6.伝説の誕生
街の南に向かうと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「な、んだ……? これ、は!」
掠れた声が漏れる。
何故なら、そこには多くの冒険者が傷だらけで転がっていたのだから。
どの冒険者も手練れだと分かった。身に着けている装備の質が、そこらにいる彼らとはわけが違う。だが、そのどれもがひしゃげ、見るも無残な状態だった。
そして、その奥――大通りを闊歩する化物が一体。
「ありゃ、大型だとかそんなレベルじゃねぇぞ……!?」
ダンが隣でそう言って頭を抱える。
それもそのはず、目の前にいるのは怪物だった。
ドラゴンはいかに大型だと云っても、十数メイル程度。しかしそこにいたのは、二十メイルは優に超えるドラゴンだった。それを化物、怪物――そう言わずして、なんと呼べばいいのだろうか。
本能が警鐘を鳴らす。
逃げろ、と。
理性が撤退を指示する。
逃げろ、と。
「――――――――――」
だが拳を握り締め、唇を噛みしめ、その衝動に抗った。
隣のダンもまた同じ。互いのプライドが、そこに踏み止まらせていた。
いいや、あるいは恐怖で足に杭が打ち込まれたのか。しかし、もはやどちらでも構わないと思われた。この場に立ち続けられるなら、それで構わないのだ。
「おい、ガキ――俺様からいくぞ!」
その時だった。
ダンが、僕よりも先に動く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫し、超大型ドラゴンへ肉薄する。
そして懐に潜り込み、手にしたナイフを振るった。すると――。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
それは、強固なドラゴンの皮膚を切り裂いた。
切れ味は間違いない。一流の技術によって磨かれたそれだった。
だが、しかし――。
「ぐあっ……!?」
「ダン!!」
まだまだ、その傷は浅い。流れ出した血の量も、ごく僅か。
ドラゴンは露払いをするかのように、軽く腕を振るう。ダンはまともにその一撃を受けて、後方へと吹き飛んだ。僕とフランはそれに駆け寄り、傷を確認する。
「大丈夫か、ダン!」
「……けっ、俺様の技術はこんなもんかよ、くそ!」
幸いにも、一部の骨を折っただけで済んだらしい。
それでももう動くことは出来ない。逃げる術が失われた。
「おい、リアン――悪いことは言わねぇ。お前だけでも、嬢ちゃんを連れて逃げるんだ。お前のその技術は『人類の宝』だ」
その時だ。
ダンがそんな突拍子もないことを口走る。
「な、なにを急に言い出すんだ!? ――人類の宝、なんて」
「うるせぇ、逃げるんだよ! お前ほどの加工師、ここで失うわけにはいかねぇんだ! 俺様なんかのことは、放っていけ!!」
「ダン…………?」
口の端から血を流しつつ、ダンは絶叫する。
僕はその変化に耳を疑ってしまった。
これでは、まるで――。
「オジサン、認めてたんだね。……お兄ちゃんのこと」
その様子を見て、口を開いたのはフランだった。
彼女はどこか落ち着いた声色で、ダンにそう訊ねるのだ。
「へっ……。ずいぶんと、ヤキが回っちまったぜ」
すると彼はニヤリと、いつものように意地悪な笑みを浮かべる。
そして、観念したように語り始めた。
「この歳になって、まさかこんなガキに嫉妬するなんて思いもしなかったさ。自分より遥か高みのそれをみせられて、認められず、激しく動揺した。情けねぇ……」
「ダン、お前……」
「悪かったな、リアン――すべては俺のワガママだ。それに嬢ちゃんも、あの時は酷いことを言って済まなかった。心から、詫びさせてもらうぜ」
「オジサン……」
ダンはふっと息をついてから、ドラゴンを見る。
そして、忌々しげにこう言った。
「ドラゴンの最大の弱点は、あのデカい口の中だ。喉目がけて一突きできる武器さえあれば、そしてそこまで飛翔することが出来れば、勝てるんだが――な」
それは到底、無理な話のように思われた。
彼もそれを理解しているのだろう。くつくつと笑って、
「そんな武器なんて、ここにはない。それにどうやって跳べってんだ」
そう、漏らす。
それは諦めに近いものだった。
だけど、どこか期待をするような、そんな色も感じられて――。
「武器なら、ここにある」
「お兄ちゃん……?」
だから、僕はそう告げた。
そして布に包んでいた加工品を、露わにする。それは――。
「レイピア、だと……?」
ダンは驚き目を見開いた。
どうしてそんな武器が、ここにあるのか、と。
理由は簡単だった。限られた鉄の加工で実践的な物を作ろうとした時、考えられたのがレイピアだったのだ。少ない鉄で、しかし鋭さ、殺傷力を持ったもの。
修復技術――それとはもはや異なっていたが、これが僕の答えだった。
僕はあの鉄塊に新たな命を吹き込んだ。
それが、これだった。
「馬鹿野郎、だからって! ――どうやって飛ぶってんだ!?」
技術に疑いはない。
されども、飛ぶ術がない。
ダンは再び逃げるように告げようとした、その時だった。
「飛ぶ方法なら――あるよ、オジサン」
フランが、そう口にしたのは。
◆◇◆
「準備は良い? ――フラン」
――上空二十メイル以上。
ドラゴンの顔が同じ高さにあるのは、なんとも不思議な感覚だった。
だが今は、その『どうして』には目を瞑ろう。僕は後ろに抱き付いている義妹に声をかけた。すると彼女は小さく、頷くことで答えとする。
それなら、もう一か八か。
「それじゃ、行こうか!」
「うん、お兄ちゃん!」
僕が言うと、その身は天高く舞い上がる。
少女――フランの『翼』が風を叩き、加速していく。
「だあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
そして、急降下。
目標は――こちらに『ブレス』を放とうとするドラゴンの、大きな口の中。
僕らの絶叫が木霊した。
そして、一瞬の出来事。
レイピアを突出し、僕とフランは――ドラゴンの喉を貫いた。
◆
ダンはその光景を地上から見守った。
一組の義兄妹による、この街での伝説誕生の瞬間を。
「まさか、嬢ちゃんがヴァンパイアだったとは、な……」
魔素に還元されていくドラゴン。
その光を浴びながら、彼はポツリとそう漏らした。
次回で第二章終了ですかね。
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