1.ヴァンパイア
モーブは夜の街を歩いていた。
酒場を巡り思考は判然とせずに、小石に蹴躓いては悪態をつく。
彼の中には不満しかなかった。親方と慕うダンが決めたこととはいえ、店の権利の一部を、あのリアンに持っていかれたのだ。
それを良しとした弟子は、果たして何人だろうか。
少なくとも、先日の対決のために錆びたナイフを用意したモーブは、そうでないことが明らかだった。それ故に勝敗の行方にも、何もかもに納得がいかない。
「けっ……。運の良い奴め!」
モーブはそう言って、道に転がっていた石を蹴った。
するとそれは――。
「おやおや、危ないですね」
「あん……?」
一人の男性の方へと飛んで行ったらしい。
暗闇の中から、どこか驚いたような声が聞こえてきた。
モーブは歪んだ視界でその人物を捉えようとしたが、上手くいかない。それでも相手は気にした様子もなく、くくく、と小さく笑ってこう言った。
「いや、構いませんよ。ところでお聞きしたいことが――」
まるで、すべてを見透かすかのような口調で。
「最近、この辺りでヴァンパイアを見ませんでしたか?」
◆◇◆
――ヴァンパイアとは、伝説に語られる亜人種だ。
姿形こそ変わらないものの、通常の人間よりも長命であり、人の血を吸うことで生命を長らえるという。そして内に秘めた膨大な特殊魔力によって、高い身体能力を持つという話だった。
しかしながら、何故そんな存在が伝説と呼ばれているのか、というと……。
「ヴァンパイアの、生き残り――か」
その者たちはすでに滅んだと、そう語られていたからだ。
僕は自身のベッドに腰かけて窓の外を見ていた。そこにはちょうど、丸い月が切り取られている。周囲を彩る星々は、強く煌めいていた。
そんな景色を見ながら、先ほどフランに言われたことを思い返す。
「お母さんを救う、それの手助け……」
それは、思いもしない申し出だった。
少女曰く、自分はあの日まで奴隷としての生涯を送ってきた。父は殺され、母は共に捕らえられた。なんとか逃げだし今に至るが、母の行方は知れない――と。
もしかしたら、今もどこかで生きているのかもしれない。
あの奴隷商によって、捕まっているかもしれない。
その可能性が、彼女の中に渦巻いて仕方なかったそうだ。
「……………………」
僕はそんな突拍子もない話に、つい答えを保留してしまった。
答えなど、とうに決まっているというのに。
「お兄ちゃん……、起きてる?」
「フラン? いいよ」
その時だった。
ドアの向こうから、義妹の声が聞こえたのは。
僕が返答すると、彼女は少し怯えたような雰囲気で入ってきた。
「怖い夢を見たの。少しだけ、お話してて良い……?」
「そっか、分かった。おいで」
「うん、ありがと」
そんなフランに僕はそう言う。
すると彼女は素直に、僕の隣に小さく腰かけるのだった。
「………………」
そして、無言で抱き付いてくる。
それに驚きはしたものの、抵抗することはない。むしろ少女の気持ちが落ち着くように、と。僕は彼女の頭をゆっくりと撫でるのだった。
すると少し安心したのか、フランはおもむろに口を開く。
「お兄ちゃんが、私を捨てる夢を見たの……」
「僕が……? どうして」
その内容に、首を傾げた。
フランは静かな声で、こう続ける。
「私が、普通の人間じゃないから」――と。
それは、並々ならぬ不安によるものだったのだろう。
自分は人間とかけ離れた存在だから、それを理解しているから、だからこそ。僕に距離を置かれるのではないか、捨てられるのではないか、そんな不安がよぎったのだろうと思われた。しかし、それはあり得ないことだ。
だから、僕は義妹を抱きしめ返す。
「安心して、フラン? 僕はキミのすぐ隣にいるからね」
そして、そう伝えるのだった。
「お兄、ちゃん……!」
するとフランは、感極まったように肩を震わせる。
それを見て僕は改めて、決心した。
「一緒に探そう、フランのお母さんを」――と。
それは、綺麗な月の夜に。
兄妹の誓い、ってやつですね。
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