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ゴーストインザヘッド  作者: 似栖一
第三話 狼化妄想症
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19.答え合わせ

 翌朝。一同は喫茶店『アネモネ』に会していた。ボックス席に律と皐月が並んで腰掛け、その向かいに田中と、柚那が座っている。なお、流石に送り犬を連れ込むのは抵抗があったのか、店の前に待機するよう柚那が〝お願い〟していた。

「さて……聞きたいこと、確認したいことが各々あると思う。だからここで解消しようと、そういうわけだ」

 切り出した田中に集まった者たちが頷きを返す。

「じゃ、じゃああたしからいい……ですか?」

 先陣を切っておずおずと手を挙げたのは柚那だった。

「その……人狼、はどうなったの?」

 囁くように投げかけられたその質問には田中が答えた。

「目視はもちろん、魂の方も消滅したのを確認した。姿を隠してやり過ごしてる様子もねえし、人狼についてはもう心配ないだろう」

 田中の発言にほっとした様子で息を吐いた柚那とは対象的に、皐月が厳しい視線を向ける。

「人狼については、ね」

「流石に耳聡いな」

 皐月の指摘に田中は苦笑を返す。それに首を傾げた柚那は、合点がいったように小さく顎を引き、確認するように呟いた。

「ああ、そこにいる(・・)んだよね」

 柚那からは皐月が認識できない。それは正常なことだ。だいたい、当たり前のように会話をする田中の方が常軌を逸しているのだ。思わず胡乱げな視線を田中に向ける律と皐月だったが、しかし、じっと目を眇めて律の隣を見つめる柚那に気づいた。

「……どうした?」

 心配そうに訊ねる律に、柚那はあっけらかんと答える。

「いやね、なんかぼやあって(もや)のような、人影みたいなものまでは見えるからさ。じっと見たらもっとはっきりしないかと思って」

 見えるのかよ! と思わずツッコミを入れそうになる二人を、田中が(なだ)めるように言った。

「お嬢ちゃんはなんつうか、そう、避雷針のような性質(たち)なんだろうさ」

「避雷針?」

 首を傾げる当人に苦笑しながら田中は続ける。

「同じものだが、導雷針とか誘雷針って言ったほうがいいかもしれねえな。要は霊的な存在を呼び寄せちまう体質ってことだ」

「ええっ! でもあたし、霊感とかまったくないよ」

 驚く柚那に、淡々と告げた。

「なかった、だろう? オカルトそのものな送り犬の姿が見えてたはずだ。あいつがきっかけになったのか、はたまたなにか他の原因があるのかまではわからねえ。しかしなにかの拍子に、元々の才能が発現したんだろう。いわゆる霊感ってやつは霊や怪異と接するほどに強まっていくから、これからどんどん強力になっていくだろうなあ」

 他人事のような田中の言葉に、柚那は愕然とした表情で言った。

「え……じゃああたし、これから霊感少女としてやっていかなきゃいけないの?」

 本人としては大問題なのだろうが、いまいち緊張感に欠ける言い方に田中も律たちも思わず苦笑を漏らす。

「まあ人狼(やつ)みたいなイレギュラーはそうそう出てこないだろうし、心配ないだろう。あのワンコロ、その辺の低級霊じゃ束になっても勝てねえくらい強いぞ」

 皐月が心配そうに訊ねる。

「送り犬の強さに関しては申し分ないとして、人狼という脅威が去った今、役目を終えた扱いにはならないの? 近いうちにいなくなってしまうんじゃ」

 送り犬は基本的に、〝家までの道を護衛する〟怪異だ。期限付きなのだ。皐月は、護るものがないままに柚那が放り出されてしまうことを懸念していた。

「ああ、それについちゃ大丈夫だ。なんか色々と責任を感じてるみてえだしな」

 対して田中は、奇妙な含み笑いで応じる。

「ほら、お嬢ちゃんが『狼人間になっちゃったー』って大騒ぎしてただろ? 送り犬の奴からしたら『こいつはやべえぞ』って教えてやるつもりが、まさか人狼の主観にシンクロしちまうとは思わなかったんだろう。それだけ嬢ちゃんの引き寄せる力が強かったってことだが」

「それじゃあ、鏡に写った顔が人狼に見えたってのは……」

 訊ねた律に、田中はやれやれと肩を竦める。

「強烈な夢のせいで見てしまった幻覚が半分、送り犬の姿が映り込んだケースが半分ってとこだろうな。警告しようとして人狼に見間違われちゃ世話ねえぜ。とんだ空回りだ」

 そのやりとりを、柚那はぽかんとした顔で聞いていた。そこへ律が訊ねる。

「そもそも、沢村はなんであんなところにいたんだよ」

 律の指摘にしまったという顔を浮かべた柚那だが、じっと見つめられ観念したように口を開いた。

「いやあ、その……狼人間のこととか、藍川くんと話したこととか、色々考えてモヤモヤしてたからさ。思いっきり走って発散しようかな、と。裏路地とかじゃないし、公園なら夜中でも安全かなーって思って」

 たはは、とばつが悪そうに愛想笑いを浮かべる柚那。

「で、公園の中を走ってたら突然『こんばんは』って声を掛けられたのね。見たら制服を着た女の子がいたから、あたしもこんばんはーって返したんだ。そしたらその子がにこって笑って、あたしの後ろを指差すの。つられて振り返ってもなにもいないじゃん? だからなんだろうってまた前を向いたら、アレがいたの」

 柚那はそこで腕を抱き、ぶるっと身震いをする。

「人間ってほんとに怖い時は悲鳴も出ないんだね。膝ががくがくして逃げ出すこともできなくて、ああ、もうダメだって思ったら、後ろからびゅんって大きな黒いものが跳んできたの」

「それが送り犬だったわけだな」

 田中の言葉に柚那は首肯を返す。

「うん。それからしばらく戦ってくれてたんだけど、突然狼人間たちが何かに気づいたみたいに動きを止めて、どこかを見たんだ。かと思ったらいきなりどっかにいなくなったの。今思えば藍川くんたちが来たことに気づいたんだろうね」

「なるほど」

 そう返しながら、危ないところだったと律は思った。いくら送り犬とはいえ、暴力の権化のような人狼相手では劣勢を強いられていた。律たちが市民公園を訪れなければ、柚那が昨晩の犠牲者となっていたかもしれない。余計に不安にさせるつもりはなかったが、どうしてもひとこと言っておきたかった。

「……無事でよかったが、気をつけろよ」

「う、うん……ありがと」

 律のぶっきらぼうな言葉に、柚那は僅かに顔を赤らめながら応えた。

 そのやり取りの最中、田中は、壁に視線を向けふんふんと頷いていた。その先に送り犬が()()のだろう。壁を隔てた先、送り犬の意思を読み取っているのだ。

「どうも守護霊のようなポジションを務めるつもりみてえだ」

「つもりみてえだ、って……」

 呆れたように呟く皐月。

「いいのか? 元はといえば送り犬のせいで要らぬ心配事を抱えることになったのに」

 律に問われた柚那は、言葉を選ぶように視線を彷徨わせてから言った。

「んー、難しいことはわかんないけどさ、あたしを守ってくれようとしたんでしょ? だったら責められないよ。実際夜には助けてくれたし」

 言葉を切った柚那は、はにかむように笑った。

「それに、ずっと犬を飼ってみたいと思ってたんだけど、お母さんが犬アレルギーだから諦めてたんだ。ちょうどよかったかも!」

 色々と言いたいことはあったが、あっけらかんと笑う顔を見ていたらその気も失せた。

 本人たちがいいならいいのだろう、と律は喉元まで出かかった言葉たちを飲み込んだのだった。


 そのとき。ぼーん、ぼーんと店内に設置されたアンティーク時計が音を鳴らした。

 何気なくその音を聞いていた一同だったが、慌てた様子で柚那が立ち上がる。

「っといけない! あたしもう行かなきゃ! 遅刻しちゃう!」

 朝の六時半から営業している『アネモネ』に開店直後から入り浸っていた一同だが、気づけば時刻は八時を回っていた。

 本日は月曜日。不登校の律や自由業の田中と違って、柚那は学校があるのだ。

「藍川くんも、おじさんも、なにかあったら連絡してね! 絶対だよ!」

「ああ」

 律の返事を聞く間もなく、コースターに書き残した連絡先を置いて、柚那はばたばたと慌ただしく去っていった。

「おじさんは、やめろ……」

 店を出ていく柚那の背中へ、田中は小さく呟いた。律と皐月は思わず目を逸らしたのだった。

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