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ゴーストインザヘッド  作者: 似栖一
第三話 狼化妄想症
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6.在るはずのない幻想

 人狼との遭遇後、律たちは這々(ほうほう)の体で自宅へと帰った。

 帰路、二人は一切会話することなくふらふらと足を進めていた。

 律の部屋へ戻ってからも動揺が抜け切らず、律も皐月も放心したように黙り込んでいる。そのまま数十分ほどが過ぎた頃、ようやく沈黙を破ったのは律だった。

「あれは、なんだったんだ」

 律は半ば呻くように呟いた。皐月は律に、よろよろと視線を向ける。

 そして憔悴した表情に無理やり微笑を張り付け、皐月は言った。

「ごめんなさい。私にもわからないし、正直途方に暮れているの」

「皐月さんでもわからないのか……?」

 皐月の言葉に、律は少なからずショックを受けた。これまでの経験を経て、律は無意識のうちに皐月へ縋っていた。自分には皆目見当がつかないような事態でも、皐月ならば解決の糸口を見つけてくれるのではないか、と心のどこかで考えていた。それだけに、皐月の返答は律の不安を一気に膨れ上がらせた。

 皐月は律の心情を理解した上、慎重に言葉を選びながら口を開く。

「……夢の男の件もあったし、人外の存在が干渉してくる可能性はあったわ。狼男だって、それ自体は出てきてもおかしくない」

「なら」

 律の言葉を遮るように、こめかみに手を遣りながら皐月は静かに語る。

「でもそれは飽くまで律くんに限った話よ。わからないのは、何の関係もない第三者が被害に遭ったというところ。狼男が街に現れて人を殺しました、なんてこと、起こるはずがないのよ」

 皐月の語った内容を理解した律は、じっと考え込むように押し黙った。そしておずおずと口を開く。

「その、殺された男の人が、偶々(たまたま)()()()()だった可能性は……?」

「確かに、ね。ああいった類の奴らが存在しているチャンネルに、偶々波長が合ってしまう人。そういう人が律くん以外にもいる可能性は否定できないわ。むしろ判断材料がほとんど無い今、そう考えるしかないのかもしれない」

 言って、皐月は物憂げに溜息を吐く。

「でも、どうも何か引っ掛かるのよね……。それが何なのかはわからないのだけど」

 皐月の言葉を耳で捉えながら、律は人狼との遭遇を思い返していた。

 律が(おこな)ったのは過去の再演である。人狼は袋小路の死体から離れ、路地の入り口に立っていた。それから考えるに、人狼は自分が殺した相手の死体を、立ち去る前に振り返って眺めていたのだろうか。

「まあ、今のまま考えてもどつぼに嵌まるだけよ。もう少し情報を調べてみましょう」

「そうだな。あまり気は進まないけど、もう一度現場を見るのもありかもしれない」

 意図して明るい口調で告げる皐月に、律は頷き返す。

 ――と、そこで律はある違和感に気づいた。

 人狼が仕留めた相手の死体を眺めていたのならば、視線は地面、下方に向けられていたはずである。しかしあのとき、相手の目は真っ直ぐ前方へ向けられていた。まるで、そこに律がいることを認識しているかのように。

 言いようのない予感が、律の中で鎌首をもたげた。


 *


 翌朝。律は両親と朝食を食べていた。

 天気予報を告げるキャスターを聞き流しながら、律は焼き立てのトーストを(かじ)っている。やがて天気予報が終わり、ニュースに切り替わった途端にアナウンサーの切迫した声が流れた。その内容に、律はぽかんと口を開けて思わず絶句してしまった。


――昨夜未明。×件○市の路上にて、男性の遺体が発見されました。現場は繁華街近くの路地で、近隣住民によれば、普段は人気(ひとけ)のない通りだったとのことです。遺体は酷く損壊しており、警察は殺人事件として捜査を進めています。


 画面には「○市でバラバラ死体が発見される」という縦書きのテロップが表示されており、ヘリから撮られたと思われる映像には、テープとブルーシートで囲われた現場付近でたくさんの警察官や作業服を着た者たちが慌ただしく動き回る様が記録されていた。

「怖いわねえ。律も外に出るときは気をつけるのよ」

 不安気に言う母親にも、食い入るようにテレビを凝視していた律は軽く頷き返すのが精一杯だった。


「……皐月さん」

 朝食後、自室へ戻った律はすぐにパソコンを立ち上げた。

 硬い表情を浮かべる律に、皐月はパソコンの画面へ目を向けたまま応える。

「ええ、間違いなさそうだわ」

 今回の事件は、遺体の目撃者が多数存在していた。

「バラバラ死体を見た」という書き込みや呟きは早朝からインターネットでたちまち拡散され、報道規制が敷かれる前に既に収集がつかなくなってしまっていたようだ。そのような経緯から、捜査部は已むを得ず事件の公開に踏み切ったのだろう。

 ネット上にはテレビのニュース以上に詳しく、生々しい現場の状況が投稿されていた。

 曰く、「現場はまさに血の海だった」「乱暴に引き千切られたように、人の体がバラバラに散らばっていた」「飛び散った内臓が地面や塀に張り付いていた」「吐いている人が何人もいた」等々。

 まさに、律たちが再演したあの現場と同じだった。凄惨な光景が脳裏に浮かび気分が悪くなった律だが、振り払うように二、三度首を振ると、力強い眼差しを皐月に向けた。

「行ってみよう」

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※表紙(風)画像は自作です。
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