結
「ここは……」
「……やあ、戻ってきたようだね」
私は、最初のなんだかフワフワとした空間にいた。しかし先程とは違い、雪は止んで空も晴れ、暖かな日差しがさしてきている。疲れているのだろうか、男はその場に座っていた。私の体も……戻っている。少女の体ではない。
私は目の前の男に話しかけた。
「今ならわかる……あなたは、私の心の中の……」
そこまで言ったところで、男は人差し指を自分の口元に当てた。
「……それ以上はダメだ。言ってはいけない」
「そういうもの、だから?」
「……ははは、言うようになったね」
やっぱりだ。その笑い方も、その優しげな声も、本当にそっくりだ。ただ、額を滴る汗といい、無理に作ったような笑顔といい、相当疲労しているようにも見えた。
「……その通りだ。君とこうして喋っていられるのも、あと数分といったところだろう。もしかしたら、数秒もないかもしれない」
「驚いた、心が読めるのね。……心配はしなくても大丈夫。もう、全部わかったから」
私がそう言うと、彼は満足気に笑ってから、ゆっくりと立ち上がる。そして、私の両肩に手を置いた。足下を見れば、彼の体は消え始めていた。彼は私の瞳の奥をしっかりと見つめてきた。私も負けじと見つめ返す。
「いいかい。……本当に大切なものは、君の心の中にあるんだ」
私は頷いた。
「それを、忘れないで。僕等はいつも――――にいる――ら」
私は頷いた。
「そうすれば、きっと――た会え――――ら――」
私は頷いた。
それから、彼は困ったかのようにはにかんで、思い出したように口を開いた。
「そ――と、たんじ――び、――――でとう」
そう言い残して、彼は跡形もなく消え去った。
◇ ◇ ◇
ジリリリリリ、鳴り響く目覚まし時計。私は目を覚ます。目覚まし時計を止めて、ぐわんぐわんする頭を叩きながらベッドから抜けだし、ひどいクマのついた顔を洗う。……はて、何か大切な何かを忘れている気がするのだが、なんだったか。
……ああ、今日は重要なプレゼンを控えているのだった。……いやしかし、何か他にもあった気もする。
ふと気になり、カレンダーを覗いてみる。びっしりと仕事の予定が詰め込まれたそれの隅っこに、乱雑な文字で書き込まれていたのは『妹次男・三男、誕生日』の文字であった。……そういえば、二週間前くらいに妹から連絡が入ったのを思い出した。まだ今年で三十歳だというのに第三子を産んだらしい。「これでまた二月生まれが増えたね」とか抜かしてやがったかな。……全く、幸せそうで何よりだ。こっちには浮いた話の一つもないっていうのに。本当に、朝からどれだけみじめな気分にさせてくれるんだ、あの妹は。
ああ、しまった。そんなことを考えている暇はないというのに。今日は本当に重要なプレゼンを控えているんだから。それが終わった後も、書類を処理して、営業回り、企画の進行。無駄なことをしている暇はない。
「……仕事、いかなきゃ」