決壊
金盥を窓からぶちまけたような、冗談じみた大音声が閑静な住宅街に響き渡った。
引きこもりの律も、流石に何事かと締め切っていたカーテンを開けた。交通事故だろうか、音の発生源は近所のようで、通行人や近隣住民たちがざわざわと集まっていく様が遠巻きに見えた。
今日は彼女が来てくれるはずの日だ。虫の知らせというものか、嫌な予感を覚えた律は、意を決して部屋を出た。
階段を駆け下りた律は、一年以上通っていない扉に対峙する。膝の震えを抑え込むようにぐっと足に力を込めると、喉を鳴らし、律は取っ手に手を掛けた。そして一気に扉を開き、玄関を抜ける。
外へ出れば、人々のざわめきがより一層身近に感じられた。律は周囲を見回す。集まっている人の量からして、少し先の路地を曲がった先が事故現場のようだ。
事故車両から漏れ出たガソリンだろうか、油の臭いに混じって、僅かに生臭いものが鼻をついた。そしてそれは律が足を進めるごとに強く、濃密になっていく。
一歩、一歩。歩を進めるごとに、どくんどくんと心臓の音が強くなっていく。見てはいけない、頭の中の何かが警鐘を鳴らすが、律は熱に浮かされたように足を運び続ける。
そして間もなく、少年は彼女と対面した。
ブロック塀に突っ込んだ車輌。アスファルトに広がる液体。濃密な死の匂い。
律が目にしたのは、フロントバンパーとブロック塀に挟まれた若い女性の姿。眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、ぐちゃぐちゃに押し潰された腹部からは中身が溢れている。
それは、唯一の心の支えとなっていた女性――村瀬皐月の、変わり果てた姿だった。