五話
ウーさんを先頭に、私たちは高い空へぐんぐん上がっていきました。
そのまま雲の中に入るのかなと思いましたが、パッといきなり目の前に大きな大きな階段が見えました。
とっても大きな階段です。私の学校の階段の十個ぶんくらいはあります。
階段はぐるぐると回って、上につづく白い階段、そして下につづく黒い階段にわかれていました。
「ほ〜。これが天界と地獄界を繋ぐ噂の無限螺旋階段かえ。ワシャ来るのは初めてじゃ。よう入り口を繋げたもんじゃな」
「天界から帰ってくる時にちょいと細工しといたからね。ほら、カナちゃん」
タマエさんは、抱っこしていた私をそっと下ろしてくれました。
足もとはガラスみたいにとうめいで、顔がうつるくらいにつるつるの床です。でも、すべったりはしませんでした。ふしぎ。
「で、これをえんえんと登っていかなあかんのかい?」
「そんなことしてたら、十年たっても上には行けないよ。さっさと白い階段に乗ってみな。」
ウーさんとタマエさん、そして私は白い階段を一つ上がりました。
「お?」
「わぁ〜」
階段は少しだけ光って、エスカレーターみたいに動き出しました。すごい早さで上がっていきます。でも、とってもしずかです。
「あっちの黒い階段はどうなの?」
「足を置いたが最後、地獄へまっしぐらさ。鬼や妖怪や魔物だけが住む世界。こわいよ〜」
「きゃ!」
タマエさんがりょう手を上げてこわい顔をするので、私はウーさんのせなかにしがみつきました。モフモフしてあったかいです。
「こりゃ。何をいじめとるんじゃ、おま〜は」
「だって、可愛くてさ。この子」
タマエさんは私のほっぺをぷにぷにつつきました。
お母さんもよくそうしてくれたのを、私は思い出しました。
そのうちに、階段はぴたっと止まりました。
「なんじゃ?もう着いたんかえ」
「バカ言ってんじゃないよ。まだ一段目の天界の踊り場に着いただけさ。」
「扉がたくさんあるのう。なんじゃい、これは」
「バカ!!開けるんじゃ…」
ウーさんがきれいなもようの描いてあるドアを開けたとたん、ものすごい風が吹き出しました。
「ブヒャーッ!!」
「きゃーっ!!」
ウーさんが吹き飛ばされます。せなかにしがみついていた私もです。台風みたいに、すごい風です。
「ったく、このバカイノシシ!!」
タマエさんの尻尾がヒュッと伸びて、ウーさんの足をつかみました。もう一本の尻尾が、ドアをしめます。ものすごい風はぴたりと止まりました。
「な、なんなんじゃ、あれは!?」
「ぷぷっ。ウーさん、毛がばくはつしてるよ」
「おお。セットが乱れてもたか」
ウーさんは腹巻きからクシを取り出して、体のふさふさした毛をすいています。
「あのね。真面目にやんなよ。あんたが開けたのは、風の世界の扉。火の世界とか、水じゃなかったのが不幸中の幸いだったけど」
タマエさんはあきれているみたいです。
「そんじゃ、ここは地水火風、いわゆる元素界の踊り場かえ?」
「そういうこと。あの御方の閉じ込められている天の岩戸は、もっとずうっと上だよ。」
「しかし、そこに行くには確か天印がいるじゃろに。」
「ふふ〜ん」
タマエさんはヒモのついた金色の何かをくるくると回しています。ジグザグもようのある、四角いハンコです。ぴかぴか光って、とってもきれいです。
「その稲妻模様の天印。おま〜…、それ、もしかして」
「そそ。ギリシャ神話の王様をたぶらかして、頂いてきたのさ。あいつ、スケベだからチョロいもんさ」
「…こら、バレたら大和の神々の天罰だけじゃすまんど。ギリシャ神群からも抗議が来るのう。相変わらずむちゃくちゃやりよる」
ウーさんが腹巻きから出した手ぬぐいで、おでこをふいています。
「誰が抗議してこようが、どんな罰を受けようが、あの御方を解放できるならアタイはいいのさ。あんただって、そうだろ」
「そら、もちろんじゃが、出来んかったら?」
「三人まとめて大罰当たりの牢獄送り。もしくは、じ・ご・く」
タマエさんは下を指さして笑いました。バチがあたっても、ちっともこわくないという感じです。そんなに先生がだいじなんだ。そう言えば、そのことで聞きたいことがありました。
「ウーさんたちの先生ってどんな神さまなの?」
「むむ…」
「う〜ん…」
とたんに二人は困ったような顔をしました。
「実は知らないんだよねぇ…。あの御方の本当の名前。カナミノミコトっておっしゃってたけど、明らかに偽名だしさ。」
「神様の名簿調べても、そんな名前は無いからのう。」
「え〜。それじゃ、先生のほんとの名前を知らないの?」
何百年もいっしょにいたのに名前を知らないなんて、私はびっくりしました。
「うむ。ワシャ、ずうっとお師匠様」
「アタイは主様って呼んでたからねぇ。それで全然疑問に思わなかったし。」
もしかすると、それもヌシさまのまじないかもしれないとタマエさんは言いました。
ヌシさまってよび方、なんだか大きなお魚みたい。
「ワシの推理じゃと、剣と雷の神であるタケミカヅチ様じゃないかと思うとるんじゃが」
そういえば、前にウーさんが見せてくれた絵では、あのきれいな男の人は白い刀をもっていました。
「白の刀と雷で邪神たちをあっという間に打ち負かしたのを、ワシャ何度もこの目で見たからのう。ありゃあ、カッコよかった。」
「けどさ。あの御方は、地水火風まんべんなく得意だったじゃないか。武神タケミカヅチは、剣と雷以外は普通って聞いてるけど。」
「ふむ…」
「それに、主様当ての年賀状は毎年スゴかっただろ。北欧のオーディンとかインドのシヴァとかさ。主神クラスからバンバン来てた。言い方悪いけど、武神タケミカヅチに、そこまでの権威はないよ」
「ほんなら、誰やと思うんじゃ?」
「大和の神でそんな超高位神格がいるとしたら、たぶん…」
「ねえねえ、先にいかないの?なんだか、下からおじさんたちが来てるけど」
階段の下からこちらを指さして上がってくる、白い服のおじさんたち。みんな光るヤリをもってます。
「いたぞ!!不法侵入者どもだ、捕らえろ!!」
「やば、天兵たちだ!!逃げるよ!!」
タマエさんが言うまえに、ウーさんは私を抱っこして階段をかけ上がっていました。私は振り落とされないように、ウーさんの腹巻きに半分入っています。
「こら〜!!女の私を置いてくなんて、あんた、それでも男か」
すぐに追いついてきたタマエさんが怒りましたが、ウーさんは知らん顔です。
「ウーさん、やっつけないの?シンリキはもどったんでしょ」
「そら天兵くらいなら楽勝じゃが、あれは正義と善の番人じゃ。悪党でない限りワシは手は出さん。お師匠様との約束なんじゃ」
「ま、アタイはやるけどね。あの御方を救うためだったら」
「こら、やめい!!」
「大丈夫だよ、手かげんはするからさ」
タマエさんが何かをしたみたいで、うしろのほうで大きな音と声が聞こえてきました。
「ダメだ!!応援を呼べ。この近辺に、二郎真君様がいらっしゃるはずだ。あれは千年級の天狐と天猪だ。我々では話にもならん」
それを聞いたウーさんとタマエさんは、ますます走るのが早くなります。
「どうしたの?二郎さんには勝てないの」
「ムリムリムリ!!片手で山を持ち上げたりする、あの孫悟空を取り押さえた神様やど!!」
「アタイらなんか、束になっても勝てやしないよ!!」
ウーさんは、ブフーッブフーッとすごいハナ息を吹きながら走ります。風がつよくて、私は目があけられません。
キキーッ!!
きゅうに車のブレーキみたいな音がして、ウーさんたちは止まりました。
「やれやれ。大層な騒ぎだからと来てみれば、猪と狐と、可愛らしい女の子か。」
前を見てみると、中国ざつぎ団みたいにカッコいい服をきた男の人が立っていました。そばに、まっしろな大きな犬もいます。
「ウーさん?」
「………」
ウーさんもタマエさんも、すごくふくざつそうな顔をしています。私がイタズラした時に、どうやってあやまろうかと考えている顔ににてました。
「顕聖二郎真君。天兵の要請により、お主らを捕らえさせてもらう」
男の人はそう言って、先が三つにわかれたヤリをくるくると回して、ビシッと構えました。
「カッコいい!!」
まるで朝にやっているヒーローみたいです。
「あのな、カナちゃん。拍手しとる場合かえ。ワシら絶対絶命のピンチなんやぞ。おい、タマエ。幻惑の術は?」
「さっきから使ってるよ。けど、本人どころか、犬にも効きゃしない」
なんだが分からないけど、私はウーさんの腹巻きから出ました。
「こら、カナちゃん…」
そして二郎さんに近づきました。近くでみると、やっぱり日曜の朝のヒーローみたいにカッコいい男の人です。
「こんにちは。」
「………」
二郎さんはヤリをおろして私を見ました。やさしい目をしています。
「あのね。ウーさんたちは大切なようじがあるんです。先生を助けに行かなくちゃいけないから」
「先生?この天狐と天猪のかい?」
テンコとテンチョ?よくわかりませんが、たぶんウーさんたちのことでしょう。私がうなずくと、二郎さんは少し考えているみたいでした。
「そういえば、大和の領域で何か大騒動があったと聞いたな。何か関係があるのか…」
「その先生はアメノイワトって所に閉じこめられてるの。何も悪くないのに」
「カナちゃーん!!」
ウーさんとタマエさんが泣きそうな顔で大きな声を上げました。あ、これ、ないしょだったっけ。
「天の岩戸?あの大いなる封牢は、よほどの事がない限り、使われぬはずだが。…つまり、ますますお主らを通すわけにはいかなくなった」
二郎さんの目が少しこわくなります。
私の後ろからは。
「あ〜終わってしもた〜。お師匠様、すんません〜。ブキ〜ブキ〜」
「泣くんじゃないよ、情けない。でも、主様、お助けできなくて、ごめんなさい〜。びえ〜…」
ふたりとも階段にすわって泣いていました。
それが私のせいなんだと思うと、なみだが出そうになりました。でも、私はがまんして、二郎さんに向かってあるいていきました。
「二郎さんって、いい神さまなんでしょう?」
「そのつもりだが…」
「だったら、どうして私の大好きなウーさんをいじめるんですか!!ウーさんもやさしい、いい神さまなのに」
私、怒ってました。こんなにはらが立ったのは、お母さんが作ってくれた手ぶくろを、イジメっ子のまさおくんにからかわれた時いらいです。
「お嬢ちゃん。これは天界の決まりなのだ。それを破れば、罰を下すのが私たち善神の役目だ。」
「バチをあてるなら、私にして下さい!!おしりをたたかれても、ホッペをつねられても、私はがまんします。だからウーさんたちをとおしてあげて!!」
「困ったな…。」
二郎さんは首をかしげています。
「通してやれよ、真ちゃん。」
いきなり、上から声がしました。そしてふわりと私の前にだれかが立ちます。
赤い毛をして、中国の服を着ているおサルさん…。
「そんごくう!!」
「嬢ちゃん。人の、いや俺は猿だが、呼び捨てはいけねぇな」
「ご、ごめんなさい。そんごくうさん」
「悟空さん、でいいぜ。まあ、ここは、おいらにまかしときな」
そう言ってごくうさんは、耳からなにかを取りだしました。そして右手をひとふりすると、いきなり長い棒が出てきました。
「如意棒使うのも久しぶりだよな〜。」
「どういうつもりだ悟空。天界の掟を破った者の味方をするつもりか?」
「面白そうじゃねえか。大和神群に騒ぎがあったのは俺も聞いてる。その事情に興味もあるしな。」
「それは、お主も天界の掟を破ることを意味するが。」
「そういうこった。真ちゃんは俺に邪魔をされて、仕方なくこの娘たちを逃がしてしまった。そんなとこでどうだい?」
「…やれやれ。少しも変わっていないな。お主のその乱を好む性格は。また、懲罰をくらうぞ」
「構わねーよ。どうせ煮ても焼いても斬っても死なねえ体だ。」
二郎さんはヤリを、ごくうさんはにょい棒をかまえました。
そして二人がゆっくりと近づいていく間に、私はウーさんに抱っこされて、そのそばを駆けぬけました。タマエさんも。
その時に、二郎さんとごくうさんが私たちを見て、少しだけ笑ったのが見えました。そんなにおかしかったのかな?
「ありがとーよ、カナちゃん!!」
「ウーさん、ごめんね。ひみつを言っちゃって」
私はウーさんのおなかに抱きついてあやまりました。今ごろになって、なみだが出てきました。
「何を言うとるんじゃ。カナちゃんのおかげで突破できたんじゃ!!」
「ん〜、可愛い可愛い!!」
タマエさんがとなりを走りながら、私のあたまをなでてくれます。なんだか、ほっとしました。
そして私たちは、さらに上に走っていきました…。