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魔王にだって、運命を切り拓く権利がある  作者: 鏡水 敬尋
第一部
27/43

豹変

「おいおい。せっかくのカモなのに、ゴールド持ってなさそうだなあ」


 目の細い、狡賢(ずるがしこ)そうな男が言った。

 おそらく、こいつがマックという勇者だろう。鈍く光る、銀色の防具を全身に装備しており、腰には、花の装飾が(ほどこ)された、レイピアを差している。


「あなたが、マックさんですね」


 俺は、あえて柔らかな物腰でたずねた。


「へえ。俺のこと、知ってんのか」


 マックの顔に、(かす)かな笑みが浮かんだ。


「はい。武器屋に来る勇者を殺して、ゴールドを稼いでる、クソみたいな勇者だって聞きました」


 一瞬、マックの顔から笑みが消えたが、すぐに、より、はっきりとした笑みが浮かぶ。


「それを知ってて、ここに来たってことは、寄付でもしにきてくれたのか? ちょうどよかった。あと 300 ゴールドもあれば、装備が全部揃うんだよ」


 そう言いながら、マックは、親指で、魔法使いらしき男を指した。その男は、上端に水晶のような宝石が付いた杖を持ち、薄い緑色のローブを着ていた。


「あいつに、魔道士のローブを買ってやれば、この町で買える、最強の装備はコンプリートだ。それで、お前らは、いくらくれるんだ」


 それを揃えれば、この男は、ここから先にも進めるんだろうか。それとも、もはや装備集めが目的になっているんだろうか。


「いやあ、あいにく、1 ゴールドたりとも持ってないんですよ」

「はあ? ふざけんなよ、お前」


 マックが詰め寄ろうとすると、俺の前に、ザクロ達、3人が立ちはだかり、壁を作る。


「あたしの孫に、手は出させんぞえ」


 右手に握った木の棒を、プルプルと震わせながら、ザクロが言った。


「おい! こんなばあさんを(たて)にして、お前、恥ずかしくないのか!」


「それについては、俺も心苦しいと思ってる」


 いや、本当に。

 祖母と母親と姉に守ってもらうというのは、なんだか、とても切ない気持ちになる。


「ち、面倒くせえ。こいつら殺しちまおう。どっかに、ゴールドを隠し持ってるかもしれねえしな」


 マックのパーティが、武器を構えて、こちらに歩いてくる。

 俺も、前に進み、ザクロ達と肩を並べた。


 戦闘開始だ。


 これが、ターン制バトルであれば、素早さが高いものから、順に行動するはずだ。おそらく、素早さは、こちらが上だろう。

 なので、あえて指令を出す。


「こちらからは手を出すな。最初は、攻撃をくらってやろう」


 ザクロ達は、無防備に両手をだらりと下げ、相手の攻撃を待った。


 マックが、俺の喉元を目がけて、レイピアを繰り出した。はっきりと見える、その刃先を目で追いながら、多少の痛みを覚悟する。


 喉に、ちくりと痛みが走った。


「あいた」


 この世界で、初めて攻撃をくらった。

 思っていたより痛い。別に、俺は、無敵なわけでも、物理攻撃が効かないわけでもないのだ。


 目の前では、レイピアが、折れんばかりにしなり、その向こうには、細い目を大きく見開いたマックの顔が見える。

 低レベルの勇者であれば、レイピアが喉を貫き、即死だったんだろうか。


 鎖帷子(くさりかたびら)を着た男――おそらく僧侶だろう――の口が、細かく動き、何か呪文を唱えたようだった。


 にわかに強風が巻き起こったかと思うと、身体からだ中が、少しチクチクした。


 ふと見ると、ザクロが、両手を挙げ、バンザイのポーズで、くるくる回っていた。


「あーれー」


 楽しんでいるのか、なんなのか分からないが、上着がまくれ上がり、今にも、上半身があらわになりそうだ。

 このままでは、見たくないものが見えてしまいそうだ。


 俺は、慌ててザクロのもとまで駆け寄り、服を押さえた。

 次の刹那(せつな)、俺の頭によぎるものがあり、素早くパインのほうへと目をやったが、残念ながら、パインの服はまくれ上がっていなかった。


 風が収まったとき、俺は、ザクロの服を押さえたまま、様々な感情を込めた、ため息を漏らした。


 次に、薄緑色のローブを着た魔法使いが、杖をかかげ、なにごとか唱えると、杖の先から、直径1メートルほどの火球が生成され、こちらに飛んできた。


 火球は、完全に俺を狙ったものだったらしく、一直線に俺の顔を目指して飛んでくる。


「あつ」


 もろに顔面に火球を受けた。

 大したダメージではないんだろうが、熱いものは熱い。


 最後に、フルプレートアーマーに身を包んだ戦士が、両手に持った戦斧を、俺の頭目がけて振り下ろす。


 くそ。基本的に俺狙いか。


 迫りくる斧の刃から目を逸らさず、(ひたい)で受け止めた。


「いった」


 (ひたい)に衝撃が走る。

 デコピンの強化版といった感じだろうか。


 戦士は、一瞬、あっけにとられたように固まったが、すぐに、飛びのいた。


 おそるおそる、右手の指で(ひたい)をなでてから、指先を見てみた。

 どうやら、血は出てないようだ。


「俺に、指一本触れさせないとか言ってなかったっけ?」


 つい、ザクロに言ってしまった。


「お前が、攻撃するなとか言うからじゃろが」


「言ったけどさ、俺をかばって攻撃を受けてくれるとか、そういうの期待してたのに」

「そんなスキル持っとりゃせんわい」


「いや、スキルっていうか、代わりに攻撃くらってくれるだけでいいんだけど」


 スキルがなきゃ、かばうことすらできないってのか。おかしな話だ。


「まあ、いいや。じゃあこっちの番」


「よくも、孫の頭に、斧を叩き込んでくれたのう」


 そう言って、ザクロは、戦士の(ふところ)に素早く踏み込み、右手に持った木の棒で、戦士の左脇腹を横殴りにした。


 ノッペランは言っていた。変身しても、戦闘の能力は変わらない、と。

 つまり、ザクロのこの攻撃は、身長20メートル級の、ブラックデーモンの手刀に等しいということだろう。そもそも、木の棒を使う必要があるのかが、よく分からないが。


 戦士の身体(からだ)が奇妙にひしゃげ、(よろい)の隙間から血を撒き散らしながら、広場のほうまで吹っ飛んだ。

 壊れた戦士は、地面の上を数メートル、ごろごろと転がったあと、ベンチにぶち当たると、その勢いで跳ね上がり、噴水の(ふち)を乗り越えて水の中へと飛び込んだ。


 噴水は、その場で水を循環しているらしく、吹き上がる水が、(あか)く染まってゆく。


 あーあー、なんてこった。のどかの象徴だった噴水が。


「みんな、横殴り禁止! 振り下ろしにして。もしくは魔法。町に被害が出ないようにして」


 肩をすくめてみせたベリーが、素早く踏み込み、相手僧侶の脳天に、棒を振り下ろす。

 僧侶の頭が凹の字型にへこんだ、だけでは済まず、棒は、鎖帷子(くさりかたびら)を引き裂きながら、僧侶の股間近くまでめり込んだ。これを、めり込んだ、と表現していいのかは分からないが。


「うふ。どうかしら? ちょっと、手加減してみたの」


 無邪気な笑顔をこちらに向けるベリー。


 マックは、言葉もなく、人の形をしていない僧侶を見ている。


「ヘルファイア!」


 突然、パインが叫んだかと思うと、視界が炎で埋め尽くされた。何が起きているのか分からないが、とんでもない広範囲が炎に包まれている気がする。


「町に被害を出すなって言ったじゃん!」

「攻撃対象にしか当たらないから、大丈夫大丈夫」


 数秒後、炎が消えると、相手の魔法使いだけが居なくなっていた。どうやら、今の炎で燃やされ、消し炭すら残らなかったらしい。


「ね」


 パインが振り向き、ウィンクをしてくる。

 俺は、本当に周囲の建物が燃えたりしてないか、どきどきしながら確認した。どうやら、大丈夫らしい。

 どんなに演出が派手でも、あくまで、攻撃対象にしか被害は出ないということらしい。


 一応、アキナに言われた手前、勇者パーティ以外の人間には、気を使うのだ。


「さて」


 俺は、マックのほうへと向き直った。

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