一話
関西のとある田舎に、花咲町という小さな町がありました。その花咲町の羽原というところに、一つのお稲荷さんがあります。
山の中腹にある、古いお稲荷さん。
そこへ1人の女の子がてくてくと登って行きます。これはその女の子が体験した不思議なお話しです。
「羽原のおじいちゃんの家に行くよ」
私、速水かなえが小学校3年の夏に、お父さんがそう言い出した。
なんだか分からないけど、羽原のおじいちゃんとお父さんは長い間ケンカしていたのに、どうして今ごろって気持ちはあった。そのせいでお母さんも出て行っちゃったのに。
行ってみると、やっぱりケンカが始まった。ヨウイクヒがどうとか、シンケンとかむずかしい言葉が聞こえたけど、私はうんざりして外に出た。
お母さんがいた時も、いつもケンカばかりしてた。私はみんな仲よくしてほしいのに。
それから私は、おじいちゃんの家のわき道から、山に続く道を見つけて1人で登っていった。
とっても暑くて、セミの声がすごかった。それに青い草の香りも。
途中にお墓がたくさんあったから、ちょっぴり怖かったけど、私はいっしょうけんめい歩いた。
そしたら、石を組み合わせた階段が見えてきた。
たしかお父さんに聞いたことがある。おじいちゃんの家の裏山には、お稲荷さんがあるって。
「これかな?」
私は急な階段をジャンプしながら、一段飛ばしで上がっていった。駆けっこにはちょっぴり自信がある。
すぐに、大きな石の鳥居が見えてきた。それをくぐると、わりと広いお庭になっている。思いきり走っても大丈夫なくらいに広い。
その奥に木で出来た古い建物があった。
「あれがお稲荷さんかな…」
建物の前には、また石の階段があった。ここに来るまでと違って、一枚の石から作られた階段。それを上がると、やっと建物に入ることができた。
「あついあつい〜」
着ていた白いティーシャツは汗で張りついてる。私は建物の中に座って、休むことにした。
窓というか、壁自体がないので、風がびゅうびゅう吹き抜けて気持ちいい。
しばらく、そうしてると汗が乾いた。その時に、私は気がついた。
奥に、お賽銭箱が置いてあるのを。
スカートのポケットに手を入れてみると、50円玉と5円玉があった。私は悩んだけど、50円玉をお賽銭箱に入れて、お願いした。
「どうか、お父さんがおじいちゃんと仲よくなりますように。お母さんがかえってきますように。ついでに私がかしこくて美人になりますように。」
すると、賽銭箱の向こうの扉がいきなりパカッと開いた。
「なんじゃ。久しぶりのお客さんかえ」
出てきたのは、まるまると太ったイノシシさん。なぜか腹巻きを巻いて、二本足で立ってる。私はびっくりして、後ろにひっくり返った。
「あ、あのあの…お稲荷さんの神さまですか?」
でも、お稲荷さんって、キツネの神さまだってお母さんに聞いたような…。
「ん〜、ホンマならキツネのタマエの管轄なんじゃがのう。アイツは仕事で出張しとる。じゃからして、ワシが代わりにおるんじゃ。」
イノシシさんはヨイショと私の隣に腰かけました。当たり前だけど、全身は毛むくじゃらです。おそるおそる触ってみたけど、毛はフワフワしてました。
「ワシャ、綺麗好きじゃから、毎日シャンプーしとるからの。ブシシ!!」
だそうです。シャンプーする神さまなんて、なんか変だなあ。
あ、そんなことよりお願いを聞いてもらわないと。
「あの、イノシシさん。私のお願いなんだけど」
「ワシの名前はウリオウじゃ。」
「ん〜と、それじゃウーさん。」
呼びにくいので、私は短くして呼んでみました。イノシシさんは大きなハナをブフ〜と鳴らしましたが、とくに怒ったりしませんでした。
「お父さんとお母さん、おじいちゃんたちを仲よくさせてください」
「お、そか。頑張るんじゃぞ」
ウーさんは、ブシシと笑いました。
「あの、私はお願いしてるんだけど…」
「うむ。じゃから、頑張れと言うておる」
そう言って、腹巻きにつつまれた大きなおなかをポンとたたきました。
だんだん腹がたってきた私。
「ウーさんは神さまなんだから、パッとなんとかできないの?」
「できんこともない」
「それじゃ、やってよ」
「今はムリじゃ。信仰のパワーが全然無いからのう。なんせ、お前さんが来るまで、だーれもここに寄りつかん。おかげでワシの神力はカラッポなんじゃ」
ウーさんはブフ〜と元気のないハナ息を吹き出した。なんだかよく分からないけど、お参りする人がいないと神さまは弱ってしまうみたい。
「それじゃ、たくさんの人がお参りしたら、ウーさんは神さまの力を使えるようになるの?」
「そういうもんでもないんじゃ。心の清らかな人間の祈りや願いだけが、ワシらの力になる。じゃが、最近はそんな人間がめっきり減ったからのう〜」
なげかわしいことじゃ、とウーさんは首を振った。
お父さんがいつも世の中はフキョウ、フキョウって言ってるけど、神さまにもあるんだ。
「…ウーさんも、たいへんなんだね」
私はかわいそうになって、ウーさんの背中をなでてあげた。
…それから、私は毎日のようにお稲荷さんに行くようになった。
夏休みの間、おじいちゃんの家にいたいってお願いすると、お父さんは怒って帰ってしまった。でも、おじいちゃんは喜んでくれて、夏休みは羽原にいられるとことになった。
私のなが〜い夏休みのはじまりだった。