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転2

 パーティーの始まりから、一時間くらい過ぎた頃。


「も、もう食えねえ……」


 そう言って、スナック菓子の袋を手にしたまま、幼馴染みの彼は倒れた。私たち三人も笑いながら彼と同じように地面に転がってみる。すると、視界を埋め尽くしたのはハッとするような一面の星空だった。すぐに私たちはみな、星空に意識を取られる。これほどまでに綺麗で不思議なものが、夜空を埋め尽くすように広がっているのだ。そうなって、当然であった。


 そうやって、どれくらいの時間が経過したのであろうか。もしかすると数十秒であったかもしれないし、数時間であったかもしれない。そんな時間が続いた後、私の右隣から、優しげな声が発せられた。


「……ねえ、皆は将来、何になりたいの?」


 転校生の彼だった。意外なことにも、彼の質問に真っ先に答えたのは妹だった。


「……私はね、幸せになりたい。いい人と結婚して、いい子供が出来て。こんなふうに笑って過ごすの。そうやって、楽しく、幸せに生きていきたい。……お姉ちゃんは?」


 妹ならできる、と思った。しかし、どうしてかはわからないが、頭の奥がズキッと痛んだ。それを振り払うように頭を振り、質問に答える。


「……わからない、けど」

「けど?」

「皆との思い出を大事にして、生きていきたい」

「そっか……お姉ちゃんらしいや」


 妹は一人で納得したみたいだ。将来なんて考えたこともなかったから、今思ったことをそのまま言ってみた。でも、今の私の本当の気持ちだ。 


「……――くんは?」

「……将来なんて、考えたこともないけど、今思った。俺は星についての学者になる。この星空を研究するんだ」

「……そっか……」


 幼馴染みの彼の言葉はとても彼らしくて、なるほど、と思った。そういう風に考えられる彼が少しだけ羨ましい。……それと、気のせいだろうか。今の転校生の彼の声は、少し弱々しかった気がする。


「お前は、何になりたいんだ?」 


 投げ掛けるような、幼馴染みの彼の声。そして、躊躇ったのだろう。それから数瞬たった後、転校生の彼はぽつりぽつりと話し始めた。


「僕は、お医者さんになりたいんだ」

「そっか、お医者さんか。……どうして?」

「……僕のお父さんは、転勤の多い仕事でさ。まだ僕が小さかった頃、元々体の弱かったお母さんは相次ぐ転勤に耐えられなくなって……体を壊したんだ」


 彼は、相当辛いことを思い出しているようだった。……彼が拳をギリギリと握りしめる音が聞こえていた。 

「じゃあ、それで……?」


 聞いたのは、妹だった。


「うん。死んじゃった。そのときの僕といえば、ただただ泣き喚いていただけなんだ。……きっと他にも、出来たはことはあったはずなのに」

「そう……」


 重い沈黙の中、転校生の彼は慌てて言った。


「ご、ごめんね。重い空気にさせちゃって……」

「……いや、俺もごめん。理由なんか聞いちゃって」

「私も、ごめん」

「いや、いいんだ、それは。……それともう一つ、今日は皆に言わなくちゃいけないことがあるんだ」


 心を決めたかのように、彼は言った。


「僕ね。引っ越すんだ」 


 ガバッと、勢いよく起き上がったのは幼馴染みの彼だった。


「いつだ!? いつ!?」


 遅れて、私たちも起き上がる。私たちの注目を一身に浴びた転校生の彼は、寝転がって目を閉じたまま、言う。


「明日」


 その言葉に、私たちは文字通り言葉を失った。


「……元々は一昨日のはずだったんだ。それを、お父さんに無理言って今日まで延ばして貰った」

「……が、学校の皆には?」

「明日、先生から伝えられるはずだよ」

「そんな、そんなのって……」


 幼馴染みの彼は膝から崩れ落ちる。


「……ない、だろ……」


 転校生の彼は、口を真一文字に結んだまま、動かさない。それを境に、皆が黙りこくった。転校生の彼の目元から、何かが星空の光を反射しながら滴り落ちた。


 ……こんなのは、いやだ。皆そう思っているはずなのに。誰も何も言わない。私は意を決して、口を開いた。なのに、思っていたはずの言葉が出てこない。

 どうして。お願いだから。動いて。……こんなのはいやだ。こんな終わり方は絶対にいやだ。いやなんだ!


「……ねえ、皆」


 立ち上がった私の言葉に、皆が一斉に此方を向いた。


「約束、しよう」

「……何を……?」


 見れば、幼馴染みの彼も、妹も、涙を流していた。……私も、泣いていた。


「私たちは、絶対に忘れないこと。お互いを。思い出を。この景色を。……この気持ちを」


 視界を滲ませる涙を拭って、一拍おいてから、言う。


「一緒にはいなくても、ずっとずっと、一緒にいること。私たちはずーっと、友達だから」


 誰かが、鼻をしゃくりあげる音が聞こえた。


「そして、励ましあうこと。どんなに辛いことがあっても、私たちは支え合ってるから」


 言い終わる頃には、妹と幼馴染みの彼がよろよろと立ち上がっていた。三人で掌を重ねる。


「ああ……俺は、忘れない……」

「私、も……」


 それから、転校生の彼も立ち上がろうとして、差し出された幼馴染みの彼の手を取る。


「……こわ、かったんだ……みんなに、忘れられちゃうんじゃないかって。……皆を、忘れちゃうんじゃないかって」


 幼馴染みの彼がグイと引っ張り上げ、転校生の彼も私たちに並ぶ。彼はせせり泣きながらも、私たちの一番上に掌を置いた。


「みんな……ありが、とう……。ありが、とう。ありがとう。僕も、ずっとずーっと、忘れない!」


 皆で目を合わせて、皆で頷きあった。……ああ、皆の熱がじんじんと伝わってくる。なんて、なんて温かいのだろうか。


「俺達はこの先なにがあっても、ずっと、ずっと、ずーっと、友達だ!」


 ……ああ、そうだ。私たちは友達なんだ。本当に大切なもの。忘れていたもの。私の中に、あるもの。絶対に、忘れちゃいけないもの。

 それを悟った瞬間、あたりは眩しい光に包まれた。

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