転1
今日は約束の誕生日。
あの日から今日までの日常は、まるでダイジェストのように過ぎ去っていった。そう、まるで夢の中のように。
私たち姉妹は今、自分たちの部屋のテレビでバラエティ番組を流していた。勿論、緊張で内容が頭の中に入ってくることはない。
「お姉ちゃん、そろそろだね」
やや上ずった声で妹から囁かれた言葉に、私は静かに頷く。
そろそろ約束の八時だ。私は今まで、こんな時間に外を出歩いたことなんてない。少しだけワクワクしてしまうのも仕方なかったし、妹もそのようだった。
「……――は大丈夫かな……」
「うーん、最近あの子元気なかったし、今日でなんとかなればいいんだけど……」
ここ一週間くらいのことだ。転校生の彼の元気がないようなのだ。たまに一人で考え事をしているみたいなときがあったり、私たちと遊んでいるときも空元気という感じだったりで、心配している。
「まあでも、とりあえずは行かないと」
「そうだね、始まらないもんね。……行こっか」
私の言葉に妹が頷いたのを確認してから、足音を立てないように部屋から出て、リビングとキッチンを扉の隙間からそっと覗く。お酒を飲んだ上にはしゃぎつかれたのだろう、お父さんはテーブルの上に頭を乗せたまま、豪快にいびきをかいてぐっすりとしている。お母さんは食事の後片付けなどでキッチンから離れられないようだ。いつもなら私たちも手伝うところなのだが、今日は誕生日だからと、向こうから私たちの手伝いを断ってきたのだ。
今しかない。私たちは目線を通わせて頷きあう。
そっと玄関まで行き、事前に倉庫から取り出しておいた古いジャンバーと靴を身に着ける。少しキツいが仕方ない。音を立てないようにドアを開け、家の外に出て……閉めた。
しばらく待ってみたものの、お母さんの足音は聞こえてこない。声を上げて喜びあいたいのを我慢しながら、私と妹は静かに家を離れた。
◇ ◇ ◇
「お、きたな?」
私たちが芦ヶ丘公園に着くと、既に男の子二人組は到着した後だった。
夜の町というのは、昼の姿からは想像も出来ないほどに不気味で恐ろしいもので、妹に手をつないでもらったり励ましたりしてもらいながらと支えて貰うことでようやくここまでたどり着けたのだ。……妹がいなかったらと考えると背筋がブルッと震える程だ。
「……二人とも、早いね」
「へへへ、二人が遅いんだって。なあ、――」
「ははは……でも二人とも、よくここまでこられたね。僕、――くんと一緒じゃなかったら何度挫けてたかわからないよ」
聞いてみれば、二人は一緒に来たらしい。転校生の彼も今日は大丈夫そうだ。もしかすると空元気なのかもしれないけれど。
「俺達、これでまた大人の階段を一段登っちゃったな。さて、さっさと頂上までいっちまおうぜ」
「いいけど、――、その荷物は何?」
「これか? これはお菓子とか、色々さ。お父さんがいつも言ってるぜ、満点の星空はいいツマミになるんだってさ。さ、行こう」
大袋を背負った幼馴染みの彼が先頭に、次に転校生の彼、そのまた次に私、最後尾は妹という順番で登ることになった。とはいっても、所詮住宅地の丘だ。十数段程度の階段をささっと登りきる。
頂上にたどり着くとまず、一本の木が目に入った。これはこの公園の特徴というか何というか。この丘の上には一本の木があるのだ。続いて、その奥に広がる芦ヶ町の夜景。駅の方に固まって建っているビルは勿論、その他の一軒家からも光が漏れていた。そして。
「すげ……」
大空に広がる、大銀河。数え切れない程の星々が、煌々と瞬いていた。
眼下の住宅地の光。芦ヶ丘の木。大空の輝く星々。この三つが交わり合わさって、なんだかとても、とても綺麗な景色を作り出していた。
あんぐりと口を開けたまま目の前の光景に魅入る私たち。その沈黙を最初に破ったのは、転校生の彼だった。
「すごいでしょ、ここ。……お父さんに教えて貰ったんだ。さ、せっかく僕たちの他には誰もいないんだし、座ってパーティーにしようよ」
「……あ、ああ。そうだな。あの木の根元に座ろう」
転校生の彼の言葉に、幼馴染みの彼は現実に戻るためだろうか、一度首を振ってから答えた。
転校生の彼を先頭に、皆で木の根元までいって座ると、幼馴染みの彼が大袋をひっくり返した。そして現れたのは……大量のスナック菓子とジュースだった。
「ねえ……――、私とお姉ちゃんは誕生日のごちそうたくさん食べてお腹いっぱいなんだけど……」
「あっ……で、でも――は食うよな?」
「う、うーん……ちょっとは食べられるけど、さすがにこんなには……」
「くっ……」
幼馴染みの彼は呻いて、眉間にしわを寄せる。そんな様子が面白くて、私はつい吹き出してしまった。続いて、皆も笑う。ああ、楽しい、幸せだ。……ずーっと、続けば良いのに。
そうやって皆で笑い合った後、幼馴染みの彼が立ち上がった。
「へへ、忘れるところだったけど、まずは挨拶だよな。二人とも、誕生日おめでとう!」
「ははは、――くん、一番大事なところだよ。二人とも、おめでとう!」
「ありがと、二人とも!」
「ありがとね」
二人からの祝いの言葉に、妹と一緒にお礼を言う。なぜだか心の奥に、じーんと来た。なぜだろう、ずっと、ずーっと忘れていた物のような気がする。きっとこれは、大切な何か。それをそっと胸に仕舞い込んだのと、幼馴染みの彼がスナック菓子の袋を手に取ったのは殆ど同時だった。
「さあて、食べようか!」
そう言ってスナック菓子の袋を勢いよく開ける彼。笑ってそれを見る私たち。そして、それら全てを包み込む美しい夜景。パーティーはまだ、始まったばかりだ。




