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式神陰陽録  作者: 黒猫 印
1/1

~邂逅~

こちらは、以前知人からお話を頂いたドラマCD用に執筆したものを一部、加筆修正しております。

※掲載許可は頂いております。


また続きを書いていきたいと思い、投稿致しました。



 古来より、妖怪、物の怪、神霊などと人々から呼ばれていたモノ「異形鬼あやかし

 時には畏怖され、また崇め奉られてきたモノ。

 そして代々、人世の裏で生きてきた陰陽師と呼ばれる存在。彼らは「あやかし」を使役し、時には調伏させることで人世と常世の均衡を保っていた。

 だが現代、「あやかし」の異変により人世の裏で生きていた陰陽師も表へと姿を現すようになった……。


 暦は秋。月の日は神無月。出雲の国に神々が集うことから、出雲では神在月ともいう月。神々が本来いるべき場所から姿を消す。だから、その分魑魅魍魎どもの動きも顕著になる月でもあった。

 だからだろう――。公的機関の陰陽院では異形に関する問題が舞い込みその対処に追われる日々。陰陽院に所属する陰陽師にとって多忙な時期でもあった。


      ◆◆◆


神帝有勅しんていゆうちょく 神硯四方しんけんしほう 金木水火土きんもくすいかど 雷風光電神勅らいふうらいでんしんちょく 軽磨霹靂電光転けいまへきれきでんこうてん 急々如律令きゅうきゅうじょりつりょう――光華招雷こうかしょうらい!」

 鋭い声とともに、ヒノエは剣印を振り下ろす。刹那稲光が周囲を白く染め上げ、同時に、今まで感じていた異常な空気は瞬く間に霧散していった。

「錯乱した異形を調伏するのも滅入るな。まさかここまで山が可笑しくなっているなんて」

 一人ぼやきながらも、ヒノエは懐にある札を密かに握りしめる。

「多種の異形をも喰らう〝異種喰い〟と称される異形なら尚更だ。この任務、絶対に成功させてみせる」

 多種多様な異形を喰らっては力を増すという特異な異形。そんなモノが雑鬼の巣窟である街に降りたら、どれだけの被害になるだろう。

「〝人と異形の均衡は保たなければならない。異形と異形の均衡もまた然り――〟。そうですよね、トキ様」

 陰陽院の中でも随一と言われる己の師の言葉を思い出しながら、ヒノエは朱色の鳥居が立ち並ぶ山道を見据える。軽快な足取りで石階段を駆け上がっていると、道中様々な生き物からの敵意を肌に感じることが出来た。気性の荒くなった雑鬼や脅える獣。そんな生き物達を刺激しないよう、ヒノエは周囲に問いかけるように独白する。

「……無駄な争いはしたくない。お前達もその筈だろう?」

 五感の全てを刃物のように鋭くさせながら、異形らに気圧されぬよう睨みつける。

「……っ!」

 その時風もないのに、ガサリと傍らの茂みが揺れた。そしてヒノエを嘲笑うかのように、左右に揺れては濃密な気配が近付く。

――〝異種喰い〟か!

 咄嗟に札を構えると、呼気を整えた。だがしかし、

「やっと見つけましたわ……! 稲荷の千本鳥居!」

 声高く茂みの中から現れたのは一人の少女だった。

「え……?」

「なんですの? 貴女」

 開口一番。その少女はそう尋ねながら訝しげな眼差しを此方に向けてきた。

「キミ……陰陽師?」

「私の名はミズハ。陰陽院からの指令で来ましたの」

「ボクは、ヒノエ。ミズハも……この御山に?」

 ヒノエは少女の身形が神社の祭司や巫女の装束でないことに気づく。そしてその装束をよく見るとそれはヒノエと同じ藍色をした職階を表した物だった。

「見たところ貴女も陰陽師――それも〝新米〟陰陽師のようですけれど、この御山に何の用かしら。私は〝優秀〟ですから、指令でわざわざ来たんですの」

「キミだってボクと同じ装束じゃないか。同じ〝新米〟なんだろ?」

 故意に新米と強調されたことに、ヒノエはムッとしながら同様に言い返す。

「ボクも指令を受けて来たんだ。上司から直々にね」

「な、何ですって? チドリ様からはそんな話聞いてませんわ。せ、せっかく私だけの指令だと思って張り切りましたのに……。チドリ様は意地が悪いですわ」

 何故か悔しげな表情浮かべる少女の齢は凡そ十六、七歳ほどだろう。ツンと尖った印象を与える気の強そうな瞳。白磁の肌に腰にまで流れた黒髪は美しかった。

「そっちの事情は知らないけど……ようは目的は同じなんだろう? 御山の様子も、異形のこともまだ分かっていないことが多い。一緒のほうがお互い助かるんじゃない」

 不安定な御山の様子は、ミズハ自身も目にしている筈だ。それならばむやみやたらに単独行動するよりも、協力したほうがずっと良い。

「どうしてですの?」

「え……?」

 不意の切り返しに、ヒノエは呆気にとられた。

「どうしてこの私が貴女なんかと行動を共にしなければならないの? たかが山頂にある祠程度、私一人で充分ですわ。貴女のような役に立つかも分からないような方と一緒にいたくはありませんわ」

 直後、ミズハは法具であるのか一本の毛筆を抜き放つと詠唱を始めた。

此水不是非凡水しすいふぜひぼんすい 水不洗水すいふせんすい 北方壬癸水ほっぽうじんきすい 百鬼消除ひゃっきしょうじょ 邪鬼呑之如粉砕じゃきどんしじょふんさい 急々三奇君勅令きゅうきゅうさんきくんちょくりょう――翠華招水すいかしょうすい

 流暢に紡がれる言葉。だがその言葉に含まれたものは刺々しく、敵対心が嫌でも感じ取れる。侮辱、暴言、拒否。大凡ぶつけられるだけのあらゆる負の感情がそこには混じっていた。

「調伏して差し上げますわ!」

 ミズハが一気に筆を振り下ろす。するとヒノエの背後からけたたましい悲鳴が上がった。ヒノエが背後を見やると、底には黒い水に倒れ伏す異形の姿があった。

「どうかしら。私の能力は。あんな異形の存在にも対応できない貴女に何ができて?」

 フンと鼻を鳴らし自身に満ちた表情で笑うミズハ。

「貴女の上司がどなたかは存じ上げませんが……。貴女のような〝新米〟に命じるなんて何を考えていらっしゃるの――」

「黙れ」

 ミズハの言葉が最後まで紡がれるより早く、ヒノエは鋭い言葉を叩きつけた。

「ボクのことはどう思おうが言おうが構わないけど。ボクの上司のことまで侮辱するなら、キミのことを赦さない」

 剣幕に気圧されたのか。僅かに唇を噛み締め、ミズハは黙る。だがそれでも、すぐに口を開いた。

「とにかく、貴女は必要ありませんわ。この指令、私一人で充分です。〝新米〟の貴女は早く陰陽院に御帰りになったほうが宜しいんじゃないかしら?」

「……。随分と……言ってくれるな……」

 自分で言うのも烏滸がましいものだが、ヒノエは比較的気の長いほうの人間だ。だがそれでも、こうもハッキリと〝無用〟だの〝役立たず〟だのと初対面の人間に断言されるのは我慢ならなかった。僅かに引き攣りながらも微笑をその口元に浮かべると、ヒノエは拳を握りしめる。

「異形が暴れるこの山の中でも〝優秀〟なキミなら、さぞかし余裕なんだろうね?」

「当然ですわ……! 貴女とはデキが違うんですの」

「どうだろうね。口だけなら誰でも、幾らでも言えるから」

「な、なんですって……」

 互いにこんなことで時間を潰している余裕はない。だがそれでもさらに口論を始めようと互いに身構えた瞬間だった。

「え……?」

「なに……? 異形が……いない」

 突如掻き消えた多くの気配に、二人は同時に声を上げて周囲を見回した。

 先ほどまで身を切るような冷風が吹いていた。だが、気付いた時には風はなくなり慌ただしかった獣や異形の姿も、影も形もなくなっていた。その時、ザワリと山の気配が揺らいだ。異様な気配に、身体中の毛が逆立ったように感じた。突如、獣の咆哮が轟く。

「ひ……ッ」

「静かに……!」

 傍らで、ミズハが悲鳴を上げるより早く、ミズハの口を手で抑えた。ムグムグとくぐもった声を発するミズハを引きずり、茂みへと身を潜める。

「―――――ッ!!」

 その得体の知れない何かは、ビョウビョウと耳障りな声と気配を発していた。ヒノエはソレが〝異種喰い〟なのだと直感した。

「……強そうだ」

「なに他人事みたいに言ってますのッ。まさかあそこまでの異形だなんて、聞いてませんわ」

「ボクはある程度想定はしていたけどね。けどそれ以上だ」

 異形が去って行った山頂の方角を、恐怖の滲んだ瞳でミズハは見ていた。先ほどまで強気に振る舞っていた姿とはうって違い、その表情は年相応の少女のものに見える。

 そんなミズハの様子を横目に見ながら、ヒノエは先ほど見た異形の姿を脳裏で思い浮かべた。

――今のボクじゃあ敵いそうにない、な。……でも。

「諦めるものか。ボクは、トキ様を超えるんだから」

 冷静沈着で優秀な師。それを超えることがヒノエの目標だった。今のヒノエと同年の頃には、すでに式と契約していた。〝異種喰い〟すらも調伏していたという師に対する嫉妬なのかも知れない。

「な、なに? 貴女は行くつもりなの?」

「行くよ。それにボク――やらないうちから諦めたり、放り投げるのは嫌いだから」

 懐にある三枚の札に軽く触れると高鳴る鼓動を落ち着かせるように小さく息を吐き出す。敵う異形ではない。だがそれでも挑んでみたいと思った。上司のために、そして何より自分自身の目標の為に――。

「ミズハが行かないなら、尚のこと。ボク一人で行くよ」

「お待ちなさい! 貴女は放っておけませんわ」

 歩み出して数歩めにして、突如背中から声が掛かった。

「……なに? 放っておけないって。ボクが弱いっていいたいの?」

「確かに貴女は私よりは弱いでしょうね。でも、そういうことじゃありませんわ。ヒノエ、勇気と無謀は別物なんですの。今の貴女は危なっかしくて見てられませんわ」

「……無謀だと言いたいの」

「ええ、断言しますわ。貴女には無理です。――ですから、私も一緒に行きますわ。愚鈍な貴女が怪我でもしたら、チドリ様に怒られてしまうでしょうし」

「……。別に勝手にすればいい。――先、行くよ」

 タンと軽く足が地面を打つ。そのまま山頂にまで続く石段を駆け上がり、朱色の鳥居を幾つも潜り抜けていく。

「ま、待ちなさい! ヒノエ」

 名前を呼ばれ、すぐ傍らには一つの影。ミズハだった。

 どうやら口だけの人間ではないらしい。鍛錬も積んでいるのか、ヒノエの足に着いてこれるだけの体力があったことに、密かに目を瞬かせた。

 山頂の祠との距離が近づく。ザワリと不快な風が吹き荒れ、雲行きは妖しい。山下では快晴だった空も、今では雨が降り出しそうな鉛色の雲に覆われていた。

「漸く着きましたわね」

「祠は……、あった。彼処だ」

 石段の最上段よりもずっと先に、予想よりもずっと小さな祠があった。普段ならば鍵の掛けられた祠の扉は何故か開け放たれており、そしてその前には小柄な影があった。

 それは他の異形とは違う気配を放ち、一目で神霊の類だと分かる。細長く延びた胴体は銀色かかった白であり、眼は黄金。それだけでこの山の霊孤の眷属だと知ることが出来た。

「あれは……白狐? 異種喰いの目的は霊孤の眷属か」

 祠の前で力なく倒れ伏す白狐に気付くや否や、ヒノエは祠へと掛けだした。

「ヒノエ、上ですわ!」

 白狐に近づこうとした刹那、ミズハの声が掛かる。頭上を見上げると、先ほど山道で見た黒い異形が大きく顎を開き、そして真紅の眼を見開いた姿で浮かんでいた。

――異種喰い……!

 眼前に現れた異形の姿を見据え、ヒノエは躊躇いなく口火を切った。

「臨める兵闘う者 皆陣列れて前に在り!」

 怨霊の悔恨に満ちた声が鼓膜を叩く。そして大きな気配の塊が弱った白狐の元へ向くのが分かった。

「させない……!」

 悪鬼が白狐の元へと向かうより早く、ヒノエは呪言を紡ぐ。

「神帝有勅 神硯四方 金木水火土 雷風光電神勅 軽磨霹靂電光転 急々如律令――光華招雷!」

 攻符の札を片手に構え、詠唱を紡ぐ。直後暗雲が立ちこめるや否や雷鳴が轟き、幾多もの白雷が一直線に異形へと直撃した。

「や、やりましたの?」

「いや、まだだ……!」

 怨霊が怯んだ隙に白狐のもとへと駆け寄ると、ヒノエは抱き寄せ腕の中に庇う。直後怨霊が怒声を上げ、刃物のような六本の爪を振り上げる。

――マズイ……

 新たな呪符を取り出し呪言を唱えようとする。しかしそれより早く、ミズハの声が怨霊の声を切り裂いた。

神帝有勅しんていゆうちょく 神墨霊霊しんぼくれいれい 形状雲霧けいじょううんむ 上列九星じょうれつきゅうせい 神墨軽磨霹靂叫粉しんぼくけいまへきれききゅうふん 急々如律令きゅうきゅうじょりつりょう――清墨招水せいぼくしょうすい!」

 ミズハは脳内で、イメージを練り上げながら声高らかに呪言を紡ぐ。刹那、ミズハが手にしている筆から黒い水が滴り落ちた。そしてまるでその水自体が生き物のように地面を奔り、ヒノエとミズハを守るように円陣を結ぶ。

「これは、墨……?」

 黒い水の正体に気付いたヒノエが呟いた直後、その水が吹き上がり怨霊の爪を受け止めた。

「貫きなさい……!」

 ミズハは剣印を切ると、墨は意志を宿したようにそのまま一直線に悪霊へと飛びかかる。そして空中怯んだ隙にヒノエも再び詠唱を唱えた。

神帝勅吾紙書符しんていちょくごししょふ 打邪鬼敢有不伏者だじゃきかんゆうふふくしゃ 押赴豊都城退おうふほうとじょうたい 急々如律令きゅうきゅうじょりつりょう――」

 間延びした悲鳴が尾をひき、やがて消える頃には、今まであった異様な気配は完全に掻き消えていた。

「終わった……?」

 肩で息をしながら互いの顔を見合わせる。まだ身体に残った緊張感のせいか、札を握りしめたまま、それでもどこかやり遂げた達成感が身体を包んでいた。ヒノエはふらりと立ち上がると小さな祠へと歩み寄り懐から結界を繋ぐ符を祠の四方へと貼り付けた。

「稲荷の眷属を助けたようだな。チドリ」

「まさか二人で協力するとは想定外だったわね、トキ。てっきり反発しあうものかと思っていたのに」

 唐突に気配もなく、背後から声が掛けられた。咄嗟に振り返ると、そこには二人の女性が立っていた。

「ミズハ、お疲れ様。式がいなくても良く出来たわね」

「私やりましたわ! 見てました? チドリ様!」

「トキ様……何故ここに」

「何故もない。任務遂行を見届けるのも師の役目だからな」

 試験という言葉にヒノエは目を丸くするも、不意にトキはヒノエの腕で鳴く白狐の首筋を微かに撫でた。

「白狐は高い霊力を有しているからな。異形が狙うのも無理はない。出会いは偶然とはいえ助けられて良かったな」

「けど、まだまだツメが甘いわね。二人とも」

 そう言った直後、チドリとトキはほぼ同時に符を投擲する。それは真っ直ぐに傍の木陰へと向かい、小さく黒い塊となっていた異種喰いを貫いた。

「あ……」

「調伏、しきれてなかった……?」

 愕然とした表情で呟きを漏らす。だが上司二人は優しく労うように頭を撫でた。

「トキ様に、追いつけたと思ったのに――」

「世の中そんなに甘くはない。だがな努力を怠らない者はいつかは才能を開花させるものだ。目標や信念があるなら諦めるな。もがいてでも貫き通せ、ヒノエ」

「……はい」



文中で出てくる呪言は、実際の符術をもとに一部抜粋をしております。

陰陽物は難しいですが、書いてる時は楽しくやらせて頂きました。

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