七話
「お〜お〜。イザナギ、イザナミの夫婦に、アマテラスにスサノオ姉弟。アメノウズメやらタヂカラオまでいやがる。」
いざなぎ?いざなみ?聞いたことがあるような、ないような…。
「なんだ。孫悟空じゃないか。」
背の高い男の人が前へ出てきました。悟空さんの話だと、その人がイザナギという神様だそうです。若く見えるけど校長先生みたいにえらそうな人です。
「昔の血が騒いだのか?まだ暴れ足りないとは、困った猿だな」
「今度はテメーが相手をしてくれんのかよ?」
「構わんぞ。タケミカヅチでは不死身の貴様には相性が悪い」
悟空さんは如意棒をかまえました。イザナギさんは、ぴかぴか光る剣を右手にぱっと出します。
後ろにいた神さまたちも、いっせいに怖い顔になりました。
「はいはい。そこまでですよ、皆さん」
優しい声が聞こえたかと思うと、悟空さんとイザナギさんの間にウーさんの先生が立っていました。
「中国の神々と問題を起こすわけにはいかないでしょう、イザナギ」
「そもそも、あなたが天界の方針に背いたことが、今回の騒動の原因ではありませんか。」
「当たり前でしょう。日の本が沈むのを黙って見捨てよ。そんなひどい方針に従うほど、私は穏やかではありません」
「…おい、聞いてねえぞ。そんな話」
悟空さんが、ウーさんの先生に如意棒を向けました。すると。
「なっ!?」
私がまばたきした後には、如意棒はウーさんの先生の手にあったのです。
「ほほう。これが噂に名高い如意棒ですか。確か神珍鉄で出来ていて、重さは一万三千五百斤(約8トン)もあるんでしたね〜」
ビュウンッ!!
ウーさんの先生は、悟空さんと同じくらいに上手に、軽々と如意棒を振り回しました。
「はい、どうも」
それから、あっさりと如意棒は悟空さんに返されました。悟空さんはというと、すごくフキゲンそうです。
「孫悟空さん。私の弟子たちを守って頂いて感謝しますよ。最近は悟空と言うとアニメのあの方が有名ですが、どうしてどうして。こちらの悟空さんも、カッコいいではありませんか」
「…アンタ、一体何の神なんだ?そこにいるイザナギだって、おいらを相手にそんな真似は出来やしねえぜ」
「そのへんは、帰って玉皇大帝どのにでも聞いて下さい。…まあ、口止めはしているんですけどね」
ウーさんの先生は、くすくすと笑っています。
「イザナギ。もう謹慎は飽きましたから、私は下界に戻りますよ」
「…ご自由に。どの道、あなたを止められる者は、大和の神の中にはおりませんから」
肩をすくめたイザナギさんもフキゲンそうです。
「ですが、いずれ世界の神群から抗議がきます。どうなさるおつもりか」
すごくきれいな長い黒い髪をした女の神さまが、こわい目でウーさんの先生を見ています。悟空さんが、その女神さまはイザナミさんだと教えてくれました。
「既に、大和の全権はあなたたちに預けています。厄介事をさばくのは、あなたたちの仕事。私はただの風来神に過ぎません」
「その厄介事を持ち込んだのは、あなたでしょうに。」
イザナギさんもむずかしい顔をしています。
「そもそも、なぜ天界の掟を破ってまで日の本をかばうのです。一度沈めて浄化した後に、また新たに創ればよいではありませんか。」
イザナミさんの言葉を聞いたウーさんの先生は、とたんに怖い顔になりました。
「それが日の本の産みの親たる神の言う言葉ですか、イザナギ、イザナミ。そこに生ける者全ては、あなたたちの子。誰が滅びを決めようとも守るのが務めでしょう。」
「おいおい、何の話だよ。日の本沈めるとか聞いてねぇぞ、おいらは。」
「エテ公ごときに話す内容ではないからな」
イザナギさんがイヤミを言って、また悟空さんを怒らせました。悟空さんが何かを言う前に、ウーさんの先生が右手の人差し指をイザナギさんに向けました。
「くっ…」
とたんにイザナギさんはひざをついてしまいます。
「イザナギ。その他者を蔑む態度はおやめなさい。何度も言ったはずですよ」
「はっ…」
イザナギさんはお父さんに怒られたように、おとなしくなってしまいました。悟空さんもぶつぶつ言いながら、如意棒を小さくして耳の中にしまいました。
「外聞が気になるのなら、この件は全て私一人が悪いことになさい。そうすれば大和神群の立場も保てるでしょう。これより私は大和の神群を離れます」
「そんなことをすれば、天界の神々の全てを敵に回すことになるやもしれませんよ。むろん、我らも含めて…」
イザナミさんの言葉は静かなのに、ものすごく怖い声でした。ウーさんとタマエさんは、白い先生の後ろでがたがたと震えています。私もなんだか怖くなって、悟空さんの服をつかんでいました。
「イザナミは、冥府の女神の側面も持ってっからな。恐怖の波動はお手のもんだろう。けど、おいらといれば大丈夫だ。心配すんな、お嬢ちゃん」
ポンポンと頭を軽く叩いてもらうと、怖いのはどこかへ行っちゃいます。やっぱり、悟空さんはすごい。
そんなことを考えているとウーさんの先生が笑顔でイザナミさんに話しかけました。
「いいでしょう。いつでも受けて立ちますと天界の全ての神々に伝えておきなさい。ふふっ。何千年ぶりに楽しくなってきましたね。」
ほんとに楽しそうに、白い先生(ウーさんの白い先生の省略)は笑っています。
「お、お師匠が戦うならワシもやりますです!!」
「アタイももちろんついていきますよ。主さま。」
「それじゃ、久しぶりに三人でやりましょうか。」
白い先生は笑いながら、ウーさんとタマエさんの頭をなでました。二人ともとっても嬉しそう。
その後、悟空さんのそばにいた私へ、先生の目が向けられました。
「おや、この子は…」
「あ、お師匠。すんませんですじゃ。ワシらが無理に連れてきてしもたんです。」
「いえ、そのことではありません。この子の事情を、ちゃんと調べましたか。ウリオウ」
「それが…、ここしばらくは神力が無かったもんで、ちゃんと調べておらんのです。神力が戻った時にはお師匠様のピンチじゃったですし…」
ウーさんはタマエさんをじろりと見ました。タマエさんは口笛を吹いて知らん顔です。
白い先生は、少しだけ考え込んでいました。
「…とにかく、人間界に降りましょう。話はそれからです」
そして私たちは、こわい顔をした、たくさんの神様に見おくられながら、下の世界に帰りました。
…なぜか、悟空さんもいっしょに。




