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 走っている。一面の雪景色の中。まるで塩のビンの中に混ざり込んだ黒胡麻のように。私たち四人は、走っている。


「俺がいっちばん!」

「まだ、負けてないよー!」

「ま、待ってよ、二人とも!」


 ゴールの目印とされた二つの石ころの間を駆け抜けた私たちは、ゼエゼエと白い息を吐きながらその場にへたり込んだ。……ただ、一人を除いてだが。  


「へへへ、お前らおそすぎるぜ」


 息を全く荒げないまま鼻の下をこすりながら自信たっぷりに言うのは、短く切り揃えた髪型と頬のそばかすが特徴的な男の子だ。年齢は小学校低学年といったあたりだろうか。爽やかで格好良く、同じクラスの女の子達の話題には頻繁に上ることだろう。そうだ……幼馴染みだ。久しぶり、という感じがする。


「うー、次は負けない!」


 手袋を嵌めた手で悔しそうに地面を叩いてみせるのは、ポニーテールの可愛らしい女の子だ。年齢はさっきの男の子と同じくらいで、容姿もよく整っている。呼吸も彼ほど荒げていないわけではないが、それほどキツそうにも見えない。彼女は……妹だ。ああ、本当に久しぶりだ。


「ハァ、ハァ……ふ、二人とも、速すぎるよぉ!」


 そして、これでもかというほど息を荒げ、地べたに無様に四肢を投げ出している男の子。彼も年齢は小学校低学年くらいだろう。前髪が長く、容姿はパッとしない。正直、ダサい。前の二人と一緒にいることに、違和感を覚えるくらいだ。……彼は……誰だろう。この三人の中で一番覚えがないのだが、しかし、久しぶりという感慨は少なく、先程まで一緒にいたような気もする。


「そうかぁ? お前はもっときたえろよ! そんなんじゃ大人になれないぞ! お父さんがいつも言ってるんだ!」

「えー、そ、そうなのぉ?」

「うん! お父さんはすごいんだから、そうに決まってる!」

「ぼ、僕、そんなこと聞いたことないけど……」


 幼馴染みの男の子が、地味な彼に手を差し伸べて立ち上がらせながら、何か変なことを言っていた。


 彼が言うには、鍛えなければ大人にはなることは出来ないらしい。確かに、お父さんやお母さんにはかけっこで勝ったことは私も妹も一度も無い。だが数年前、福岡のお爺さんとかけっこをしたとき、私は負けたが妹は勝っていたはずだ。今なら私も勝てる気がする。どうしてだろうか。……いや、そんなことは当たり前ではないか。お爺さんは確か今年で六十六歳だったはずだ。もう年も年だ。……六十六歳だとどうして当たり前になるの? どうしてって、あれ? ……どうしてだろう。


 ――この瞬間、私は私ではなく、少女としての私に変わっていた。


「どうしたのお姉ちゃん、さっきからぼーっとしてるけど」


 突然に声をかけられて、私は少しびっくりする。すると、幼馴染みの彼も此方を向いた。


「そうだぜ、――、なんか今日おかしくないか?」


 私は、何かおかしかったかな? 意見を求めるようにパッとしない彼の方を向くと、彼も同意だ、というように2、3回頷いた。


「うん、僕もそう思うよ。――ちゃん、熱とかは?」

「俺が確かめてやるよ」


 そう言って、彼は真冬だというのに手袋を付けていない右手を、躊躇無く私のおでこに当ててきた。それを理解すると同時に、何故だか私の顔が急激に熱くなる。 


「うわっ、あったけ! これ熱あるよ絶対!」


 幼馴染みの彼は私のおでこから手をバッと離しながらそう言った。……ひんやりして気持ちがよかったので、少しだけ残念。


「――くん、それじゃダメだよ。おでこと手じゃ、おでこの方が温かいから、おでこにはおでこを当てないと」

「え、そうなの?」

「うん。――ちゃん、ちょっとごめんね」


 今度は地味な方の彼が私におでこを当ててきた。でも、顔が熱くなることはなかった。どうしてだろう。さっきより近かったからかな。

 私がそんなことを考えている内に、彼はおでこを離した。……あれ、今度は彼の顔が赤くなっている。もしかして、うつってしまったのだろうか。私が心配な気持ちになったとき、彼はしどろもどろに話し始めた。


「え、えっとね、熱はないみたい。だから、多分。えっと、――ちゃん、頭は痛い?」


 私はゆっくりと首を横に振る。


「じゃあ、多分、風邪じゃないと思うよ」


 自信なさげにそう言った彼に対して、幼馴染みの彼と妹は「おおー」と歓声をあげた。


「へー、――、すげーじゃん。お医者さんみたいだったぜ! まあ、ちょっと頼りないけどな!」

「えへへ、そうかな……」


 幼馴染みの彼の褒め言葉に、地味な彼は照れ臭そうに頭の後ろをぽりぽりと掻いている。そんな中、妹は人差し指を立ててその場でクルリと一回転し、まるで名探偵のように言って見せた。


「ということはお姉ちゃん、誕生日がもうすぐだからって、そのことばっかり考えてたんでしょ!」

「そうか! そろそろだな、二人の誕生日!」


 そう、私と妹、ふたりの誕生日はもう再来週くらいに迫っている。双子だから、誕生日は一緒なのだ。……とはいえ、誕生日のことを考えていたわけでもないし、ぼーっとしていたつもりはないんだけど。

 少し蚊帳の外気味な地味な彼を置き去りにして、妹と幼馴染みの彼の間で話が進んでいく。   


「あれは一昨年だったっけか? 誕生日に――が風邪をひいたのは」

「あー、あったねー。お姉ちゃんったら大事なときにはいつも風邪をひくんだから」


 そういう妹は風邪知らずだ。運動も勉強も出来て、健康抜群で、おまけによくモテる妹は何もかもがダメな私にとっての数少ない自慢なのだ。 

 ちょっとだけ羨ましいけれど、お姉ちゃんにはお姉ちゃんのいいところがあるし、私には私のいいところがあるって妹がいつも言っているから、あまり気にはしていない。


「じゃあ、今年はどうするよ?」


 私が考え事をしているうちに、二人の話題は今年の誕生日会に変わっていた。うちの家族と幼馴染みの彼の家族は仲が良くて、『かぞくぐるみのおつきあい』をしているのだ。


「いつもどおり、うちに来る?」

「んー、おばちゃんのケーキ、あんまり美味しくないんだよな」

「じゃあ、――の家は?」

「ダメダメ。その日もお父さんが仕事みたいだからさ」

「うーん、どうしようか」


 どうやら、どこでやるかを迷っているようだ。いつもなら、私がここで意見を言って、たいていはそこに決まるのだけど。果たして、今日は違ったようだ。


「――もさ、なにか案ない?」


 先程からどうしてか黙りこくっている地味な彼に向かって、幼馴染みの彼がそう聞いたのだ。


「え、でも、僕……まだ、仲間に入れて貰ってから少ししか経ってないし……」


 そう、地味な彼は転校生で、去年にこの街に越してきたばかりであった。一人でおろおろしているところを、幼馴染みの彼が仲間に誘ったのだ。


「そんなの関係ないよ、俺達、友達じゃんか!」


 幼馴染みの彼の強気な言葉に、私たち姉妹も深く頷く。すると、転校生の彼は感極まったように瞳をうるわせ、手で目のあたりをゴシゴシと擦った。


「う、うう……ありがと……今まで僕、お父さんの仕事の都合で転校を繰り返してたから、こんなこと言われるの初めてで……」

「へへ、泣いてんのか? 何度でも言ってやるぞ、こんなこと」

「ううん、ありがと……ありがとう……」


 転校生の彼が嬉しそうに泣く中で、私と妹は、顔を見合わせてにっこりと笑った。転校生の彼が一旦落ち着いたところで、それを待っていた幼馴染みの彼が声をかける。


「そんでさ、なにか案ある?」

「……あの、病院の裏の丘の公園なんてどうかな。あそこ、夜は星が綺麗なんだよね。少し寒いかもしれないけど」


 彼が言っているのは、芦ヶ丘公園のことだろう。少し小高くなっている丘がそのまま公園になっているのだ。ただ……。


「夜だと暗いし、外は寒いし、多分お母さんが許してくれないと思う……」

「や、やっぱりそうだよね……」


 私がそう言うと、転校生の彼は肩を落とした。しかしその一方で、幼馴染みの彼はうん、とひとり頷いた。


「抜け出すか」

「ええっ!?」


 幼馴染みの彼のつぶやきに、転校生の彼は驚きの声をあげる。


「そ、そこまでしなくても……」

「それ、いいね」

「ええっ、――ちゃんまで!?」

「だって、私たちもう小学生になって数年経つんだよ? もうすごく子供ってわけじゃない。やってみようよ。それにきっと、楽しいよ、すごく」

「だな」 


 力強く胸を叩く妹に、いたずらっぽく笑う幼馴染みの彼。すると、転校生の彼が助けを求めるように私に視線を向けてきた。私もしっかりと答えてあげる。


「私は、二人がやるならやる」

「……や、やっぱり……」 


 二人がやることなら、私もついて行く。悪い子になるなら、私も一緒だ。

 私たち三人が視線で意思を確認しあう中、一人頭を抱える転校生の彼に向かって、幼馴染みの彼はニヤリと口角を上げて言った。


「――が行かないなら、三人で行っちゃうけど?」

「えっと……でも……」

「ふーん、じゃあ、三人か」

「……わ、わかったよ! 行くよ、行く! と、友達だからね!」


 諦めたようにそう言う転校生の彼を見て、幼馴染みの彼はガッツポーズを取った。


「よおし、それじゃ、誕生日は芦ヶ丘公園の入り口でな!」

「「「うん!」」」

「じゃあ今日も日が暮れるまで遊ぼうぜ!」


 その日も日が落ちるまで、あっという間だった。

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