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ゴーストインザヘッド  作者: 似栖一
第四話 雨宮雫は畏れない[前編]
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1.依頼者・雫

 〝俺の依頼主に、お前らも会ってくれねえか〟――田中の願いを承諾した律たちは、会合場所としてすっかり馴染みの場所となった喫茶店『アネモネ』に来ていた。

 律たちを呼び出した田中の姿はまだ見えない。

「人を呼びつけておいて結構なご身分ね」

「まあ先方の都合もあるのかもしれないし、もう少し待って来なかったら連絡してみよう」

 妙に田中への風当たりが強い皐月を(なだ)める律。皐月も本気で怒っているわけではないのか、肩を(すく)めて沈黙した。

 そしてさらに数分。猫舌の律が注文したコーヒーをちびちびと啜っていると、ドアベルの音とともに二つの人影が入店してきた。

「待たせたな、すまねえ」

 律たち姿を見つけた田中がばたばたと慌ただしい足音とともに近づいてくる。その後ろを静かについてくる人影に、律は思わず目を見開いた。


 現れたのは少女だった。腰ほどまでにある長い黒髪は前髪で切り揃えられ、染みひとつない生気の感じられぬほど白い肌。整った(かお)も相まって、見る人に日本人形のような印象を与える少女だった。だが律が反応したのはその容姿ではない。驚いたのは、少女が見慣れた制服を着ていたからだ。

「会わせたい人って、うちの学校の生徒だったのか……」

 律が呟いたとき、ひょこり、と田中の背から顔を出した少女と目が合う。軽く会釈をする律に対し、少女はぷいと顔を背けてしまった。

「振られちゃったわね」

 隣でくすくすと笑う皐月を無視して、律は憮然とした表情を浮かべた。


 *


 会合は、開幕から氷点下の空気が支配していた。理由は明白だ。田中が連れてきた少女と皐月が、険悪な雰囲気で向かい合っているからだ。

 田中の関係者というだけあって、やはり霊能力のようなものを持っているのだろう。少女は皐月のことを、明確に認識しているようだった。

 表面上は睨み合ったり悪態をついているわけではない。少女は人形のような無表情で皐月へ視線を向け、皐月は薄く微笑んでいる。しかし両者の間にバチバチと散る火花を幻視した律と田中は、話し合いが始まる前から冷や汗をかいていた。


 ボックス席の向かいに腰掛けた田中たち。

 田中が紅茶を二つ注文すると、ウエイターの姿が消えたところでおもむろに切り出した。

「さて。集まってもらったところ早速だが、まずはそれぞれを紹介したいと思う」

 しかし頷いたのは律だけで、残りは手厳しい言葉が返ってきた。

「あなたが仕切るの?」

「チンピラ風情が偉そうに」

 女性陣から出鼻を挫かれ眉をハの字にした田中が、縋るように律に視線を向けてくる。律に仕切り役をやらせようとしているようだ。自分の顔を指差し首を振る律に、拝むようなジェスチャーを取る田中。無言のやり取りが続く中、口を開いたのは意外にも少女の方だった。

「そこのガキどもがなんなのか、はやく説明してよね」

 そもそも会合が停滞した原因の半分は少女なのだが、その傲岸不遜な物言いに律は唖然としてしまう。だが、そんな態度も慣れているのか田中は作り笑顔を浮かべて口を開いた。

「そ、そうだな。こっちの少年は藍川律だ。頭の中の霊を喚び出してる、狂人一歩手前の奴だ。……だが、なんでもそうなんだが、ギリギリまで踏み込んだ奴が一番凄い。俺はそれを思い知ったぜ」

 乱暴な説明だが、田中の言動には茶化したような雰囲気はない。そもそも律が狂いかけていることは皐月にも説明された事実なので、なにも言い返せなかった。

「んでこっちが」

「ああなるほど。そこの見てるだけで苛々する馬鹿っぽい女は、ガキの妄想に取り憑いた雑魚霊ってわけね」

 田中の言葉を遮って言い放つ少女。皐月を貶され、一気に頭に血が上った律は思わず噛み付いた。

「初対面で随分な言い(ぐさ)じゃないか。皐月さんは僕の、その……大事な人だ。なにが気に入らないか知らないが、失礼だろう」

 律の言葉に、少女はむっとした表情で押し黙った。皐月はといえば、驚いたように口元に手を当てニコニコと微笑んでいる。

 勢いで放った言葉に頬が熱くなるのを誤魔化すように、律は田中に向かって言った。

「で、この人は誰なんだ。紹介してくれるんだろう」

 律たちのやり取りをぼうっと眺めていた田中は、水を向けられ気を取り直したように背筋を伸ばし、口を開いた。

「ああ。こいつは俺の依頼者で、雨宮(あまみや)(しずく)ってんだ。昔馴染みで、まあ遠縁の親戚みてえなもんだな。まあさっきのやり取りでもわかったと思うが、こいつも霊視の力がある」

 田中の言葉に少女――雫は、微かに顎を引いて肯定を示す。

「霊視に限れば、こいつの力は俺よかよっぽど強い。その力のお蔭で、かなり早い段階からこの街の異変に気づいたみてえだ。但しこいつの力は戦闘向きじゃねえから、俺にお鉢が回ってきたというわけ。あとはまあ……知ってのとおりだ」

 暗躍する浅霧アオイの動きの一端を察知した雫だが、自分には手が負えないことにも早々に気がついた。そこで田中が依頼を受け、直接戦闘になる危険が伴う現地調査を行っていた。その途中で律たちに出会ったのだ。

 田中は首を横に向け、律たちの方へ片手を拡げる。

「んで、なんやかんやで律たちと一緒に人狼に立ち向かったわけだ。あん時はマジで死ぬかと思ったぜ。ぶっちゃけ、こいつらがいなかったらヤバかった」

 苦々しい顔を浮かべながら言う田中。

「詳しい仕組みはよくわからねえ。だが、律の力を使えば奴らを無理やり引き摺り出してぶん殴れる。これは怪異に対して強烈なアドバンテージになる」

 雫は相変わらず無表情のまま、こてんと首を傾げる。

「その話は散々聞いたわ。『アイツに立ち向かうため、きっと力になるはずだ』ってね。でも本当に、こんなガキと女にそんな力があるの? 霊圧も大したことないし、(にわか)には信じられないのだけど」

 微笑みこそ崩さないが、皐月が静かに怒りのボルテージを上げていることが隣に座る律にはわかった。このまま皐月が爆発してしまったら収拾がつかない。頬を伝う汗を感じながらも、律は努めて冷静に言った。

「……あのなあ、どうしてそう喧嘩腰なんだ。せっかく脅威を知る人たちが集まったんだ、この場を有意義なものにしよう」

 溜息を吐く律。(たしな)めるような言葉に、雫は居心地が悪そうに頬杖をつく。このままいけば穏便な方向へ軌道修正できるだろう。そう油断した律は、余計な、致命的な言葉を放ってしまった。

「それにさっきからガキ、ガキって、あんた同じ中学だろう。同学年では見たことなかったし、一年生か?」

「なっ……!?」

 雫は頬杖をついたまま絶句し固まった。皐月はくすくすと忍び笑いを漏らし、田中は額に手を当て天を仰いでいる。

 予想外の反応に律が戸惑い始めたとき、雫がどん、とテーブルに手を付く。目尻に小さな珠を浮かべながら、人形のような顔を真っ赤に染めた雫は言った。

「私は三年生よ!」

仕事が立て込んでおりちょっと更新頻度が落ちますがエタらないように頑張ります。

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