着手
勇者達は、たしかに、旧・玉座の間の中に入ってきた。しかし、俺は、ドラキャットの姿で、ここに横たわっている。
ブランの話では、勇者が玉座の間に入ってくると、俺は、強制ワープをさせられ、変身も解かれ、フルグラの姿で玉座に座らされるはずなのだ。
しかし、そうはならない。
「魔王が居ないぞ!」
勇者達は、ご丁寧に、わざわざ空の玉座の前まで行き、俺の不在を確認した。
あの反応を見る限り、勇者達には、本物の玉座の間かどうかを見分ける能力はないらしい。その能力は、俺にしかないということか。
「玉座の間、移動成功ニャン」
「やったね!」
アキナが、俺の頭をもみくちゃにする。
「ア、アキナのおかげニャン」
「そうよ。感謝しなさい」
別部屋への通路を見つけた勇者達が、こちらに近づいてくる。
俺は、アキナの膝枕から離れ、4本の足で身体を持ち上げると、アキナの前に歩み出た。
部屋の入り口はデスデスが守ってはいるが、一応、俺もアキナを守る位置についていたほうがいいだろう。
勇者が、デスデスの股越しにこちらを見る。
「アキナは渡さないニャン!」
俺は、頭を低くして、毛を逆立て、威嚇のポーズをとりながら言った。
「ドラキャット風情が笑わせる! 姫、この骨とネコを倒して、すぐに助けにいきます!」
「ああ、勇者様! わたしのことは捨て置いてください。わたしは、ここで、魔物の世話をして暮らします。魔王と、そう約束したのです」
今回、アキナはウソは言わなかった。しかし、その言い方では、はいそうですかと納得してもらえるはずもない。
「おのれ魔王め! 力づくで、そのような約束を交わすとは卑劣な!」
勇者達が剣を抜く。
「フルグラ様を悪く言うやつは許さないデス!」
何かが、勇者達4人の前を、横一閃に疾走ったかと思うと、4つの身体は、腰から真っ二つに切れて、回転しながら吹っ飛び、壁にぶつかる前に消滅した。
勇者達が立っていた場所に、あとから突風が吹き荒れる。
俺の目の前には、剣を右に振り抜いた体勢の、デスデスが立っていた。
すごい。デスデスが戦っているところを初めて見た。なんて速さだ。こいつ、ちゃんと強かったんだ。
俺は、威嚇のポーズを解き、尻をぺたんと地面につけて座った。
「デスデス。よくやったニャン。お前、初めて役に立ったんじゃないかニャン?」
こちらに振り向いたデスデスは、身を屈めて、顔をぐっと地面に近づけた。
「ドラキャットに言われたくないデス! それに、お前のためにやったんじゃないデス!」
えらい剣幕で怒られた。
こいつは、俺がフルグラであることに気づいていないようだ。
俺のことを悪く言うやつは許さない、か。一応は、魔王として敬愛されているようでよかった。
「デスデスちゃん、ありがとうー」
「アキナは、わたしが守るデス!」
そう言ってデスデスは、再びこちらに背を向けた。
「えっへっへー」
アキナが、にやにやしながら俺の顔を覗き込む。
「な、なんだニャン」
「あんた、さっき、なんて言った?」
「ニャン?」
「アキナは渡さない、とかなんとか」
言った。極自然に言ってしまっていた。
「最初、勇者が来たときは、連れて帰ってよいぞ、とか言ってたよねえ」
アキナは、俺の眉間を指でつつく。
くそ。この女、完全に遊んでやがる。なんとか一矢報いたい。
「ごめんニャさい。アキナには、ここに居てほしいニャン」
俺は、再び頭を垂れた。
「しょうがないなー。もうしばらく、ここに居てあげる」
「アキナが居るから、俺は安心して外に行けるニャン。魔物達の世話を頼むニャン」
「まかせて!」
アキナは、両手を腰に当てて、胸を張った。
これから、魔王城の魔物はどんどん増える予定だ。いやというほど世話をしてもらおうじゃないか。
旧・玉座の間の中に、ブランが現れた。
「フルグラ様。首尾はいかがでしたか」
俺は、ブランの近くまで駆け寄った。
「成功だニャン!」
ブランは、しげしげと俺を見下ろしている。
「……フルグラ様ですか?」
もう変身は解いてもいいか。
俺は、ありのままの姿へと戻った。
「強制ワープは発動しなかった。玉座の間の移動は成功だ」
「おお、素晴らしい」
玉座の間は、移動できることが確認できた。であれば、これを利用して、ひと仕事やってやろうじゃないか。俺の、一世一代の大博打だ。
そして、俺が、これからやろうとしていることに、ブランの協力は不可欠だろう。
「ブラン」
俺は、ブランに目配せをして、超空間へと移動した。
色彩の薄くなった空間の中、俺の横には、すでにブランが居た。
「私は、人間との共存を目指そうと思っている」
人間と魔物の共存。それは、俺とアキナの間で、勝手に取り交わされた話であり、ブランにとっては初耳のはずだ。
魔王が人間との共存を目指す。その考えを、ブランはどう思うか。驚かれるのは間違いないだろう。それどころか、猛反対されるかもしれない。
ブランに話すと気まずい感じになりそうで、今まで、なんとなく話せずにいた。
しかし、ブランに隠しごとをしたままでいるのは、俺にとっても本意ではない。ブランには、すべてを聞いてもらった上で、協力してほしい。
「ほほう」
あれ?
ブランのリアクションが、思ったよりも薄くて心配になる。
「……もっとこう、なんと! といった反応をされるかと思っていたのだが」
「そういった話をされたのは、これが初めてではございませんので」
「なんと!」
こんなことなら、さっさと相談しておけばよかった。
「歴代の魔王達の中にも、人間との共存を目指したものが居たのか。して、その魔王達はどうなったのだ」
興奮して、つい聞いてしまったが、愚問だと気づく。
「私が知る限り、すべての魔王様方は、勇者に倒されています。こちらから和平を持ち出したところで、勇者達は聞く耳を持ちませぬ」
そうなのだ。先に勇者達をなんとかしなければ、和平も共存もない。
俺は、自分が考えている計画を、ブランに打ち明けてみた。
「なんと! そのようなご計画を!」
うむ。今度は驚いてくれた。
「どう思う。上手くいけば、勇者達を殲滅できる」
「なんと大胆な。しかし、成功する保証はありませんぞ」
「たしかに、保証はない。しかし、やってみる価値はあると思わないか」
「うーむ。しかし、そのあとのことは考えておられますか?」
さすがブランだ。俺も、そこに懸念はある。
「具体的な案はまだないが、勇者さえ殲滅してしまえば、あとは時間をかけて、どうとでもなると考えている」
「心配です。フルグラ様は、少しアレでございますから、非常に心配です」
アレってなんだ。
「お前の協力が必要だ」
「フルグラ様が、やるとお決めになったのであれば、喜んで協力いたします」
ブランは最終的には、俺の言うことを聞いてくれる。それはありがたいのだが、実は、心中穏やかじゃなく、不満を溜めているのではないだろうかと心配になる。
俺は魔王城の外へとワープし、カッカに声をかけた。
「これからもっと忙しくなるぞ。大改築だ!」
俺の改築プランを伝えると、カッカは、その髭面に笑みを浮かべた。
「フハハハハハ! それは面白い。吾輩の大工としての腕が鳴ります」
本業は大工ではないはずなのだが、楽しそうなので、まあいいだろう。
「いけそうか」
「デスワームが、もっと要りますな」
「好きなだけ集めてもらって構わん。早晩、すべての魔物は魔王城に集結する予定だ」