2.一人の男の夜、惨劇。
男は歩いていた。
宵の闇の中を、ただ一つの目的に向かって。
自らの渇きを潤すために、その存在をただ求めていた。
「――――」
思考は混濁している。
視界は湾曲している。
聴覚は麻痺している。
ただそれでも、黒き外套を羽織った男は歩き続けた。
この街にはたしかにいたはずだ、と。記憶はもはや曖昧だが、それだけはたしかだった。そいつさえ見つかれば、自分は解放されるのだ、と。
だから彼は道行く者に、こう問いかけるのだ。
「ヴァ、ンパイア――知らな、いか」
相手は、女性二人だ。
しかし何故かひどく怯えている。
男にはそれが理解できない。ただたしかなのは、彼女たちが自分をおぞましいなにかと、そう思っていることだった。
それに無性に腹が立った。
しかも、ヴァンパイアの所在を知らないようだ。
それならば、どうするか。――男の答えは決まっていた。
「きゃっ……!?」
「なんなの!?」
腕を露出し、見せると女性二人は悲鳴を上げる。
それもそのはず。男の腕は――もはや、人間のそれではなくなっていたから。
肘から生えたのは骨のような、それでいて鋭利な刃物であるようにも思われた。血が滴り落ちているそれからは、ただただ異常性しか感じ取れない。
浮き上がった血管が脈動していた。
まるで、血を欲しているかのように蠢いていた。
「あ、ぁ――っ!」
男がうめき声を上げる。
紅い瞳が輝いた。そして、直後に女性の悲鳴がこだまする。
血飛沫が舞い上がり、地には一人の女性の頭部が転がっていた。男はおもむろにそれを拾い上げて、まるで慰み物にするかのように、滴る血を舐め取る。
今宵の渇きは、なんとか満たされた。
血を飲み、肉を食みながら男――『モーブ』は、ニタリと笑う。
「ヴァ、ンパイ、ア……! リ、アン!?」
うわ言のように、一人の少年の名を口にしながら。