九話
ウーさんたちと帰ってきた夜から、私はお稲荷さんの中に泊めてもらうことになりました。
「でも、おじいちゃんが心配すると思うよ」
「大丈夫じゃ。そのへんはお師匠様がなんとかしてくださるから、カナちゃんは安心してたらええ」
ウーさんがそう言ってくれたので、私はよろこんで泊めてもらうことにしました。
ウーさんがいつも出てくるお社のドアを開けると、中はとっても広いお部屋になっていました。私の学校のみんなが入っても、ぜんぜん平気なくらい。もう、びっくり。
でも、それはウーさんの先生や、ごくうさんたちがいるから広いそうで。
「このメギツネが帰ってくるまでは、ワシがぎりぎり寝るだけの広さしかなかったんじゃ。風呂はドラム缶やったしのう」
ウーさんはハナ息をブフーブフーと吹きながら怒ってます。だけど、タマエさんは口笛を吹いて知らん顔。ウーさんにはわるいと思ったけど、なんだかおもしろい。
「カナちゃんの部屋は…そうじゃな。そこを使ったらええ」
私は右おくのお部屋をもらいました。私のお家の部屋とおんなじくらいの広さです。中にはお布団がしいてあって、夏なのにひんやり涼しい。机の上にはお菓子や、お茶の入ったお湯のみがおいてありました。
「お菓子は食べてもすぐに元に戻るし、お茶は飲んでも勝手にいっぱいになる。」
「あれれ。こんなのがあるなら、どうしてウーさんはかりん糖を食べられなかったの…」
という前に、タマエさんが私のお口を手でふさぎました。見ると、ウーさんのキバがきら〜んと光って、頭から湯気が出ています。
あ、そっか。シンリキが無かったから、おやつも食べられなかったんだ。
「いいかげん、水に流しなよ。イノシシのくせに後ろばかり振り返ってどうすんのさ」
「やかまし!!そもそも、オノレのせいじゃろが」
「きゃ〜」
ウーさんはタマエさんを追いかけて、出ていってしまいました。よくケンカする二人だなあ。
それから私は机の上の白いお菓子を1つだけ食べてみました。ふんわり甘くて、とってもおいしいです。つかれが飛んでいくみたい。お茶も冷たくて、すっきりした味。
「なんだか、ねむいなぁ…」
そして私はうとうとと眠くなってしまいました。お菓子を食べたのに、歯をみがいてないけど、だいじょうぶかな。そんなことを考えていると、私は机にもたれかかって寝てしまったのです。
…なんだかこわい夢を見ました。だれもいない、まっくらなところ、私はひとりぼっち。
「ウーさん!!タマエさんっ!!ごくうさん!!」
こわくなった私は、いっしょうけんめい、ウーさんたちを呼びます。でもへんじは返ってきません。私は泣きながら、まっくらなところを走っています。でも、どこまで走っても、明るいところには行けません。
「こわい。とってもとってもこわいよ…。」
目をつぶって走りつづけていたら、とおくから、なつかしい声がきこえてきました。あれ。この声は…。
そう思った時。
「…ちゃん。カナちゃん。」
「あ…」
パッと目をひらくと、ウーさんの大きなハナが見えました。
「ウーさん!!」
私はぎゅうっとウーさんのおなかに抱きつきます。いつものモフモフしたおなかです。なんだか、とっても安心する。
「どないしたんじゃ。うなされとったど」
ウーさんはプニプニの手で私の頭をやさしくなでてくれました。
「なんだか、こわい夢を見たの」
「そか。ワシがおるから、もう大丈夫じゃ。ブシシ。」
「うん」
ほんとにウーさんに抱っこしてもらうと安心します。お父さんやお母さんと一緒にいる時みたいに。そういえば、どうして私は夢の中でお父さんやお母さんを呼ばなかったんだろう?
それに、あの声はだれだったのかな?
「あれ。ごくうさんたちはどうしたの」
あの二郎真君さんもいません。
「テーサツに行くちゅうとった。」
「なんせ、天界まるごと敵に回してるもんねぇ」
タマエさんが来て、私を後ろから抱っこしてくれます。前も思ったけど、お母さんみたいにあったかくて、いい匂い。
「おや、起きましたか。では、食事にしましょう」
ウーさんの先生のきれいな声が聞こえました。そして私たちは夕ごはんを食べることになりました。神さまって何を食べるのかなと思ったけど。
「わあ。ハンバーグ!」
日曜日にお父さんが連れていってくれるファミリーレストランのハンバーグ。それが出てきたからびっくり。
「お師匠様にできんことはないんじゃ」
ウーさんはブシシと笑いながら、大きなドンブリで山盛りご飯を食べています。タマエさんはそれをあきれたように見ながら、上品にお箸を動かしていました。私もハンバーグを食べてみたけど、すっごくおいしい!!
あっという間にぜんぶ食べちゃいました。
「さて。」
ご飯が終わると、ウーさんの先生は私を見ました。すごくきれいな目。でも、なぜだろう。なんだか、こわい。
「………」
「ん?どしたんじゃ、カナちゃん」
「なんでもないよ。くっつきたいだけ」
ウーさんのおなかにしがみつくと、やっぱり安心します。
「あなたは、かなえさんと言いましたね。」
「はい」
ウーさんに抱きついたまま私はこたえました。どうしたんだろ。体のふるえが止まらない。
「どしたんじゃ?お師匠さまは優しいから大丈夫じゃ。」
「わかってる。でも、なんだかこわいよ…」
ぎゅうっと抱きつくと、ウーさんはこまったように私の頭をなでました。となりにいたタマエさんの声がきこえました。
「主さま。今はやめといたほうがいいんじゃないでしょうか。この子、かなり主さまを怖がってるみたいですし。」
「ふむ…」
すごくきれいな目が私を見ています。心の中までみんな見られてるような気がしました。
「いえ、でも後にしても同じことですから、簡単に話しておきましょう。かなえさん。あなたは実は…」
「いやっっ!!」
私は自分でもびっくりするくらい大きな声を出していました。
「聞きたくない!!ウーさん。こわいよ、こわいよ!!」
私はウーさんのおなかに抱きつきます。とってもあったかいけど、体の震えが止まりません。
「お、お師匠さま…。」
困ったようなウーさんの声が頭の上で聞こえて。
「仕方ありませんね。」
ウーさんの先生はあきらめてくれました。
「でも、かなえさん。あなたにはもう分かっているはずですよ。目を背けていても、現実は変わりません。」
「………………」
私はだまってそれを聞いていました。なんとなく、分かるような気がする。そしてそれが、とってもこわかったのです。なぜなら、大好きなウーさんといっしょにいられなくなるような気がしたから。