第1章の35 疾風迅雷
『タイミングは俺が見つける。
そんでその時の合図も俺がする。』
『大丈夫?
私にも何か手伝えることないかな?』
『心配いらねえよ、他人の粗探して突くのだけが、昔からの俺の取り柄だからな。
そんで合図も俺が掛けた方が初動の遅れが無くて済む。だからストレルガと千春は、その瞬間に一気に動けるよう力を貯めといてくれ。』
『そう言うなら分かった。宜しくね。』
『問題は、奴ら二人を同時に相手をして上手く逃げ切れるかどうか、ってことなんだが・・。』
『男の方は私が相手するよ。
やられた借りは、キッチリと返しておきたいからさ。』
『大丈夫かよ?』
『うん、全然問題無いよ。だからお兄ちゃんとステラさんは、目玉お化けの方をお願いね。』
『・・・無茶はすんなよ。』
『無茶ぐらいしなきゃ、ここから逃げられないでしょ、お兄ちゃん。』
『違えねェ。
そんじゃ、無茶でも何でも良いから、全員でここを突破すんぞ。』
作戦は決まった。
なら後は、その好機を見極める。
俺達が動くべき、その瞬間を。
※
ガシャンッ!
部屋中に、硝子の砕け落ちる甲高い音が鳴り響く。
その音に反応した大川と化物は、俺達の方へ視線を戻す。
「闘争ではなく、逃走を選んだか。懸命な判断だ。」
当然のように、だが俺達にとっては非常に厄介極まりないことに、奴らは、こちらの意図を瞬時に見抜いてきた。
『だが、そう簡単に逃げられると思うなよ。』
化け物の全身から生えた無数の目が一斉に妖しく光り出し、更には大川の傀儡と化した男が、人間の限界を遙かに超えた恐ろしい速さで彼我の間合いを詰めて来た。
「余り抵抗はしてほしくはないな。私としても出来ることなら疵物にはしたくはない。」
一瞬で俺達の目の前に移動した大川は、そのまま腕を伸ばす。
狙いは俺。
俺を捕らえるべく。否、制圧し、無力化するべく腕が迫り来る。
だがヤツの魔手が、俺に届かんとするその刹那に、間に割って入った千春がその一撃を受け止めた。
「嬉しいね。
わざわざ君の方から来てくれるとは、手間が省けるよ。」
「あらあら、随分と私を侮ってくれるのですね。」
「確かに君が、それなりに敏捷いことは認めよう。
だがその速さにももう慣れた。」
そして大川は呪言を紡ぐ。
「”لَمَألا و فوخلا ٌدُّسَجَت دع رلا”(雷霆。それは恐怖と希望を我々に齎す者。)"」
大川の右腕が、青白い火花を散らしながら激しく発光する。
ヤツの腕に取り巻く光は電撃などと言う生易しいものでは無い。
まさに、雷そのものを彷彿とさせる、強烈な閃光がそこには渦巻いていた。
何が出来れば傷を付けたくない、だ。
あんなものを生身の人間相手に使えばどうなるか、当人が理解していない筈が無い。
それこそ常人なら、あの光が身体を掠めただけでも容易く命を持って行かれるだろうことに疑いの余地は無い。いくら千春と言えども、アレは危険過ぎた。
だがしかし、
『余所見をするとは随分と余裕があるのだな、小僧。』
俺は俺で、余所の心配ばかりしてはいられない。
百々目鬼、目々連。
名前なんぞ何だって良いが、俺達が対峙している無数の目を持つ妖怪も遂に動き出した。
身体中に浮かび上がった無数の眼が、より妖しく発光する。
大川の火花を撒き散らして激しく輝く雷光とは違う、ぼんやりと闇夜に浮かぶ蛍火のように、淡く光る妖光。
やがてその中の一つが、一際強い妖し気な光を帯び始める。
そしてその光を帯びた目が大きく見開かれたと同時に、そこから一筋の光線が照射された。
「ッ、危ねえッ!」
咄嗟に身体を捻り、放たれた光線を寸でのところで躱す。
だが第二、第三の眼と、
躱した直後に、ヤツの別の眼に再び妖しげな光が集束し始めたかと思うと、即座に第二撃目の光線が襲い掛かって来た。
「落魂の法ッ!」
迫り来る光線目掛け、俺も即座に魔術を撃ち放つ。
ヤツの眼光と俺の魔術が宙でぶつかり合うと、その途端に光線は狂い乱れ、空気の中へと霧散するように掻き消えていった。
『・・・、面倒臭い真似をしてくれる。』
あの類の妖怪が放った眼光の正体は大体予想が付く。
邪視か、邪眼か。
詳しいその効果の中身は分からずとも、ヤツの眼光は結局のところ魔術の類のものだ。
ならば俺の魔術での妨害するのは容易い。
「ステラッ!」
「”Tenebra.(暗黒。)”」
だが問題はヤツの手数の多さだ。
先の攻撃は、アイツが俺達を侮って2、3発しか撃って来なかった。
だがしかし、もしヤツが身体中の目から一斉に眼光を照射してきたならば。その全てを回避するは勿論、魔術で相殺させるのも、まず不可能だ。
だからこそ、それをされる前にその視界を奪う。
そうすれば、邪眼は無力化できる。目を触媒に使う魔術ならば、己の視界に対象を入れていることが前提となるからだ。
『ぬッ・・・。』
再びステラの呼び出した暗黒が、周囲の空間を更に黒く染め上げる。
先は俺らの姿を眩ます為に、闇を纏った。
今度はヤツの視界を奪う為に、闇で覆う。
出現した闇は妖怪の身体に纏わり付き、やがて全身を埋め尽くした。
「よしッ!」
これで一時的だがヤツを抑えた。
後は千春があの男を制すれば、脱出出来る。
『”Eye of Providence.(無為天眼。)”』
だがその言葉の直後。
暗闇の中から伸びてきた何本もの触腕が、俺達に迫り来る。
それも正確無比に、その全てが俺達のいる方を目掛けて殺到する。
ステラの闇が、完全に妖怪の全身を覆い尽くしているにも関わらず、まるでソイツにはハッキリと俺達の姿が見えているかのように。
『済まないな、コレと君達との魔術戦を見ているのもそう悪くはなかったのだが。
それだとみすみす逃してしまいそうな気がしたのでな。』
闇の奥から聞こえる声。
だがその口調も声質も、化物のものとは全く異にする別人のものだった。
一体何が・・・、という疑問が脳裏を掠める。
そしてその一瞬の雑念が命取りとなってしまった。
『それは流石に勿体ないと思ったので、手を出させてもらったよ。』
素早く正確な動作で迫る触腕がその絶好の隙を逃す筈も無く、瞬時に俺とステラの身体に巻き付いた。
◇3
「安心したまえ、君が死なないように威力の調整はしてある。」
だがその言葉とは真逆に、その腕に帯びた雷は更に激しく、バチバチという破裂音を伴って眩いばかりの明滅を繰り返す。
「だから、まあ早く楽になるが良い。」
その言葉と共に、大川は雷の拳を撃ち放つ。
拳が放たれた瞬間、その腕から強烈な稲妻が光線となって放出される。
瞬間、軌道上に存在した家具や壁、窓といったあらゆるものが、ほぼ同時に全て破壊され、砕け散っていった。
そうして総てをを破壊し、駆け抜けていった後に、そこで漸く、雷鳴が部屋に中に鳴り響いた。
考えるまでも無く、コレが当たれば死は免れ得ない。
必殺の一撃。
正に、そう呼ぶに相応しい威力を持った一撃だった。
「今のを避けるか。
君の速さを考慮した上でこの魔術を選んだつもりだったのだが。」
だがそれは、あくまで当たったならばの話。
「先程言いましたわ。私のことを侮り過ぎではないかしら、ってね。」
如何に必殺の威力や破壊力が込められていようと、当たらなければ意味を成さない。
そしてあれくらいの攻撃位ならば、躱すことはそう難しくは無かった。
「成る程、確かに忠告は素直に聞いて置くべきだったな。
では、これはどうかな。」
言い終わるか否かの刹那、大川は私の目の前に現れる。
先の一撃から更に、数段速さが増している。
再び振り下ろされたその腕は、今度こそ完全に音を置き去りにしていた。
だが、
「な、に・・・!?」
それでもまだ甘い。
正真正銘。この男が初めて見せた、混じり気無しの真の意味での驚愕の表情。
「当たらない筈が無い、と?
この一撃を躱せる訳が無い、とでも高を括っていたのかしら?」
認識が甘い。甘すぎる。
ならばその愚かさの対価は、その身で払って貰うとしよう。
既に拳を撃ち出し切り、隙だらけとなった背後へ回る。狙うはその後頭部、一撃でその意識を刈り取るべく、蹴りを叩き込む。
「フウ・・・。少々ひやりとしたが、そう簡単には食らってはやれんよ。」
それでも、この男もまた並ではない。
この男の想定を上回る速さで、しかも完璧にその隙を突いたにも関わらず、ギリギリの所で防御を間に合わせて来たのだ。
頭部へ突き笹るほんの数センチの所で、奴の腕に阻まれた私の脚は停止させられた。
その瞬間、己の勝利を確信した男は薄く笑う。
「残念だったな、お嬢さん。だが、」
「これで終わりだ、とでも言いたいのかしら?」
本当に認識が甘い。
「ごめんなさいね、おじさま。
何だかんだ言って、私も貴方のことを侮っていたみたい。」
何とも間抜けなことに、まんまと私の思惑に掛かってくれたんだから。
「”二人加護。”」
「なッ!?」
ああソレ、その顔。その顔が見たかったの。
自らの優勢を絶対的に妄信する人間の、ソレを壊された瞬間に豹変するその表情が、私に絶頂を与えてくれる。
別に何も小難しいことはしていない。
最初の攻撃が防がれたから、間髪を入れずに次の攻撃を繰り出した。
しかもわざわざその正面に回り込んであげてから、回し蹴りを放った。只それだけのこと。
「・・・ッ!?」
但しそれは、私の速さに反応出来たら、という前置きが付く。
そして今度こそ、私の蹴りが完璧にこの男の身体へと突き刺さった。
呻き声を上げることすら出来ず、路傍の小石か枯葉みたいにその身体はいとも簡単に宙を舞い、吹き飛んでいった。
「でも、お互い様だよね。貴方も結局最後まで私のことを舐めてくれてたんだから。」
初めの一撃で、相手の反応速度の限界はある程度見えていた。
だったらソレを遙かに上回る速さの攻撃にしてやれば、例え真正面からの一撃でも、相手は防ぐことも躱すことも出来なくなる。
それこそ、私の蹴りを受け、その身体が吹き飛ばされて。その時になって、やっと己の身に何が起こったのかを理解出来るくらいまでに、相手を置き去りにしてしまえば。
そして。
◇2
ヤツの触腕が俺とステラの身体に巻き付き、締め上げる。
太く長い大蛇を思わせるその触腕に生えた無数の眼が、一斉に俺達を睨みつける。
振り解こうもがき、抵抗しようとも、ギリギリと万力の如くに締め付けるこの触腕はビクともしない。それどころか足掻き暴れる程に、その力は更に強力になっていく。
最早、ヤツの拘束から逃れる手段は無い。
そしてこの瞬間、勝敗が決した、と。
「それが天眼か?」
少なくともヤツは。
あの化物はそう確信していた。
「だとしたらとんだ節穴だな。その魔術、名前負けしてんぜ。」
俺の言葉に反応した眼が、俺とステラの姿をその視界の中に収めると共に、僅かに瞠目する。
捕らえた筈の獲物が、そこに立ってのだから。
ならば今まさに腕の中にいる奴らは一体、とでも言わんばかりに、ヤツの眼は触腕の中心へと戻る。
そして終始、無機質で無感情な色を浮かべていた眼に再び微かに、だが確実に驚愕の色が浮かんだ。
「どうした?俺とステラを捕まえた夢でも見てたかよ?」
その触腕の中にいた俺達が、いつの間にか忽然と消滅した、とでも思ってんだろう。だが生憎、俺達は端ッからテメエにつかまってなんぞいねえ。
そう何度も通用する手では無い。
だが初っ端初見の小細工としては、これ以上無い程に優秀だ。
『・・・味な真似を。』
そう化物は、その向こう側にいる何者かは、苛立ちと愉悦の入り混じった言葉を溢す。
だがヤツも、只やられっぱなしでは終わらせてはくれない。
その体を覆い視界を塞いでいたステラの暗黒は、もう既にその殆どが剥ぎ取られてしまっている。
そして薄れゆく闇の帳の向こうで、妖しく光る無数の眼。
今度こそコイツは、あの無数の眼から俺達に向けて眼光の一声照射を放つつもりだ。
そうなると俺とステラにはソレを防ぐことも、躱すことも出来ない。
だが、
「残念だったな化物。こっちはもう既に十分時間は稼いだんだよ。」
既に勝負は付いた。
その無数の眼が一斉に見開き、邪眼を発動しようとしたその瞬間。
突如、物凄い速さでその横から飛来する影が見えた。ソレはそのまま化物の側面から突き刺さり、諸共に錐揉み回転しながら、部屋の壁際まで吹き飛ばされて行く。
激突された壁は大穴が穿たれ、そのまま隣の部屋にまで到達する。
そこでやっとその勢いが殺される共に、ようやくその影の正体が判明した。
それは、大川によって傀儡にされていた男だった。
「正に宝の持ち腐れだったな。」
本来ならば、身体中に生えているその眼のお陰で背後からだろうが、側面からだろうが、ソレの襲来に即座に気付いて防御するなり、回避するなり出来た筈だ。
だがヤツは、肝心のその眼総てを俺達に向けてしまった。
その結果、本来は存在しない筈の死角が生じ、それ故に先の不意打ちをあの化物はまともに喰らってしまった。
「パーフェクトだ、千春。」
「狙い通りだったね、お兄ちゃん。」
そうして二つの戦闘が決着となる。
だが勝利の余韻に浸っていられる暇は無い。
アイツらがもたついているこの僅かな間に、ここから脱出しなければならないのだから。
「ベランダから飛び降りるぞ。」
ここが何階かは関係無い。
わざわざ玄関を通過して通路を走り、馬鹿正直に階段を下って地上に出るよりも、飛び降りた方が、遙かに安全かつ迅速だ。
そしてその為の通路も既に確保してある。
「分かったッ!」
「了解ッ!」
部屋の中を駆け抜け、割れたガラス窓からベランダへと出る。
そして俺とステラ、千春はベランダの手摺を乗り越えると、俺達三人は同時に空中へと身を投げ出した。
◇4
敵の力は未知数。
となれば、採れる選択肢も限られる。
戦って目の前の男を斃すか、或いは・・・。
大川と名乗る目の前の男も、ここから無事逃げ出すことが出来たら、などと吐かしてくれた。
即ちそれは、己の腕に確かな自負があると言う証。少なくとも私よりは上だと、ヤツ自身はそう思っている。
ならば余計な面倒事が増える前に、一目散にこの場を離脱するか。
と、そこまで考え、
「笑止。それは無いな。」
思わず自嘲が溢れる。
随分と弱気な思考が根付いてしまっている。
戦わずして逃走など有り得ぬだろうよ。少なくともこの男の力を見るまでは。
それからでも別に遅くはない筈だ。
その時、
「敵を前にして考え事とは、随分と余裕があるのだな。」
一瞬のうちに私の目の前へと移動した大川は、私を捕らえるべく腕を無造作に伸ばしてくる。
とは言えそれは、雑で無駄の多い動きだった。
ワカバやシンヤの精錬された動作とは比べるべくも無い。
何ら体術や武術の型や基本らしきものは備わっていない、言うなれば、素人の野良喧嘩のソレだ。
だがそれでも、この腕をまともに受けて良いモノでないことは、繰り出された瞬時に理解した。
「闘いの真っ只中に、思考を放棄するヤツがいるのなら、逆に見てみたいな。」
迫り来る腕を寸でのところで、その側面から手刀で払い、受け流す。
軌道を逸らされ、目標を失ったヤツの腕は私の顔のすぐ横を掠め、通り過ぎる。そして空を切った腕が側面の建物の壁に触れた瞬間、壁は大きく抉られ、巨大な穴が穿たれた。
次の攻撃が繰り出される前に、私は即座に後退して距離を取る。
ヤツの腕を払い除ける為に使った左腕が、ジンジンと痺れ痛む。
ヤツの速さを見て、ある程度分かってはいたが、未だ腕に残留する痛みで確信に変わる。この男の動きや腕力は常人のソレを完全に逸脱していた。
それはヤツに武術の心得が無い事を差し引いて猶、十分な脅威となる程に。
そしてこの男が気を失う前の、大川の傀儡と化す前の元の身体は、至って一般的な人間の身体能力だった。
にも関わらず、目の前の男は現にこうして人を超越した膂力を振るっている。
だとするならば、答えは自明。
「随分と残酷な真似をする。」
大川によってこの男の身体は、人間の限界を無視した動きをさせられていると見て間違いない。
そしてそんな真似をすれば、この男の身体にその反動が返ってくることを知らない筈が無い。
「心配は要らんよ。私も使い捨ての消耗品という考え方が好みでは無いのでな。
ガタの来た箇所から随時、治癒の魔術を掛けて大事には至らんようにしている。」
「外道が。」
幾ら治癒を施そうとも、壊れる痛みはあることに変わりは無い。そして痛みは、本来その人間の限界を知らせる警鐘だ。
それをこの男は壊れる心配が無いと言う理由で、その警鐘を握り潰し、酷使し続けようとしているのだ。
だからと言って、傀儡の身を案じて攻撃を躊躇えば、それこそ大川の思う壺。
「外道大いに結構。
そも、まともな人間の神経のままで、魔道の探求など土台不可能なことだ。」
そうして大川は、再び凄まじい速さと共に私に接近し、次々と攻撃を繰り出していった。
初めの一撃を受け流した時から、何となく予感はしていた。
それが二撃目、三撃目と数を重ねるごとに、予感は確信へと変わっていく。
そして、
「そうか・・・、だが残念だったな。」
迫り来る大川の腕が、私の目前でピタリと静止する。
ギリギリと締め上げるようにヤツの腕に喰い込んだ私の手が、それ以上の接近を許さなかった。
だがそもそもとして、私がその操られている男の身を庇ってやる義理など初めから無い。
「貴様も魔術で身体能力を強化しているようだが、その手の術は私の得意分野だ。」
受け流しなどではない。
純粋な腕力と腕力同士の真っ向からの勝負。
「そしてどうやら、私の力の方が上のようだな。」
いくら魔術師と言えども、只の人間が私に身体能力で勝てる筈も無い。
流石に身体強化の魔術の上からこの腕を握り潰すのは骨の折れるが、それでもこのままこちらへ手繰り寄せたり、逆に投げ飛ばすぐらいなら容易に出来る。
「ほう、大したものだな。」
「せいぜい余裕ぶってろ。」
良いだろう。
ならば今すぐその余裕に満ちた面に、吠え面を掻かせてやる。
握り締めた腕に力を込め、そして無造作に振るう。
たったそれだけの動きで、大川の身体はまるで石槫か何かのように簡単に宙を舞い、吹き飛ばされていく。
路地の上に身体を叩き付けられながら派手に転げ回った後、十数メートル先でようやく停止する。
「こいつはおまけだ、取っておけ。」
どうせあの程度で、斃せるような人間ではない筈だ。
ならば完全に動けなくなるよう、キッチリと止めは刺す。
「“Infernoloh.(業火に焼かれろ。)”」
詠唱と共に、路地を埋め尽くす巨大な炎の塊が出現する。
そうして生み出された眩いばかりに燃え盛る業火は、暗がりの向こう側の地面に転がる大川を喰らい尽くすべく雪崩込んで行く。
ヤツの身体を咬み砕き、燃やし尽くそうと灼熱の顎が大きく開き切った。
その刹那、不意に路地に一陣の風が流れた。
「”ءْيَشّ لُك رايهنالا ءارحصلا علتبا َو ًافْصَع ِتاَفِصاَعْلاَف حيرلا َخَرَص
(風は叫び、猛威を振るう。そうして流れ出た砂漠は、全てを呑み込んだ。)”」
瞬間、路地を流れた一陣の微風が変貌する。
ヤツの詠唱に呼応するように、風は瞬く間も無く強烈な竜巻へと激変を遂げた。
その突如出現した竜巻によって、私の炎は削り取られ、巻き上げられていくと、ものの数秒も経たずに消滅させられてしまった。
「バカな・・・。」
目の前で起こった光景に、息を飲む。
私の炎が掻き消されたことは勿論だったが、何よりもそのやり方だった。
シンヤの様に魔術の妨害に特化した魔術でもって、炎の魔術を無力化した訳ではない。
それよりも遙かに単純で、そして深刻な事態。
大川は純粋な力技でもって、私の炎を破壊したのだ。




