八話
そして、私たちはもとの世界にかえってきました。
「えらくのどかなお稲荷だな、おい」
悟空さんが一番に、ひょいと飛び降ります。
「静かないいところではないですか、ウリオウ。」
ウーさんの先生は、やさしい顔で笑っていました。でも、ほんとにきれいな男の人だなあ。キラキラ光ってる。
「そうですかいのう。ワシャ、こいつに一杯食わされてここに来たんですじゃ。」
ウーさんはフキゲンそうな顔でタマエさんをじろりとにらみました。タマエさんは知らん顔で私を抱っこして、口笛を吹いています。
「それで。これからどうすんだ?」
「というより、悟空さん。あなたこそどうなさるのです?中国の神々を巻き込むのは私の本意ではありませんが」
ウーさんの先生は、軽く首をかしげています。
「そう言うなよ。こんなおもしれえ祭り、参加しねーわけにはいかねぇだろ。心配すんなって。他の奴らは関係ね〜。俺が勝手に暴れるだけだ」
悟空さんは楽しそうに笑っています。ウーさんのお話だと、悟空さんはものすごく強いので、いてくれたら安心だそうです。
「それより、大和の奴らが日の本が沈むとかなんとか言ってたけどよ。ワケを話してくれよ」
「長〜いお話になりますよ」
「メンドクセー。じゃあ、心話で俺の頭ん中に送ってくれ」
「あ、ワシもお願いします」
ウーさんが手を上げます。
「主様、アタイも。」
タマエさんもです。私はだまっていました。なんだか聞いたらいけないお話のような気がしたからです。ウーさんたちは私が五回くらいまばたきをした後に、とっても難しい顔になりました。悟空さんだけは笑っています。
「そら確かに、大和どころか、世界中を敵に回すことになるわな。いや、おもしれ〜」
「しかし、お師匠様。今回ばかりは、イザナギ様たちのほうが正しいのではないですかいのう?」
「そうですよ主様。そこまでして、そいつらに肩入れする理由はないです」
珍しくウーさんとタマエさんの考えが同じです。それを聞いた先生は、ほんの少しだけこわい顔になりました。
「それでは千年前。私がウリオウとタマエを助けたことも、無意味だったのですか?」
「……………」
たちまち二人はしゅんとしてしまいました。昔になにかあったのかな?
「よいですか、二人とも。この世に生まれながらの穢れた命など存在しないのです。全ては現世に生まれてからのこと。」
「それに、そんな理由なら俺っちの国だって相当やべぇはずだぜ。なんで日ノ本だけが沈む話になってんだ?」
それから、ウーさんの先生と悟空さん、ウーさん、タマエさんは、またしばらく心の中でお話ししてるみたいでした。
「…という次第です」
「よーするに、ババ抜きのババを当てられたわけだ。相変わらず、上のアホどもの考えることは小賢しいぜ」
悟空さんは頭をかきながらなんだかフキゲンそう。
「ま、いいぜ。そういうことなら、なおさらやりがいがある。ハデに暴れてやるよ」
「また二郎真君どのと戦うことになるかもしれませんよ。」
「おもしれーが、たぶん、それはねーよ。」
悟空さんがふりむきました。そこに、あのカッコいい二郎真君さんが立っていました。
「話は我が叔父より聞かせてもらった。大和の最も尊き神よ。」
たっとき神?って意味は分からないけど、ウーさんの先生は静かに口元に人差し指を当てて、しーっと言いました。それだけで二郎さんは分かったみたいで頷きます。ちなみに二郎さんのおじさんは、ギョクコウタイテイ?さんという、中国でも一番えらい神さまだそうです。
「私も協力しよう。このような暴挙を許すわけには行かない。義を見てせざるは勇なきなり。我が国古来の名言だ」
二郎さんはあの槍をくるりと回して、ピシッと背筋を伸ばしました。やっぱり、とってもかっこいいです。
「おやおや。あの方は、さぞお困りでしょうね」
ウーさんの先生は、おでこを触りながら苦笑いしています。
「だが、止めようともしなかった。叔父も内心では反対なのだろう」
「つーか、積極派はどいつらなんだよ」
悟空さんが腕組みをしながら、ちょっと怒ったような声で聞きました。
「主に西洋系だな。ギリシャ神群、北欧神群などが中心だ。それに、当事者の大和神群もな。特にギリシャ神群はえらいやる気だったが」
「そりゃいい。ゼウスのおっさんとか、雷神トールとは、いっぺんやりあってみたかったんだ」
悟空さんはうれしそうに右手を振り回しました。
その後ろで、それを聞いていたタマエさんが、なぜかこそこそと隠れようとしています。
「またんかい」
ほそ〜い目をしたウーさんが、タマエさんのふさふさのシッポをひっぱって止めました。
「な、なにさ。アタイのせいじゃないよ」
「オノレは、ゼウス神の天印をちょろまかしてきたじゃろが。ほんでギリシャは怒っとるんとちゃうんかい」
「本当ですか、タマエ?」
ウーさんの先生がやさしい声で聞くと、タマエさんはしゅんとして頷きました。
「すみません…。主様をお助けしたくて、つい」
「……………」
ウーさんの先生は何も言わずに、やさしく笑いながらタマエさんの頭をなでました。おとうさんが私にしてくれるみたいな感じ。
それを見ていた悟空さんが言いました。
「天印うんぬんの話なんざ関係ねーよ。いくらゼウスのおっさんがスケベだろうがな。今回の件は、もっと上の話だ。そうだろ、真ちゃん」
悟空さんが目を向けると、二郎さんも頷きました。
「私も同意見だ。事はそんなお遊びじみた話ではない。それは、そこの御方が一番よく分かっているはずだが。」
二郎さんの目がなんだか怖いです。でも、ウーさんの先生は平気な様子で、タマエさんの頭をなでています。
「…だそうですよ。もう泣くのはおやめなさい、タマエ。それから私を助けに来てくれてありがとう。」
「え〜ん、主様ぁ〜」
タマエさんは子どもみたいに泣いています。そっか。私はタマエさんをお母さんみたいって思ってたけど、タマエさんにもそういう人がいるんだ。なんだか、ふしぎな気持ち。
「さて…」
ウーさんの先生が私を見ました。すごくきれいな顔だけど、私はなぜか少し怖くなりました。心がざわざわする感じ。
「ウリオウ。このお嬢さんのことでお話があります。」
「あ〜、お師匠様。すみませんですじゃ。ワシらのゴタゴタに人間の子どもを巻き込んでしもて」
ウーさんは汗をかきながら先生に謝っています。
「いえ、そのことではありません。この子は…」
また心の中のお話だと思うけど、ウーさんは聞いた後にすごくびっくりした顔をしました。タマエさんも、それから悟空さんと二郎さんもです。なんだろう?
「そ、それはホンマですか!?」
「最初に会った時、気づきませんでしたか。」
「ムリですよ、主様。その時、このイノは神力がスカンピンの状態でしたし」
「ぜんぶ、オノレのせいじゃろが!!」
ブキーッとウーさんはハナ息を吹き出しました。
「しかし、どーする?いや、俺様はおもしれ〜から大歓迎なんだけどよ」
悟空さんが私を見る顔は、なぜか楽しそう。ほんとになんなんだろう?
「まあ、今すぐどうこうはないでしょう。ただ、しばらく私たちに同行してもらうしかありませんね。一人にしておくのは論外です。」
「…というわけじゃ、カナちゃん。もう少し、ワシらと一緒にいてくれるかのう」
「うん!!」
私はうれしくなってウーさんに抱きつきました。そしてモフモフします。まだ一緒にいられるのが、すごくすごくうれしい。…でも、なんだか胸の奥がざわざわするのだけは、なぜか直りませんでした。