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魔王にだって、運命を切り拓く権利がある  作者: 鏡水 敬尋
第二部
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応戦

 俺は、しばらくの間、空を見上げたまま茫然(ぼうぜん)としていた。


「勇者フレークを始末しにきた。町の人間どももまとめて皆殺しだ」


 上空から、大魔王シリアルキラーは言った。


 俺を始末しに来ただと。さらに、町の人間も?


 思考をまとめるのに必死だったが、絶え間なく鳴り響く重低音に気づき、ふと我に返った。

 音は次第に大きくなり、地面を揺るがす。それに呼応するかのように、町のあちこちから、悲鳴や怒号が聞こえてきた。


 この音は、大魔王の軍勢が、攻めてきたということなのか。


「町の入り口に向かうぞ!」


 俺は、ザクロ達に向かってそう言うと、走り出していた。勇者フレークの姿で。


「その姿になっちゃっていいの?」


 パインが後ろから問うてくる。


「構わない! あいつの狙いは俺らしいからな!」


 走りながら後ろを振り返ると、ザクロ達も、それぞれ戦士、僧侶、魔法使いの姿になり、ついてきていた。


 重低音は、かなり近くから聞こえる。間断なく聞こえることから察するに、かなりの数の魔物が迫ってきている。いや、もう町の中に入ってきているかもしれない。


 走りながら左右を見回し、念のため、町の壁の無事を確認する。大魔王の軍勢は、壁を破壊して侵入してきてはいないようだ。

 であれば、やはり目指すは町の入り口だ。


 いくつかの建物の間を通り過ぎて(かど)を曲がると、大通りが視界に入り、人々が町の奥へと逃げていく姿が見えた。


 大通りまで走り出て、町の入り口のほうへ目をやると、こちらに向かって駆けてくる人々の向こうに、魔物の大群が見えた。


 全身が真っ赤で、頭に2本の(つの)を持った、赤鬼のような巨人が数体、すでに町の中に入ってきており、逃げ惑う人々へと迫っていた。


 まずい。入り口で食い止めることができれば、当分の間、魔物の侵入を防ぐことは可能だっただろう。マサムネが、勇者達を封じ込めたように。

 なぜなら、この世界はエンカウント制バトルだからだ。


 だが、すでに町の中にまで侵入されてしまっている。この状況では、今から侵入を止めることは難しい。侵入を止めるべく、町の入り口へ向かっても、途中で他の魔物と戦闘になってしまい、その間にも、続々と侵入を許してしまうことになるだろう。


 それでも、戦うしかない。ほかに選択肢はなさそうだ。


 俺は、人々の避難の邪魔にならないよう、大通りの端へ寄り、町の入り口へと走った。


 町の入り口付近で、赤鬼が、逃げ遅れた、商人風の男性のすぐ背後に迫り、右足を高く持ち上げた。


 踏み潰す気だ。

 くそ。この距離では、助けられない。町の中ではワープも使えない。


 目の前で、魔物に人間を殺されてしまったら、アキナに合わせる顔がない。なんとかならないのか。


 考えを巡らせたが、俺には、走ることしかできなかった。


 頼む。なんとか間に合ってくれ。


 しかし、俺の、祈りにも似た思いも虚しく、赤鬼の右足は、地面を突き刺さんばかりの勢いで、男性を踏みつけた。


 赤鬼に背を向けていた、その男性は、おそらく何が起きたのかも分からなかったであろう。走っている最中に、頭上から圧力を受け、うつ伏せの格好で地面に倒れこみ、そのまま巨大な足の下敷きとなった。


 鈍い音が鳴り響き、踏みつけた赤鬼の足と、地面との間には、ほとんど隙間がなくなっていた。


 くそ! 間に合わなかった!


 自分の無力さに苛立ち、先ほどの赤鬼から目をそらすと、別の赤鬼が、やはり逃げ遅れた初老の女性に、襲いかかるところが見えた。


「助けてえええええ!」


 弱々しい悲鳴を上げる女性に、無慈悲な(こぶし)が襲いかかる。


 やめてくれ。これ以上、人間を殺さないでくれ。


 赤鬼の右(こぶし)は、地面近くを這うように疾走(はし)り、女性の上半身を殴りつけた。

 再び、鈍い音が響き、女性は血まみれになりながら、腰が逆に折れて吹っ飛んだ、と思ったが、そうはならなかった。


 女性は吹っ飛ばされてはおらず、身体(からだ)の前でクロスさせた腕で、赤鬼の巨大な(こぶし)を受け止めていた。


 俺は、何が起きたのか分からなかった。

 赤鬼のほうも困惑顔だ。それはそうだろう。余裕で振り抜けると思っていたはずの右フックが、か弱き人間ごときに止められてしまったのだから。


「助けてえええええ!」


 女性は、再び弱々しい悲鳴を上げながら、こちらへ駆けてきて、町の奥へと逃げていった。

 赤鬼も、黙ってそれを見ていた。


 いったい、何が起きているんだ。

 混乱しながらも、走り続けていた俺は、先ほど、男性を踏み潰した赤鬼のすぐ近くまで来ていた。

 赤鬼は、まだその場から動いておらず、その巨大な右足を、男性の遺体の上に乗せたままであった。


 赤鬼は、俺を見下ろしながら、微笑を浮かべているように見える。が、次の瞬間、その顔に(くも)りが生じた。

 何ごとかと思ったそのとき、俺の目の前で、赤鬼の右足がゆっくりと持ち上がった。足の下では、男性が、腕立て伏せのような姿勢で、身体からだを持ち上げていた。


 赤鬼の右足は、男性の腕力に逆らうことができず、徐々に持ち上がっていく。両腕を伸ばしきった男性は、片足を地面に立てると、無理矢理上体を起こし、立ち上がっていく。


 赤鬼は、右足に体重をかけようと、前かがみになるが、男性が立ち上がるのを止められない。両足で立ち上がった男性は、両腕を頭上にやり、自身を押さえつけている巨大な足裏を、横方向へと払いのけた。


 重心を横にずらされた赤鬼は、バランスを崩して転びそうになるが、なんとか踏みとどまった。


「ひええええ。助けてくれええ」


 男性は、雄々しい悲鳴を上げながら、俺の横を駆け抜け、町の奥へと逃げていった。


 なんだ、これは。

 いったい、どういうことなんだ。


 俺の目の前で、赤鬼2体は、いまだ困惑顔だ。

 上空で一部始終を見ていたはずのシリアルキラーも、逆光で表情は読めないにもかかわらず、困惑している空気を感じる。


「これ以上、町の人間に手は出させない!」


 状況がまったく飲み込めなかったが、俺は、精一杯勇者らしく、赤鬼達の前に立ちはだかって言った。


「共同戦線といこうか」


 声のしたほうを見ると、いつの間にか俺の横に、黄土色の薄汚いローブで全身を包んだ男が立っていた。

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