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魔王にだって、運命を切り拓く権利がある  作者: 鏡水 敬尋
第一部
36/43

拝謁

「久しぶりだな。ミキモト」


 玉座に座ったフルグラが、ミキモトを見下ろしながら言った。


「久しぶりっていうか、ほぼ、はじめましてっていうか。あ、ストラリアでは、お世話になりました」


 ミキモトは、ぺこりと頭を下げた。


「……いや、別に世話などしていない」

「あれは、俺を助けるためにやってくれたんだよね」


「なんの話だか分からんな。そんなことよりも、だ。私を倒しに来たのか?」

「いや。今すぐここから逃げてほしい」


「どういうことだ」

「フレークという勇者のパーティが、おそらく、もうすぐやって来る。あんたも知ってるだろう。世界中の魔物を全滅させちまったパーティだ。多分、あんたも倒されちまう」


 フルグラは言葉を発さない。


「せめて、今生き残っている魔物だけでも連れて、どこかへ逃げてくれ!」


 言いながら、ミキモトは背後を振り返った。しかし、そこにマサムネ達の姿はなかった。どうやら、玉座の間の中までは、入ってこなかったようだ。


 フルグラは力なく笑う。


「魔王に対して、逃げてくれとは、おかしな勇者も居たものだな。なぜ、私に逃げてほしいのだ」

「俺は、魔物に滅んでほしくないんだ。だから、あんたにも死なれちゃ困る。俺は、人間と魔物は、上手くやれるんじゃないかと思ってる。実際、魔物が勇者パーティ以外の人間を殺してるところを、俺は見たことがない。まあ、魔物自体をほとんど見てないんだけど」


「奇遇だな」

「え」


「私も、そう思っている」





「音が、()んだ……」


 ある勇者が独りごちた。魔王城の中から、絶え間なく聞こえていた、轟音――魔物達の足音が聞こえなくなったのだ。


「まさか、魔王が倒されたのか」


 もうひとりの勇者も、驚きの声をこぼした。


 しばらくの間、2人の勇者が顔を見合わせていると、魔王城の門が開き、中から、女性を抱きかかえた勇者と、そのパーティメンバーが姿を現した。


「お前は、フレーク!」


「あれ。あなた達、まだそこに居たんですか」

「まさか、お前、魔王を倒したのか?」


「はい」


 フレークは、微笑みながら(うなず)いた。


「魔王城の中の魔物も、1匹残らず消え去りました。世界は平和になったんです」

「そ、その女性は」


「ストラリアの姫、アキナです」


 フレークに抱えられたまま、アキナが応えた。


「俺はこれから、ストラリアまでアキナ姫を届け、王様に、魔王討伐のご報告をして来ます」


 そう言って歩き出したフレークに、片方の勇者が声をかける。


「サイクロプスを3体連れた勇者とすれ違わなかったか? 少し前に入っていったんだが」


「いえ。見かけませんでした」


「そうか。やっぱり全滅しちまったのかなぁ」


 立ち去るフレークの背中を見送りながら、2人の勇者は立ち尽くし、やがて口を開いた。


「そうか。魔王は倒されたんだ」

「戦いは終わったんだ。もう、勇者は不要だな」


 2人の勇者の装備品と、パーティメンバー達は消え去った。彼らは、勇者をやめた。





「あれが、魔王を倒した勇者か!」

「実際、魔王を倒したのは、勇者以外の3人らしいぜ!」

「ザクロ様、しびれるー!」

「アキナ様、可愛いー!」


 俺は、アキナを抱きかかえたまま、ストラリアの町の大通りを歩いていた。通りの両脇には、大勢の町の人々が立ち並び、口々に、感謝や喜びの言葉を発している。


 まさしく、勇者の凱旋(がいせん)といった雰囲気だ。もっとも、ここは、俺の故郷でもなんでもないので、凱旋(がいせん)という表現は正しくないのだろうが。


 もし本当に、俺が、魔王を倒した勇者だったなら、さぞかし晴れやかな気分で歩けたことだろう。しかし、実際には、晴れやかどころではなく、かつてないほどの緊張感に支配されている。


 このまま、だまし切れるのだろうか。


 アキナは、群衆に向けて、満面の笑みでピースサインを返している。この女は、本当に肝が据わっているな。

 俺の笑顔は、不自然ではないだろうか。


 水の張られた(ほり)の脇を進み、左に折れて、橋を渡ると、ストラリア城は目前だ。

 俺の目の前で、兵士達が城門を開け、歓迎の意を表している。


「勇者フレーク、バンザイ!」

「さあ、早く王様のところへ!」


 城門を通り過ぎる俺に、両脇から、兵士達が口々に言った。


 俺は、城内に足を踏み入れると、正面の通路を進み、赤絨毯(あかじゅうたん)の敷かれた階段を上った。

 2階に上がると、正面の扉が、4人の衛兵によって開放されており、その奥に玉座が見えた。


「勇者フレーク、どうぞ中へ!」


 個人的には、ここが、最大の山場だと思っている。はたして、王は、俺が勇者じゃないことに気づかないだろうか。


 玉座の間に足を踏み入れる前に、抱きかかえていたアキナを下ろした。


「えー、下ろしちゃうのー?」


 アキナは不満げな声をあげた。


「抱っこしたまま王の前に行くってのは、ちょっと気まずい」

「変なところで遠慮するのねえ。魔王を倒した勇者なんだから、堂々と抱っこしていけばいいのに」


 アキナは俺の肩を叩く。


 俺が先に玉座の間に入り、アキナがそれに続き、その後ろにザクロ達が続いた。全員が玉座の間に入ると、背後で扉が閉められた。


「おお! アキナ!」


 2つ並んだ玉座の、左の玉座に座っていた王様が声を上げた。そのかたわらに立つ、初老の男性も、こちらに笑顔を向けている。


 俺は、ドキドキしながらも足を進め、王の手前、10メートルほどのところで、(ひざまず)いた。


 王の前での礼儀とか、正直、よく分からないが、このくらいの距離で、こうしておけば、多分、大丈夫だろう。


「勇者フレークよ! 魔王を倒し、アキナを救ったとの(しら)せ、すでに聞き及んでおる。大儀であった」


「は」

「すまぬが、ひとつ確認させてくれぬか」


 緊張が高まる。

 これは、何か疑われているのだろうか。


「はい。なんなりと」

「お主、どこの生まれだ」


「ザンパの村です」

「おお、あそこはよいところだ。わしも何度か訪れたことがある。風流じゃった」


 王は笑顔で応えた。

 よかった。大丈夫だったか。一応、その辺の設定は考えてあったのだ。


「光栄です」


 次の瞬間、王が、何か不自然な動きをしたように見えたが、それがなんなのか、具体的には分からなかった。

 緊張のせいで、何かを見間違えただけかもしれない。


 王は、やや険しい目つきになったかと思うと、周囲に目配せをして(うなず)いた。

 周りの兵士達が、武器を構えて近づいてくる。

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