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小児科のリーマン【ミノルの夏ホラーvol.2】

作者: chisai

夏のホラー参加作品です。

 ミノルは夏風邪を引いた。

 今日は母親と大きな総合病院の小児科に来ている。小児科は二階にあって同じフロアーには耳鼻科や産婦人科があり、皆それぞれの前の椅子に座って診察を待っている。

 小学生のミノルも母親の横で小さな顔に大きなマスクをして座っていた。


 ミノルは"視える子"だ。


 黒い影のようなものが視えたり、生きている時と変わらぬ姿だったりするのだが、大きくなるにつれ慣れっこになってきて、不意に見えても無視できるようになった。気づかないフリをしていれば無害だし、そういう世界なのだと思えば、未熟で頼りない心にもバリアが張り巡らされて平静を保っていられる。


 今も階段の辺りや椅子の影、所々に蠢く影のようなものが視える。産婦人科の薄暗い壁の所には大きな腹を抱えた女の人がいてお腹を擦りながら頭を左右に降っている。生きている人と比べると生気がなく全体的に薄い。ミノルはそれらを完全に無視していた。


 待合の椅子に腰かけていると、近くに白い半袖シャツにストライプのネクタイで黒のスラックスを履いた、ザ・夏のリーマンスタイルで痩せた男の人が座っているのに気づいた。とても整った容姿をしていて、モデルさんかドラマに出てくる俳優さんみたいだなとミノルは思った。

 その人は中身がパンパンに詰まった鞄を床に置き、紙の束を持ってパラパラとめくって見ている。


 小児科といえば母親と子供という組み合わせが定番なのだけれど、大人の男の人が一人で座っているので少しながら違和感を覚え、「あの人も病気?小児科で診察?」と小声で母親に聞いてみた。


「業者の人じゃないかしら」


「業者?」


「詳しいことはわかんないけど、製薬会社の人とか、医療器具の会社の人とか、お医者さんに売りたいものがある人じゃないかしらね」


 と、母親も小声でそっと耳元で教えてくれた。


 ふぅん。そうなんだと熱でフラフラする頭で納得して順番を待っていると、その人が呼ばれて小児科の中に二つあるカーテンの片方に招き入れられた。


 ミノルもすぐ名前を呼ばれて、もう片方のカーテンの中に通される。中に入ると優しそうな女医さんが「どうされましたぁ?」と座っている回転椅子をコチラに向けて聞いてきた。後ろでは看護師さんがカーテンを閉めている。


 母親がミノルの症状を説明していると隣の方から声が聞こえてきた。


「ええっ!これはもうウチで本決まりのはずじゃなかったですか!?」


「しょうがないじゃない。向こうの方が条件が良かったんだから。オタクさんももうちょっと頑張ってくれたらねぇ。モノが悪いわけではないんだけど……。それとも何?やっぱり気が変わってくれることもあるの?」


「……。触らないでください。僕にはそんな気は……」


「ここではなんだから、ちょっと会議室にでも行って話そうか……」


 ミノルには男の人二人が喋る声が聞こえたが、女医さんと母親は気にもとめない様子で話し合っている。隣の部屋からは退室していく気配がして静かになった。


 抗生剤と喉の炎症を治める薬と解熱剤を処方してもらい、一階の薬局で薬が出るのを待っていた。大きな病院だから、薬を待っている人も多い。ミノルは退屈で仕方がなかった。


 壁にかかったテレビからはつまらない大人向けの情報番組が流れていて、それをぼぅっと見ていると、さっきの白シャツの男の人が重そうなカバンを持って出口の方へと急ぎ足で歩いて来た。


 俯いて酷く辛そうな顔をしている。その時は大人の人はお仕事とかなんだか大変そうなんだなぁと思うくらいだった。


 三日後、熱は下がったのに今度は咳が出始めたので、ミノルはまた総合病院の小児科に来ていた。


 前と同じように白いシャツを着てストライプのネクタイをしたあの男の人が俯きがちに椅子に座っていた。手には紙の束を持っている。前と同じなのに今日は生気がなくて薄暗い。


 ミノルはああ、もしかして……と思った。


 そこですぐに目をそらさなければいけなかった。じっと見ていたために、不意に顔を上げたその男の人と目が合ってしまったのだ。ミノルには分かる。この人はもう死んでいてこの世の人では無い。


 ヤバイ……。鼓動がドクンと弾けて高なった。慌てて顔を伏せ、気づかないフリをしても、もう遅いだろうか……。


 男の人が立ち上がる気配がして、一歩進んだところで持っていた紙が一枚、するりと抜けて落ち、ミノルの足元まで滑ってきた。


 その紙には「オススメの死に方」と一番上に大きく書かれてあるのが分かり、胸がドクドクと早鐘を打つ。


 身体の周りの空気がズンと重くなり、肌が泡だった。


 今ここで騒いだりしたら、自分がおかしくなったと周りから思われてしまう。奇異の目で見られるのはゴメンだった。普通がいい。普通バンザイ。


 段々と男の人は近づいてきて、ミノルの足元の紙を拾い上げる時、俯いたままのミノルの耳元で「お大事に」と囁いた。


「ひぅっ」

 喉がひきつって背中に冷たい電気が走り、全身から汗が吹き出た。


 慣れたとはいえ、それと分かるものが直接話しかけてくるとなれば、ミノルだって怖い。たまらなく怖い。呼吸も辛く熱も上がってきた。


 ミノルが固まっていると、小児科から白衣姿の男の人が出てきた。幽霊になった男の人は手に持っていた紙を差し出しながら、ツカツカと歩いていくその人について行ってしまった。


 難は逃れたものの、ぶり返した熱に頭をくらくらさせながら、一緒に来ていた母親の方にぐったりと倒れ込んでしまった。もう限界だった。


「ミノル?大丈夫!?」


「う、うう……うん……」


 その日は病院で点滴を打ってもらい、入院は絶対に嫌だと訴えて、迎えに来た父親と親子三人で家に帰った。ミノルは点滴の間中も母親の手は絶対に離さなかった。


 一週間ほどしてミノルの体調が良くなった頃、テレビのニュースでは死後十日ほど経った遺体が山中で発見され、首には締められたような跡があると報じられた。


 総合病院、小児科勤務。医師の男は蒸し暑い屋上の柵の前で暮れていく夕日とオレンジ色に染る街の景色をぼんやりと見つめていた。


 あの男のせいだ。自分は何も悪くない……。悪くない、悪くない、悪くない……。会議室でちょっとせまったくらいであんなに怒って……。ちょっと押し倒して、ちょっと身体に触って……。よくある事じゃないか。アイツが言う事を聞かないからいけないんだ。最後までさせなかったくせに。

 録音しただって?ふざけるな!本当に頭の悪いやつだ。そんな事したってなんにもならない……。世間に公表?器具を納入させろ?金をよこせ?馬鹿を言うな。ふふふそんな事はもう出来ないさ……。


 どこかでパトカーのサイレンが鳴っている。手にあの男の首の感触が残っている。キツく絞めた時の……。


 医師の傍らにはリーマン姿の男がいて、黙々と紙をペタペタ貼っている。


「死ね」

「死ね」

「死ね」

「死ね」

「死ね」

「飛べ」


 医師は薄紫になった空を見ながら柵に手をかけた。紙が一枚、ヒラヒラと飛んでいったような気がした。


 そして、その日の夜。テレビのニュースでは総合病院で小児科の医師が屋上から飛び降りたと報じた。警察では事件と事故、両方の観点で捜査中である、とも。
















読んで頂きありがとうございました。

ムーンライトにてBLものを書いているせいか、少々そのテイストが入ってしまいました。

これぐらいならR15にしなくてもセーフですよね?

うん。セーフだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幽霊にお大事にって言われるところすごい良かったです。幽霊が言うんかい! とか。嫌味で言ったのかとか。シンプルに幽霊に話しかけられて怖いとか、色々と感情が揺さぶられました。 [一言] BL要…
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