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アブソリュート・アイ  作者: バラー
2/5

力の発現

「杏!」

「百合子、おはよう。」

 教室に入ると友人がすぐに気づいて手を振る。

 私は彼女の隣の席についた。


「大変だったね、その、お母さんの事…

 大学来て良かったの?」

 そう、心配げに覗き込んでくる。

「大丈夫だよ。ありがとう。

 でもその、大学辞めるかも…」

「そっか…」


 しばらく沈黙が流れる。

 かける言葉を探しているのかもしれない。

 気遣いをしてくれる優しい百合子が私は好きだ。

「困った事があったら言ってね。

 なんとかしちゃうんだから!」

 そう言って、笑った。

 そんな彼女の笑顔も好きだ。


 でね、今朝変な人が来て…

 うわー新手の詐欺かな?

 でもめっちゃイケメンだった。

 ある意味羨ましいー姫とか呼ばれてみたいー


 たわいもない話をしながら構内を歩いていると、見た事のある人の姿が目の端に映った。

 色素の薄い髪に瞳、スラリとした長身、見るからに外国人の風貌。


「なんで?」

 今日二度目になるこの一言が口を吐いて出た。

 どうも女子に話しかけられているらしく、今朝は見なかった困った表情で何かを説明している。


「あの人かっこいい!外国人かな?」

 隣の百合子は無邪気だ。

「百合子、困った事が出てきた。」

 まさか、と彼女が私を振り返る。

「さっき言ってたイケメンがあの人?」

「ここまで来るとか怖すぎ、逃げるわ。」

 慌ただしく踵を返したところで、

「姫様!」

 背中から声がかけられた。


 とりあえず無視。

 とりあえず無視。

 私は姫じゃない。

 ってゆうかなに姫とか言っちゃってんの恥ずかしすぎるわー。


 急ぎ足で、半分走りながらその場を離れる。

「申し訳ありません、姫様に気付かれないよう護衛につくつもりだったのですが。」

 後ろから軽々と追いついた自称騎士が私の横で不思議な話をする。

「護衛?護衛ってなに?

 てゆうか姫とかやめて。あり得ないから恥ずかしいから。」

「姫は姫ですので。」

「じゃあ私を呼んだりしないで!

 迷惑なんです。何が目的なんですか?」

 いまいち融通のきかない人だ。

 苛立って、思わず声を荒げる。

「貴女をイギリスに連れて帰る事、そして護衛が私の勤めです。」

「どっちも要らない。お役御免ね。さようなら。」

 ついて来ないで、と一言付け加えて私は走り去った。


 その日の帰り道、私は後ろに人の気配を感じていた。

 もしかしたらあの自称騎士かもしれない。

 構っていては時間の無駄と思い、早足で家に向かう。

「失礼、お嬢さん…」

 正面から話かけてくる男性が見える。

 男性の顔はよく見えず、辺りは人気がない。

 嫌な気配を感じて、すぐに来た道を戻ろうと踵を返すが、そこにも男性が立っていて道を塞いでいる。


「ひっ」

 喉から小さく悲鳴が漏れる。 

 これは良くない。間違いなく良くない。

 膝が震え、頭が真っ白になる。

「お嬢さん、少し付き合ってくれるかな。

 怖がらなくて大丈夫。すぐに済むさ。」

「いやっ!」

 最初に話しかけてきた男が腕を掴もうとして、咄嗟にそれを振り払った。

「めんどくせぇ。」

 男の声から苛立ちを感じる。

 (おのの)いた瞬間、腕を捻り上げられる。

「いたっ…」

「時間が惜しい、すぐに行くぞ。」

 もう一人の男に何か指示を出している。


 あぁ、なんか分からないけど連れていかれちゃうんだ。

 この感じだと無事で済みそうにない。

 涙が込み上げそうになったその時、何かが横をすり抜ける。


「ぐっ!」

 私の腕を掴んでいた男が横向きに倒れこむ。

「姫、ご無事ですか?」

 本物の騎士様よろしく颯爽と現れたのは自称騎士のストーカー男だ。


「ひっ」

 私はこの展開に恐怖した。

 ファンタジー!騎士!寒い!

 こんな単語が頭に出てくる。後でグー◯ル検索でもしてみようか。


「姫、私の後ろへ。離れないで。」

 私の恐怖の原因に自分も含まれているとは思ってもいないだろうこの男は、自分の背中に私を隠す。

「貴女を狙っているのです。」

 そう言って、襲いかかるもう一人に応戦する。

 よく見ると、暴漢の手にはナイフが握られている。

 血の気が引いていくのが自分でも分かる。

「ナイフ!ナイフが…!」

「大丈夫です、姫。私にはこれが。」

 自称騎士の手に淡い光が灯る。

 すると、どこからともなく見事な(つるぎ)が現れた。

「マジでファンタジーじゃん!」

 何かもう泣き叫びたい気持ちになった。

 自称騎士がその剣で一薙ぎすると、あっけなく男の手からナイフが落ちる。

 そこへ、最初に殴り倒された男がナイフを手に襲い掛かってきた。

 そのナイフを一旦受け止めた彼が、突如叫ぶ。

「危ない!姫様!」


 状況が分からず、身じろき一つ取れないでいた私を彼が抱えて転がる。

 「え、なに…」

 彼の下敷きになって転がって、腰を強かに打ち付けた。

「なんなの…」

 私を抱えて飛んだ彼に目をやると、背中に矢が刺さっている。

 再び、血の気が引く。

 そしてよく見ると腕にも裂傷があり、深そうな傷を受けている。


「失礼、お嬢さん…」

 振り向くと、血で汚れたナイフを見せつけながら、男が近寄ってくる。

「そいつは見逃してやるさ。大人しく従えば。」

 ナイフを持たない方の手がすっと差し出される。

「いけません、姫、いけません…!」

「死に損ないはだぁってろ!」

 ボカっと、鈍い音を立てて自称騎士が腹を蹴り倒される。


 現実なんだ。なんだかファンタジーではあるけど、現実なのだ。

 私の判断に、このストーカーの命がかかっているんだ。

 震える膝に力を込めて、立ち上がる。

「姫様!」

 彼の悲痛な叫びが聞こえた。


 気色悪い人ではあったけど、私を守って、私の代わりに傷を負ってくれた。

 どこの馬の骨か知らないけど、その心配してくれる気持ちに偽りがないように感じた。

「ありがとう、ごめんなさい。」

 母の形見のネックレスを無意識に触って、手のひらに収める。

 一歩踏み出そうとしたその時だった。


「っ?!」

 体に違和感を感じる。

 視界が急に良好になる。鮮明に、クリアに、夜とは思えない彩度でもって脳に伝わる。

 ネックレスの石を握る指がビリビリと震え出し、何か凄まじい万能感を得ていた。

「早く来い!」

 男が、私の腕を掴もうと動く。その時。


「動くな」


 私の言葉が、私のものではない響きで口から出た。

「うっ」

 男はピタリと止まる。

「そこのお前も動くな。弓を(つが)えているお前もだ。」

 スラスラと、言葉が紡がれる。


 私の目には離れた民家の屋根で弓を構える男が見えていた。

 通常の視力では考えられない、フォーカスされたかのような視え方だった。

「くそっ!アブソリュートか!」

「お前は喋るな」

 私に命令され、男は本当に閉口(へいこう)した。


「よくもこれだけ暴れてくれたものだ」

 いやに攻撃的な口調になる。

 感情が、抑えきれない。

「そうだな、弓のお前、この男二人を射て」

 抵抗する素振りもせずに弓が引かれる。

「いい子だ」


 私はこの時、愉快だった。確かに愉悦を感じていた。

 込み上げる笑いを抑えられずに唇が弧を描く。


「姫様!」

 背後から、肩を抱かれる。

「いけません、鎮まってください。」

 自称騎士が背中に矢が刺さったままに、私を制止しようとしているのだ。

 自称騎士!背後から!抱きしめる!

 瞬時に怖気(おぞけ)が走り、少し我に返る。


「撃たなくていい!」

 咄嗟に弓の男に叫ぶと、男たちは全員力が抜けたようだった。

「すぐにここから立ち去って!もう二度と来ないで!」

 そう言うと、暴漢たちは闇夜に紛れて消えていった。


「良かった、姫様、貴女が…」

 がっくりと、彼は膝を折る。

「ごめんなさい!

 あぁ、矢が、どうしよう、救急車を!」

「いいえ、大丈夫です。医者を呼んであるのです…

 ですから、とりあえず姫様のお(やしき)に…」

 バックからスマホを漁る私の手を制して、ふらりと起き上がる。

「お邸…?あぁ、私の家。

 わかったから、私に掴まって。」

 医者を勝手に人の家に呼ぶとか意味分からないんだけど、突っ込んでは可哀相な状況だ。

 彼に、肩を差し出した。

「お優しい姫様…

 しかし大丈夫です。自力で歩いて行けます。」

 にこり、と私に笑いかけた。


 初めて笑顔を見て、心臓が跳ねた。

 怪しくて気味が悪くても、イケメンはイケメンなのだ。

「顔がいいってお得…」

「なにか?」


 もう何が起こっても驚かないだろう。

 背中から矢が生えた自称騎士を連れて帰る道すがら、そう思った。



 ようやっと自宅が見えてきた。

 自称騎士は背中に矢が刺さってるし、私も心なしか怠さを感じていた。

 てゆうか今時なぜに矢。

 冷静さを取り戻しつつあり、色々気になる事が出てくる。


 まずなぜ私が狙われているのか。

 あの、私の力はなんだったのか。

 危うく人を殺してしまうとこだった。そう気づいて身体が震える。

 制止してもらえて本当に良かった。

 この騎士は何か知っているようだった。

 聞いたら答えてくれるだろうか。


 玄関を開けて、家に転がり込む。

 朝には消したはずの電気がついていて、何か予感がした。


「おかえりなさい、姫!」

 やはり怪しい日本語が流暢なイケメン外国人が出てきた。

 それも二人。

 お母さん、私の人生は波乱まっしぐらになるようです。


「…ただいま」

 怒る事も驚くのも疲れて、とりあえず返事だけした。


「僕はアルフィー。サリバン卿に雇われて、専属の医者をしているんだ。

 こっちは君の執事兼・教育係のベンジャミン。」

 この自称医者は、自称騎士の手当をテキパキとこなしながら自己紹介をしている。

 手も口もよく動くタイプだ。

「初めまして姫様。ベンジャミン・ホワードと申します。」

 キリッと燕尾服を着込んだ男性が手を差し出してきて、つい反射で握手をする。


 疑問はいくつもあった。

 なぜウチの鍵が開けられたんですか。

 教育係って、何教え込むつもりですか。

 なんでそんなに日本語が堪能なのですか。

 なぜ人の家に勝手に上がり込んで悪びれもしないのですか。

 何者ですか。

 いくつもあった。


「なんで?」

 やはりこの一言に集約された。


「え?だから僕は医者で、こっちが執事兼・教育係のベンジャミンだよ。」

 まるで馬鹿を(さと)すような口調で、ちょっと苛立つ。


「私、寝ます…」

 そうだ、シャワーを浴びて寝てしまおう。

 なんだかもうとても疲れたのだ。

「そうですか。では私たちはホテルへと戻ります。

 ルカ、立てますか。」

「もちろん。」

 騎士の治療は無事に終わったようだ。

 怪我をさせた後ろめたさでチラリと見ると、微笑み返された。

 心臓に悪く、慌ててそっぽを向く。


「貴女のせいで傷を負ったのではないのです。」

 まるで見透かされているみたいだった。顔が急に暑くなる。

「ですから、そんなお顔をなさらないでください…」

 騎士の指が、私の頰に触れて、私はつい顔を上げる。

 彼の美しい顔と自然と見つめ合う。


 ーーバシッ

「いたっ!」

 ベンジャミンがルカの手を、私の頬から叩き落とした。

 その手には教鞭らしきものが握られている。

「姫様に気安く触れるな!」

 執事兼・教育係!こっわー!


「姫様。」

「はいっ!」

 くるりとこちらを振り向くベンジャミンに背筋が伸びる。

「姫様には、明日からお引越しをしていただきます。」

「は?」

「私共が用意した邸がございます。

 現在、姫様は在学中とのこと。これを考慮して旦那様は卒業まで待つ、と譲歩をなされました。

 ですから、明日より卒業までの一年強、私共とお邸で暮らしていただき、レディーとしての教養をその身に叩き込ませていただきます。」

 ベンジャミンの切れ長の瞳がキラリと光る。

 私は今、怒涛の流れに押し流されようとしている。


「待ってください!私は後継になるなんて言っていません!

 イギリスに行く気もないんです!

 それに引越しなんて、急に…」

 ここで、私の口元に教鞭がピッと指されて、私は思わず口をつぐむ。


「高貴な立ち居振る舞いや教養、雰囲気は、このような庶民の家からでは成さないのです。

 然るべき環境が必要です。

 そして後継のお話ですが、その気がないとの理由ではお話になりません。

 お気持ちはお察ししますが、貴女はお母上が愛したお父上の、その血を絶やすと言っているのですよ。

 決して軽い気持ちでそのような事は口になさいませんように。

 とにかく、決定事項ですので、準備だけは済ませておいてくださいませ。我々はまた明日お伺いいたします。」

 ここまで一気にまくし立て、それでは失礼します。と玄関からゾロゾロと出て行ってしまった。


 私は呆気にとられたまま、それを見送った。

「来なくていいよ…」

 色々な事がありすぎて、頭がパンクしそうだ。

 その場でしゃがみこんで目を閉じる。


 もう、寝よう。

 こんな弱っている時に、この激しい潮流に抵抗できる気がしない。

 私ができるのは、この肉体とメンタルを可能な限り癒す事だ。

 テレビをつけて、ニュースを観る。


「この家にあんな大勢の人が来たの、初めてだったな…」

 意図せず出た独り言が部屋に響いた。

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