序章2の1 夏川敷
大変な大ポカやらかしてしまいました。
この頃、今出川通はまだ河原町通より東側には存在していませんでした。つまり加茂大橋もこの時は、まだ存在しませんでしたが、私の手前勝手な認識で、あるものだとばかり思っていました。
よって、この場でその誤謬を謝罪すると共に、その箇所について訂正を致します。
2017/4/20
「こっちこっちー、シンヤー、早くわたってきなよー。」
「あーもう、そんなに急かすなって。つーか、ワカバそんなにあわてんなよ、危ないぞ。」
「ふーんだ、あたしそんなにトロくないもーん。早く来ないと、置いてっちゃうぞー。」
八月の初旬、茹だるような熱気とギラギラと輝く日光が降り注ぎ、身体中を突き刺さるような光線がジリジリと焼いている。
だがそんな煌々《こうこう》と燃え盛る太陽にも負けない程に、元気溢れる少年と少女が川遊びをしていた。
ここは鴨川の始まりの地であり、賀茂川と高野川が合流する地点だった。
夏場になると、この辺りの流水域は子供達の格好の水遊びの場となる。
川を泳ぐ子供、葵橋や河合橋から飛び込む子供、各々《おのおの》がそれぞれ好きなように水遊びを楽しんでいた。
その日も、数多くの子供達が川遊びに勤しんでいたが、その中に一際目立って元気な二人がいた。
それが少年、柊 深夜と、少女、楸 若葉だった。
少年は、11歳前後といった程であり、よく日に焼けた肌と侍を思わせる無造作に結われた髪、その外見に違うことのない、好奇心旺盛ともやんちゃともいえる活発な子供だった。
少女は、少年と同い歳であり、肩程で切りそろえられた少々色の抜けた黒髪を携え、可愛らしい顔立ちをしていた。しかし、少年と同様に日焼けした肌と快活な乗り、人懐っこい笑みから受ける印象は、少女というよりは少年のそれであった。
この二人は、いわゆる幼馴染という関係であり、日常的に、こうして行動をよく共にしていた。
「おっそいぞー、しんやー。待ちくたびれちゃったよ。」
「うるせえよ、こっちはこれでも必死だったんだよ、この体力バカ。」
「なんだとーコノヤロー。もー、怒ったぞ! しょうぶよ、しょうぶ! たいりょくバカのちからをみせちゃる。」
「いいぜ、受けて立ってやる。泣いて詫び入れんならいまのうちだぞ。」
「ふふーんだ。それはあたしのせりふだー。」
互いに子供っぽい啖呵を切り合い、ケンカとなる。
2人のくんずほぐれずの取っ組み合いが始まる。
暴れ回るたびに、盛大に水飛沫を撒き散らし、それはもう何人も周りに寄せ付けぬ程の様相を呈していた。
他の子供達は、特に気に留めるようなことも無く、何食わぬ顔で遊び続けていた。
この辺りの子供達にとっては、この2人のケンカは見慣れた光景であり、驚くようなものでもなく、また自分達に止められるようなものでもないことを理解していたのだ。
※
そしてしばらくすると、派手に舞い上がっていた飛沫の勢いが次第に弱くなっていく。
ああ、そろそろ終わりかな・・・、と周りの者達は思う。
体力が無くなって来たのだろう。
結局は、二人とも疲労困憊でぬるりと川から上がり、川岸の草原に崩れ落ちることで終結した。
その後も、口では罵りあっていたが・・・。
そのケンカを終始、木陰から眺めていた1人の子供が立ち上がり、二人の下へ近付いてきた。
「やっと終わったみたいですね。
毎度のことですが、いい加減に飽きないのですか。」
彼は、少し呆れた様子で、目の前で大の字になって寝転がっている二人に言った。
「うるせーよ、ヨハン。」
「うっさいよ、よっちゃん。」
「もう・・・、こういう時ばっかり無駄にぴったりと息を合わせられても、なんだかなあ・・・、て思うんですが。」
やれやれ、といった感じにため息を吐き、もっと呆れたように呟いた。
この子供の名を柊 夜半といった。
深夜の三つ下の弟であった。
9つにも満たない少年ではあるが、兄、深夜の子供らしい快活で、自由奔放な性格とは対照的に、彼は大人しく、年不相応に落ち着いた雰囲気を持っていた。
そんな彼の性質を表すかのように、その外見も健康的な白い肌と端正な顔立ちで、やや長く、しなやかな黒髪を携えた、ともすると少女と見紛えてしまうような少年だった。
「それと、兄さんも若葉さんも、暴れるもの程々にしてくださいね。
あんまりに度が過ぎると、さすがに大人の人が来て、怒られますよ。」
「いやー、そんときは全速力で走って逃げりゃ良いだろ。」
「そうだよー、私達、足には自信あるからね。」
さも逃走が、当然であるかのように語る二人であったが、
「いや、僕らの顔も名前も家も、この辺の人には割れてますから、逃げても後で家の方に来てしまいますって。
それにそもそも、逃げて済む事じゃないです。」
そう言って夜半は、二人を窘めた
年上の2人が、年下の少年に窘めらているという図。
何ともあべこべな光景だった。
性格が真逆と言えるような関係にある深夜と夜半ではあったが、不思議と二人の仲は良好だった。
深夜は、弟の夜半のことを何だかんだ言いながらも可愛がり、また夜半も、兄である深夜や姉にも等しい若葉のことを、何だかんだ呆れつつも慕い敬っていた。
歳が近い彼ら3人は、こうしてよく共に行動することが多かった。
その時に兄たちに見せる夜半の喜びや困惑、笑顔といった表情は年相応のあどけなく、可愛らしいものだった。
※
「そろそろ日が暮れる頃なので帰りませんか、兄さん、若葉さん。」
「ああ、もうそんな時間なのか。」
深夜は周りを見渡すと、河原にあれだけいた子供達の姿が、いつの間にか疎らに見える程に減っていた。
残っている子らも、迎えが来たり、或いは川から上がり一人で帰路に着くなどして、一人また一人といなくなっていく。
西に傾いた夕日が、人の居なくなった水面を茜色に染め上げる。
その黄昏色に、3人は僅かばかりの寂しさを感じた。
そして次に浮かぶのは早く帰らないと家の人達の雷が落ちる、という恐怖と焦燥感だった。
「早く帰らないと、じじいがうるさいからなー。」
「あたしの家も・・・、じいさんが怖いから早く帰らないと。」
「そんじゃあ、大人しく帰ろうか。」
「うん。」
「そうだね。」
そうして二人も素直に頷いてくれた。
お互いに大変だなあ、と深夜は嘆息しつつ、若葉と夜半と共に岐路につく。
※
「つーか、たまには夜半も一緒に川に入れよ。」
「そうだよ、たまに一緒に遊ぼうよ。水の中、気持ちいいよ。」
鴨川からの帰り道。
唐突に、深夜と若葉はそんなことを言った。
2人の言葉に対して夜半は、あからさまに嫌そうな顔をした。
「そんな嫌そうな顔すんな。
それに、いっつもお前ばっかり余裕そうな顔で川から上がる俺達を見下ろしてんのが、納得いかねえんだ。
だから、今度は川に入れ。」
「そうだぞー。
いーッッつも!、よっちゃんばっかり大人ぶってるなんてズルいよ。
だから、次は一緒に遊ぶの。
そして、私達と一緒に乱れに乱れるの。」
理不尽な二人の言い分に、夜半は抗議する。
「いや、僕はべつに大人ぶったりなどしてません。
それに兄さんと若葉さんが、またケンカした時はどうするんですか。
いざという時に、ソレを止められる者が、少なくとも1人は必要だと僕は思います。」
しかし、そんな抵抗も虚しく終わってしまう。
「ねー、深夜。聞いた今の。」
「ああ、しかとな。
こいつはまた、性懲りも無く良い子ちゃんぶりやがって。」
「もー、ズルいズルいずーるーいー。
言ったそばから、もうこれだよ。」
「なあ、若葉。これはもうあれしかねえな。」
「うん。もうアレしかないね。」
深夜と若葉は、ギラリと目を光らせながら、ジリジリと夜半に迫り寄った。
「ちょっと、2人とも。」
夜半は焦る。
明らかに善からぬことを企んでいる目だった。
「散。」
深夜の合図とともに、二人はほぼ同じ動作で、僅かのズレも無く夜半の左右に移動した。
「集。」
若葉のその言葉で、挟まれたヨハン目掛けて同時に飛び掛かった。
「クッ!」
何とかその襲撃を躱すも、すぐさま二人は同様の所作を取った。
余りにも息の合った二人の動きだった。
つい数時間前に、取っ組み合いのケンカをしていた二人のやる動きとは到底思えなかった。
「あーもう!ほんっとうに仲が良いですねえ。
良過ぎて泣けてきますよッ!」
その後も夜半は、何度も二人の襲撃を躱し続けた。
しかしこの二人のギラつく目が、捕まえるまで絶対に諦めないだろうことを、ありありと語っていた。
ソレを悟った夜半は、二人に根負けして、遂にわざと捕まることにした。
その後は、二人の気が晴れるまで延々と悪戯される羽目になった
そして、二人の気が晴れ、夜半が解放された頃には、日は沈み切り、辺りもすっかり暗くなってしまった。
周りの家々の窓には、温かな光が灯っていた。 三人は全速力で駆け抜け、それぞれの家に飛び込むも、時既に遅かった。
門限を犯した三人は、雷鳴のような怒声と、烈火の如くの説教・・・。
そして、稲妻の如き拳骨を頂戴することとなった。