさか…」

「あれが、今日から姫様のお邸です。」

 大きな門扉のカメラにベンジャミンが手で合図して、門が仰々しく開かれた。

 立派な庭の中を、ゆっくりとしたスピードで車が走る。

 今時こんな世界が日本にあって良いのだろうか。

 ドキドキを通り越して身体が冷えて身震いがする。


「やあー姫!邸へようこそ!」

 到着した邸で真っ先に迎えてくれたのが、昨日我が家に勝手に上がっていた、自称医者のアルフィーだ。

 医者と言えば、と私は昨日を思い出す。


「ルカさん、怪我は大丈夫なんですか?」

 振り返り、背後に控える自称騎士に問いかける。

 あ、しまった、コイツは無視しようって決めてたのにな。

「えぇ、アルフィーはこれで腕のいい医者なのです。

 私の心配をしてくださるなんて、姫様はなんとお優しい…!」

 何か感動のあまり涙を堪えているようだ。

 一体どうゆう育ちをしてきたのだろうか。優しさに飢えているのだろうか。

 余りに不憫で、無視はやめてあげよう、そう思った。


「姫様、邸の者をご紹介いたします、こちらへ。」

 ベンジャミンに促され、邸の中へ踏み入った。

「すごい、豪華だ…」

 目の前には開けた吹き抜けのホールが広がっていて、なんかアンティークっぽく高そうなシャンデリアが吊るしてある。

 両脇から伸びる階段も、美しい曲線を描いて二階へと繋がっている。


「こちら、身の回りの世話をします、メイドです。」

「初めまして姫様!ヴィオラと申します。

 お会いできて光栄ですわ!」

 お行儀よく挨拶をするメイド姿の女性は、とても人懐っこい笑顔で、私は百合子を思いだす。

「そして、こちらはシェフのオリバー。」

「どうぞ、よろしく。」

 ガタイの良い、デカイ人だ。ちょっと人間離れした大きさだ。

 本当にシェフなのか、疑う程度には筋肉隆隆だ。剣闘士が本当の姿なのではないか。

 シェフの身なりをしているのに、この人の手から出来上がる料理を全く想像できない。

「はい、よろしくお願いします…」

 両名に丁寧に挨拶を済ませ、ベンジャミンに邸の案内を受ける。


 多目的ホール

 ダイニング

 執務室

 図書室

 大浴場

 トレーニングルーム

 遊技場

 中庭

 そしていくつもある客室


 まるで一つのホテルを貸し切りにしているようだ。

 設備はちょっと古いが十分すぎるほどに豪華だ。

「そして、こちらが姫様のお部屋になります。」

 そこはどの部屋よりも豪華だった。豪華すぎて、目眩がする。

 こんな部屋で生活をする自分を想像すると何とも言えない気持ちになる。贅沢は、敵なのだ。


 大きな窓は中庭を一望でき、見るからに高級なカーテンが立派なドレープを作って吊るされている。

 ベットも一人で寝るには居心地が悪そうな程に大きく、女子憧れの天蓋(てんがい)付きである。

 立派なグラスが収められている棚、アンティークな数々の照明、ふかふかのカーペット、革張りのソファ。

 全てが私を圧倒してやまない。


「冷蔵庫にバスルームも備わっています。」

 引きこもり垂涎(すいぜん)の一部屋である。


「では荷物はこちらに運び入れておきますので、早速昼食を摂りに参りましょう。」

 優雅に歩く執事の、揺れる燕尾服を目で追う。

 余りの環境の変化に、早くも思考停止となっていた。


 人生は、揺蕩うものだ。

 でも、私の根っこはどこに張ってあるんだろう?



「まるでなっておりません!先ほどお教えしたでしょう!」

 もう何度目か分からない罵声だ。

「それでは姿勢が悪いのです。

 背骨を意識して、身体の隅々まで神経を尖らせてください。

 肩が丸くなってる!首を長く!」

 私の頭には分厚い本が乗っている。

 ドラマや漫画だけだと思っていたベタなトレーニングを、私が現実にやっている。


 ベンジャミンは私に恨みでもあるのかと思うほど怖い。

 その手に持つ教鞭がそのうち飛んでくるのではないかと気が気ではない。

「優雅に、柔らかく。指先がお留守ですよ。

 つま先から下ろす!なんですかそれ、ロボットの歩き方ですね。」

 もう、泣きそう。私は言葉も出ない程憔悴(しょうすい)し切っていた。

 生地の厚いロングスカートは(さば)くのが難しい。

 歩くだけでもこの有様なのに、これでダンスとか冗談としか思えない。

「はい、ターン。

 …駄目ですね、錆びついた音が聞こえてきそうです。」

 ベンジャミンの大きな溜息が聞こえる。

 もう、泣きそう!


「まあ、とりあえずここまでにしておきましょうか。

 アフタヌーンティーにいたしましょう。」

 ベンジャミンのこの言葉に大変喜んだのも束の間、アフタヌーンティーマナーの落とし穴に私はモロにハマる事となる。

「背筋を伸ばしてお掛けください。首が前に出てる!」

 椅子に座ったところからもうお小言。

 食べ方、取り分け方、ティーカップの持ち方から熱く指導され、もう味も分からない。

 てゆうかサンドイッチをナイフとフォークで食べた事なんかない…

 貴人は人種からして庶民とは違うらしい…


 アフタヌーンティーを終えてまたウォーキングレッスン、レッスンを終えてディナーのレッスン、ディナーを終えてまたレッスン。

 ダンスの予定をウォーキングに変更されて、そんなに駄目だったのかと軽く落ち込む。

「まあ、あと一年ありますから。」

 とベンジャミンが笑顔で言った。

 その笑顔がもはや怖い。


「姫様!湯浴みのお時間です!」

 部屋に戻っても間髪入れずに今度はメイドが世話を焼きにくる。

 もう、眠りたい。身体がゴワゴワなのだ。


「ちょっともう疲れてるし、サッと自分でシャワー浴びちゃうから…」

「でしたら、余計にお身体をほぐしましょう!疲れが吹き飛びます!」

 あ、これ、ルカさんがお庭で摘んでくださったお花です。

 そう言って浴槽に浮かべ始め、見事な花風呂が出来上がる。

 エェーあのイケメン騎士、花とか摘んじゃうのーと寒気を感じてしまう。

「アロマオイルも入れますね。今日は、こちらにしましょうか。」

 アロマを数滴垂らされた浴槽は、見た目も香りも華やかだ。

 少しテンションが上がってきた。やはりここは私も女子なので。


 全身を丁寧に磨かれる。

 これまで誰かに身体を洗ってもらったのは幼い頃だけで、すごく気恥ずかしい。

 申し訳ない気持ちで居たたまれないのだが、頭皮マッサージは異様な気持ち良さで、不覚にも一瞬オチたのは秘密だ。


 浴室から出たら、今度はアロマオイルで全身のマッサージだ。

 この至れり尽くせりなリゾートはなんだろう。

 私、明日死ぬのかな?


「では、私はこれで失礼しますね。

 姫様、本日はお疲れ様でした。おやすみなさいませ。」

 一通りの仕事を終え、彼女が丁寧なお辞儀をする。

「うん、ヴィオラさん。ありがとう。

 おやすみなさい…」

 私の瞼は限界が近く、今にも閉じてしまいそうだ。

「どうかヴィオラ、とお呼びください。」

 ニコリと花が(ほころ)ぶような笑顔を見て、私は深い眠りに落ちた。

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