二話
「ウーさん、おはよう!!」
私はお稲荷さんに向かって元気にあいさつする。
すると、パカッと扉が開いてウーさんが出てくる。
「おお、カナちゃん。おはよう。今日も来てくれたんか〜。ブシシ」
ウーさんはうれしそうに笑いながら、私の頭をなでなでしてくれる。
今日で三日目だ。
「あ、先にお参りをしてくるね」
「すまんのう〜」
私はお賽銭箱の前にぶら下がっている太いロープを持って、左右にゆする。
ガラガラと大きな鈴の音が鳴った。
「ウーさんが元気になりますように」
私はいっしょうけんめい、お祈りをした。
「うむむ…。なんか、力がわいてくるど〜」
ウーさんは、大きなハナからブフーっとハナ息を吹いています。それを見るのがおもしろいのも、ここに来てる理由の一つ。ないしょだけど。
それからは、ウーさんにいろんなお話を聞く時間。
今日は、ずっと昔にあった神さまたちの会議のお話。
「孫悟空も来てたの!?どんな感じだった」
「さあ。ワシは、下っぱじゃからして、すんごい遠くからしか見てないんじゃ。ただ、だいぶ丸くなったみたいじゃのう」
じろうしんくん?って神さまと、なかよく話していたんだって。あとでおじいちゃんに聞いたら、孫悟空をやっつけた神さまみたい。
「ウーさんはどれくらいえらいの?」
「ワシか?全然偉くはないど。そうじゃのう。交番のおまわりさんみたいなもんじゃな」
「おまわりさんえらいよ。それにカッコいい。私、迷子になったとき助けてもらったもん」
「そか。カナちゃんは優しいのう」
ブフーとハナ息を吹きながら、ウーさんは笑っています。
「おまわりさんなら、花咲町のパトロールをするの?」
「いんや。こんな小さい町に、悪い妖怪はまず来ん。たま〜に人や動物の迷った魂が来るから、話を聞いてあげてあの世に送る手伝いをするくらいじゃのう」
「やっぱり妖怪っているんだ!!」
私はこうふんして、くわしく話を聞いた。
「おお。京都とか東京みたいなでっかい町には、妖怪もいっぱいおる。人がたくさんおる町に、あいつらは集まって悪さをするんじゃ」
「やっつけたことあるの?」
「昔、ワシが若かった頃、お師匠様と一緒に退治しとった」
「すごーい!!でも、オシショウサマってなに?」
ウーさんのお話には、むずかしい言葉が多いです。
「ワシの先生のことじゃ。その人がワシに色んなことを教えてくれた。神力の使い方も」
その先生がいた時は、お祈りする人がいなくても、ウーさんはたくさん不思議な力が使えたみたい。
「その先生も神さまなんだよね?やっぱり、イノシシさんなの」
「いんや。人のお姿をしておった」
ウーさんが上を向いてブフーっとハナ息を吹くと、お空に写真みたいに絵がうかんできました。
まるでアイドルみたいに、すごくきれいな、男の人の絵でした。まっしろな服と刀を持っています。
「わあ〜、きれいな人だね〜」
「んじゃろ、ブシシ!!この霊糸で編んだ腹巻きも、お師匠様が作ってくれたんじゃ〜」
ウーさんはおなかをポンポン叩いて、とってもうれしそうでした。
「それで、この先生はどこにいるの?」
ウーさんはとたんに元気が無くなりました。
「…分からんのじゃ。ある日、突然、ワシの前からお姿が消えてしもた。」
ウーさんはとってもさびしそうで、私は胸がきゅんとなってしまいました。
「また、きっとウーさんのところに帰ってくるよ。」
私はウーさんのおなかに抱きついて、背中をなでてあげました。ふわふわの毛がモフモフとして、まるでぬいぐるみみたい。
「ほんに、カナちゃんはええ子じゃのう。もうちょっと待っとってくれ。カナちゃんのおかげで、だんだん神力が戻りよるとこじゃから」
シンリキがもどったら、お父さんとおじいちゃんを仲直りさせてくれると、ウーさんは約束してくれました。
「お母さんも帰ってくる?」
「おお。ワシにまかしとき。ブシシ!!」
「わ〜い、ウーさんだいすき」
私は、ウーさんのモフモフしたおなかに顔をくっつけて喜びました。
その時、お稲荷さんの鳥居から声がきこえました。
「誰かおるんか?」
私はウーさんのおなかからはなれて、階段をおりました。
そこには首に白いタオルをかけて、帽子をかぶった知らないおじさんが立っていました。
「見かけん子やな。どこの子や?」
「私、かなえです。速水のおじいちゃんのとこにいます」
「ああ、お孫さんか。大きゅうなったなあ」
おじさんは私の頭をなでました。
「さっき誰かとしゃべってなかったか?話し声が聞こえたけど」
「いえ。なにもしゃべってません」
私はウソをついた。ウーさんのことは、ふたりだけのひみつ。おじいちゃん、おばあちゃんにも言ってないから。
「ふうん、そうか。遊ぶんはええけど、ここの階段は急やから、気をつけるんやで」
「はい。わかりました」
おじさんは笑いながら手をふって、階段をおりていきました。
おじさんの姿が見えなくなると、私の後ろにふわりと風が吹きます。
「行ったよ、ウーさん」
「ありゃ、山口の坊主じゃの。しばらく見んうちに、ずいぶん歳をとったもんじゃ。よう、このお稲荷に来ては遊んどったわい。」
「ウーさんって、そんな昔からここにいるんだ」
「それもこれも、あのメギツネがワシをだまくらかしよったのが原因なんじゃ。」
ウーさんは、ブフーブフーとハナ息もあらく、怒っています。いったい、何があったのかな…。
それを聞こうとしたら、私のおなかがぐうと鳴りました。
「昼飯時じゃな。それを食べたら、また遊びに来るとええ」
「あ、今日は、お昼からおじいちゃんと買い物に行くの。だから、また明日」
「そか。気いつけて行くんやど〜」
ウーさんは私が階段をおりるまで、ずっと見おくってくれたのでした。