『プロフィトロール・ラプソディ』
田井ノエルさんの企画『シュークリームバトン』参加作品です。
読み切りです。
プロフィトロールというお菓子をご存知でしょうか。まあ、一口サイズのシュークリームの事なんですが。
そして、何を隠そう私はそのプロフィトロールの一つなのです。工場で生まれ、大量生産された仲間たち。八個パックが六個パックに変更された直後らしく、先輩方から聞こえる話題に、世知辛い物を感じた生後数分。
機械によって完全管理された製造工程を並んで通り、そっくりに焼きあがった仲間と共に、パック詰めされてスーパーのチルド品に並びました。上にも下にも同期が居り、上から、時には下から売れていき、ほどなく私が入ったパックも、一人の男性に拾い上げられました。
そのまま、ご家庭や職場でのおやつとして味わっていただければ、と考えておりましたが、意外な舞台に立つことになりました。無論、私に足なぞございませんが。
そう、舞台です。
明るくスポットライトが照らされる舞台の袖に、私達はパックの中に入れられたままでポン、と置かれていました。とても涼しい場所でしたので、ここならしばらくは大丈夫でしょう。
「じゃあ、通しのリハーサル始めるよ!」
誰かの大声が聞こえたかと思うと、舞台上に光が踊り、ラフな格好をした男女が、舞台上に上がっては、良く通る声で台詞を語り、大きな身振りで何かを表現しています。
どうやら、貴族社会のドロドロとした愛憎劇のようです。目鼻立ちのはっきりとした二十歳前後の女性が悪役らしく、若く可愛らしい女性に対して暴力を振るう演技をしては、憎たらしいと陰口を叩き、わずかに残った周囲の取り巻き達にも、色々と悪だくみを語り、実行させています。
腹の立つ人ですね、とお芝居とは知りつつもそう思わせるあたり、実力のある女優さんなのでしょう。シュークリームに評価されても嬉しくは無いでしょうが。
そんなこんなで、お話も盛り上がってきたあたりで、私の出番です。
リハーサルだからでしょうか。シンプルな白いお皿に三つ、私を含めて乗せられ、舞台中央のテーブルへと置かれました。そして、シーンの始まりです。
ハイヒールの音を響かせながら、悪役令嬢さんが私たちが置かれたテーブルへと近付いてきます。
そして、その後ろに付き従うようにしてやって来たのは、目つきが鋭い以外は特に特徴の無い、凡庸な雰囲気の男性です。彼は今まで何度か登場している、ご令嬢の取り巻きである下級貴族の子息です。
「グランマニエ様。小物をお相手されてお疲れでしょう。どうぞ、お菓子を用意させましたので、ご賞味ください」
「あら。流石にわかっているわねポドロー。クリームパフはわたくしの好物。それに、なんて可愛らしい。こんなに小さなクリームパフは初めて見ましたわ」
先ほどまで、鼻の上に皺を寄せた鬼のような顔をして怒っていたのが、今は無邪気に微笑んでいます。人間は怖い物です。
「高名なパティシエが作った新作です」
嘘です。工場で大量生産されたシュークリームです。ここでは、私も高級洋菓子店の手作り作品のように振る舞うべきでしょうか。どうしようもないのですが。
しかし、味には自信があります。
試行錯誤の末に、完璧な焼き上がりを生み出したシュー生地は、まあ、多少時間が経って湿気てはいますが、程よい噛み応え。わざとらしいまでに黄色いカスタードクリームは、一口サイズとはいえ三つも食べれば胸やけは避けられない程に濃厚で、紅茶の一杯くらいでは流せないくらい、しっかりと残る甘みが自慢です。しかも、今はスポットライトを浴びて良い感じにクリームがとろけて、生地を濡らしています。
さて、ここでこの女優さんの演技が始まります。シーンの前に台本を確認していた女優さんの言葉から、この貴族令嬢は毒を盛られたシュークリームを食べて死んでしまいます。
つまり、私に毒が入っているという事になっているのですが……。
「んんっ!?」
三つ並んだうちから長い爪のある指で私を摘みあげて、嬉しそうに一口で頬張った女優さん。あろうことか、私を喉に詰まらせてしまいました。
舞台上で悶え苦しむ姿は、さぞやリアルだったでしょう。何しろ、演技では有りませんから。
結局、その女優さんは私が原因で亡くなられました。検死台で長いピンセットを使って引き摺りだされたのが、私の最期の記憶です。
☆
こんにちは。シュークリームだった私です。今は中世ヨーロッパの貴族社会に良く似た世界で、グランマニエ侯爵の長女エリザベートとして生きております。
いやはや、前世の記憶を持ったまま転生するなどという事が起きるとは。お菓子としては長いような短いような。最後には何とも言いようのない、罪悪感と言うかがっかり感というか……。
それはさておき、グランマニエ侯爵の長女、という立ち位置です。
前世の記憶を取り戻した瞬間、激しい後悔に襲われました。私は幼少の砌に侯爵令嬢という立場、その権力を自覚して以来、我が儘放題に生きて参りました。気に入らない同級生をいびるなど序の口で、私に注意をした教師を左遷させたり、学校の行事にも口出しする始末。
自分の事とは思いつつも、ここまでわかりやすく『悪役令嬢』をやることも無いのでは、と言いたくなるほどの御乱行。正気を疑います。
さて、反省はまた後にするとして、今の状況です。
私はテーブルの上に載っている小さなシュークリームに手を伸ばした状態で止まっています。
プレゼントされたお菓子は、あの時の私と同じように三つ並び、華美な模様が入り金で縁取りをされた陶磁器の上にて、まるで私が食べるのを待っているように見えます。
記憶を取り戻した瞬間、視点は違うものの覚えのある光景に、つい手が止まるのも仕方ない事です。もし、この状況があのお芝居と同じであれば、私はこのシュークリームで毒殺されるわけです。
もし毒が入っていなくても、喉に詰まらせて死んでしまう気もします。
「どうされましたか?」
斜め前で直立したまま待機していた男性が声をかけてきます。
彼の名はポドロー・フォン・レーゲル。ここ一年ほど、私のために動いてくれている、行ってしまえば腰ぎんちゃくなのですが、彼にもいわゆる人生があり、寄宿舎学校時代はなかなか良い成績を上げていたそうなのですが、父親であるレーゲル子爵と私のお父様との関係もあり、今は私のために動いてくれています。
性格や素行が影響して十八になるまで婚約者もおらず、この世界としては行かず後家という声が聞こえてくるような女に従わなければならないとは、貴族というのも楽ではありませんね。
「いえ。ちょっとだけ胸やけしまして……」
「……左様ですか。では、夕食後にでもお召し上がりくださいませ」
おや? 今一瞬だけポドローの表情が崩れたような気がします。
彼は長い事私の傍にいますが、先ほどのような苦虫を噛み潰した表情は見せたことがありません。いえ、単に気付かなかっただけかもしれませんが。
私は、あの物語の結末を知りません。
嫌な予感がします。あのお菓子に毒が入っているとして、それは誰の仕業でしょう?
背中を気持ち悪いくらい温さの汗が伝いました。
「そうですわね。では侍女にでも渡しておきましょう。……いえ、折角ですから」
そう言って、私はシュークリームの乗ったお皿を、ポドローに差し出しました。
「貴方、一つ食べてみたら?」
「は?」
「私ばかり食べるのは悪いですからね。たまには貴方も味わうのも良いではありませんか」
「い、いえ、その……わ、私も少し胃腸の調子が思わしく無いもので」
あからさまに今考えたような理由を出して、ポドローは拒否しました。
「あらそう。それじゃ、保管しておきましょう」
私はテーブルの上の鈴を鳴らして侍女を呼びました。
私が指示しない限り誰も食べないように、としっかり言い含めると、侍女は慎重にお菓子を運んで行きました。少し緊張してゐた様子であったのは、私の過去の態度によるものでしょう。悲しくなってきます。
「お互いに調子が悪いようですから、今日は休みましょう。ポドロー、貴方も家でゆっくりと休みなさい」
「はい。お気遣いありがとうございます」
優雅に礼をして見せて、ポドローは退室して行きました。
それから一時間程。まだ夕食には時間があります。お父様もお城での仕事からまだ帰ってきていません。
動くなら今のうちでしょう。
私は立ち上がり、厨房を訪ねました。
「こ、これはお嬢様! このような場所に何かご用でしょうか?」
シェフの一人が、小太りな腹を揺らして小走りに近づいて私の顔色を窺います。それはそうでしょう。彼は過去に何度も私の癇癪に付き合わされて料理を作り直したり、作ったことも無いような料理と作らされてきたのです。
腕が良く、屋敷で私達侯爵一家や来客に提供する料理を一手に引き受け、多くの職人をまとめ上げる料理長でもあります。お菓子の腕も中々のものです。
「夕食の仕込み中に、邪魔をしますわね、ドーヴァー。さきほど、侍女のマリーがお菓子を持って来たでしょう。どこにあります?」
私の質問に、名前を呼ばれたシェフがキョトンとした顔で私を見ています。
どうしたのかと考えましたが、ある事に思い至りました。名前を呼んだ事、です。これまでのエリザベートという女性は、使用人たちに対して名前を呼ぶなどした事はありませんでした。
それが、急に名前を呼ばれて驚いたのでしょう。折角なので、この機会にイメージアップ・キャンペーンを行うとしましょう。
「どうしたのです、ドーヴァー。貴方は優秀なシェフだと私は知っていますよ。それとも、疲れているのでしたら、お父様に言って少し休暇を……」
「そ、それには及びませんとも、お嬢様! 私はこの仕事に誇りと喜びを感じているのですから! マリーの奴が持って来た菓子ですな。冷蔵室へ保管しております。すぐにここへお持ちします」
「いえ。良い機会ですから、冷蔵室を見せてもらいますわ」
「では、ご案内させていただきましょう」
「忙しいのに、ありがとう」
「勿体ないお言葉!」
何やらやたらテンションが上がっているドーヴァーに案内されて、冷蔵室へとやってきました。
ちょっとした倉庫のような小部屋を差して、ドーヴァーが「こちらです」と告げました。
中をのぞいてみると、どういう仕組みかはわかりませんが、確かに周囲の気温よりも室温は低いようです。手前にある棚の上に、布巾をかけられた小皿を見つけました。指で布巾を摘み上げてみると、見覚えのある小さなシュークリームが見えました。
ハンカチを開いて一つだけ包むと、ドーヴァーに向き直ります。
「鶏を飼っているでしょう? 畜舎はどこかしら?」
遠慮しましたが、是非にと言うのでドーヴァーに案内してもらい、邸の裏にある畜舎へとやってきました。
「こちらが……お嬢様!?」
ドーヴァーが慌てているのを無視して、鶏小屋にドンドン踏み込みます。綺麗に掃除しているのでしょう。大して臭いもしません。
シュークリームを小さく千切り、思い切って一羽の首を掴み、小さな声で「ごめんね」と呟きます。
そして、シュークリームを食べさせました。
「お嬢様、何を……えっ?」
どかどかと入ってきたドーヴァーと私の目の前で、鶏はもだえ苦しみ、ほどなく倒れて事切れました。
「ドーヴァー。お願いがあります」
「は、はい!」
「この件は内密に。この鶏も、庭のどこかに埋めてあげてもらえますか?」
「はい、畏まりました。しかし、まさか誰かがお嬢様を狙って……」
すっかり青褪めているドーヴァーに、私はにっこりと笑って見せました。
「安心してください。この件は、私とお父様で何とかします」
そうです。攻撃されたと分かれば、お父様も重い腰を上げざるを得ません。
それに、私だってベルトコンベアの量産品とはいえ元シュークリームの意地があります。こんなトラウマを引き出されて、黙っているわけには行きません。
お父様にお会いするため、お城へと向かいます。
突然の移動は珍しくないので、使用人たちも落ち着いて準備をしてくれました。軽く礼を言うと、びっくりしていましたが。
「お嬢様。どちらへ向かいましょう」
馬車の小窓が開き、いつもの馭者が尋ねてきます。
「お城へ。お父様に会いに行きます」
「畏まりました」
馭者は特に反応を示しません。いつでもこうなので、元からこういう人なのでしょう。
ほどなく、馬車は走り出します。
侯爵邸から王城までは左程距離はありません。当然ですね。何かあればすぐに駆けつける必要があるのですから。
大きな門を馬車ごと乗り入れ、王城への入口前に横付けされた馬車から、ステップを降りると、門の前で一人の騎士が立っているのに気付きました。
「これはこれは。突然の登城、どうかされましたか?」
「お父様に用がありまして。ブルーノ様は、お仕事ですか?」
「う、あ、ええ。そうです」
私が普通に返すと、彼は涼やかな顔に似合わず狼狽しました。それが妙に可笑しくて、クスリと笑みをこぼしてしまいます。
彼はお芝居でも登場する人物で、ヒロインである子爵令嬢をこの国の王子に引き合わせた張本人であり、幾度か私の嫌がらせからヒロインを守った人物です。改めて見ると、大きな身体に朴訥な顔を乗せた無害なイメージですね。クマさんのような印象です。
「そうですか。ご苦労様です」
「はあ、ありがとう、ございます?」
何が起きているのか把握できていないのでしょう。首をかしげている騎士ブルーノの隣を通り過ぎます。
彼は訝しげな視線を向けてきますが、私にやましい所はありませんから、堂々と無視して行きます。別にお芝居でのヒロインやその恋のお相手になる王子にも、私は興味がありませんから、放っておきましょう。
何度も来た城内。私の顔も、良くも悪くも知れ渡っているおかげで、誰にも咎められることなく、話しかける事も無く悠々と廊下を歩きます。
目的の部屋に着きました。ノックをすると、お腹に響く様な低い声で入室の許可がおります。
「失礼しますわ。お父様」
「エリザベートか。珍しいな」
「少しお話があるのですけれど」
「……珍しいな。良いだろう。そこに座りなさい」
一礼して、応接のソファへ腰かけると、お父様が呼び鈴を鳴らし、城のメイドを呼んでお茶を用意するように命じました。
「酒ならすぐに出せるのだがな」
「ありがとうございます。お父様」
お礼を言う私を、お父様はじっと見つめています。
「どうかなさいました?」
「いや、なんというか……人が変わったような気がしてな。思えば、お前からありがとうなどと言う言葉を聞いたのは、いつ以来だったか」
「もっと屋敷で過ごす時間を増やしていただければ、何度でも申し上げますわ。育てていただいた感謝を伝えようにも、顔を合わせる機会が無いのでは、どうしようもありませんわ」
「そう、か。そうだな。お前の教育を人任せにしてきた私が悪かった。……全く、娘から子育ての注意を受けるとはな」
自虐的に笑っていると、メイドがやってきて二つのカップを並べ、温かい紅茶を注いで行きました。気を利かせたのでしょう。小さな焼き菓子がいくつか乗ったお皿もあります。
「そう言えば、お前は小さい頃からお菓子に目が無かった。間違いないか?」
おっかなびっくり聞いてくるお父様に、私は頷きました。
「ええ、今でも大好きですよ。……ですが、今はあまり食べる気になりませんわ」
「そうか。まあ、そういう時もあるだろう。そう言えば、レーゲル子爵の息子が屋敷に出入りしているようだが、まさかあいつの嫁になる気か?」
「まさか」
不安そうに聞いてくるお父様に、私は笑い飛ばすようにして否定いたしました。以前の私は彼を良い手駒としか見ておりませんし、今は私を殺そうとした容疑者です。
「私は今日、彼に殺されかけたのです」
「なんだと?!」
「お菓子に毒を仕込まれましたわ。幸い、難を逃れましたけれど」
思わず浮かせた腰をおろし、お父様が怖い顔をして私を見ています。
「それで、話はレーゲル子爵に復讐して欲しい、という事か?」
「いいえ」
お父様に全て任せれば、きっとレーゲル子爵は失脚。悪くすれば処刑されるでしょう。実行犯であるポドローも同様です。
ですが、それでは私の心は晴れません。
「子供の喧嘩に親が顔を出すのは、流石に恥ずかしいと私もわかりますわ」
「お前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったが……では、何が希望だ?」
「ちょっとした事業を始めますから、資金を貸していただけないかと思いまして」
「はあ?」
「ああ、あとシェフのドーヴァーをしばらくお借りしますわね」
しばらく固まっていたお父様は、その後に伝えた金額にもびっくりしておられましたね。
ちゃあんとお借りしましたけれど。
☆
「ご無沙汰しております。エリザベート様」
「あら、ポドロー。久しいですね」
半年ぶりになるでしょうか。屋敷を訪ねてきたポドローが、再びお菓子の入った箱を抱えて私の前で挨拶をしています。
「何度かはお訪ねしたのですが、いつもお留守でしたので。何かお忙しいようですね」
「ええ。少し思いついた事がありまして、ずっとかかりきりでしたわ」
「そうですか。如何です? また貴族街の洋菓子店の新作が……」
お菓子の箱を置こうとテーブルを見て、ポドローの動きが止まりました。彼の目には、テーブルの上に盛られた、小さなシュークリームが映っています。
あらあら、そんなに汗をかいて、一体どうしたのでしょうか。
「あ、あはは……もうお菓子をご用意なさっておられたのですね。どちらのお店の物でしょうか?」
「最近オープンした、『エリーズ』というお店の商品ですわ」
「エリーズ、ですか……」
ポドローの頭にクエスチョン・マークが浮かんでいるようですね。それもそのはず。エリーズは庶民の町を中心に展開していて、貴族相手ではなく町人たちを相手に商売をしているのですから。
「この一か月で、王都の庶民街だけで十店舗を展開したお店ですわ。シュークリームの専門店で、カスタードだけではなくて、バニラホイップやチョコ、ストロベリーホイップやマロンクリーム。他には、ママレードが入ったものもありましたわね」
私の話を聞いて、ポドローはあからさまに馬鹿にした顔で皿の上のシュークリームを見ています。
馬鹿にしたものではないんですけれどね。ベルトコンベア上で、別ルートへ行った仲間たちのフレーバーを思い出して、ドーヴァーに協力してもらって再現するのは骨が折れました。
一か所で大量生産して各店舗で販売する方式で、安く提供する事に成功した私は、いつしか商売が楽しくてしかたありませんでした。正直に言って、ポドローが来るまでは忘れていたくらいでした。
ですが、そんな顔で私の子供とも言えるシュークリームを見られては、許しておけませんね。
「エリザベート様。そのような庶民が利用するような店の菓子など、お口に合わないでしょう。どこの無礼者が持ち込んだか知りませんが、どうぞこちらをお召し上がりください」
にっこりと笑ってポドローが見せたのは、それは美味しそうなガトー・ショコラでした。ですが、それにも毒が仕込まれているかと思うと、お菓子が可哀そうになってきます。
「あら。庶民相手に作られたお菓子と言っても、馬鹿にしたものでなくてよ? 特に、エリーズのオーナーは私なのですから、不味いお菓子など提供しませんわ」
ああ、愉快。
真実を知ったポドローは、さらに汗をかいて言い訳を考えているようですが、口をぱくぱくと開くだけで、声が聞こえません。
では、止めを刺すとしましょう。
「ポドローから、随分と刺激的なシュークリームをいただきましたわね。あの時に思いついたのですよ。お礼を言わせていただきますわ」
にっこりと笑ったつもりですが、ポドローは怯えた表情を見せて一歩だけ後ろに下がりました。
「そこに置いているシュークリームも、貴方が来るというので、急いで作らせたものですよ。ほら、召し上がれ」
「あ、う……」
もはやまともに話すこともできないようですね。
大の男がここまで醜態を見せている光景は、想像では楽しかったのですが、いざ目にするとうんざりします。いつまでも見ていたいような物でも無いので、さっさと帰ってもらいましょう。
「私の言いたいことはわかりますね? それでは、その美味しそうなガトー・ショコラを持って、すぐに出てお行きなさいな。私を恨むか、寛大な処置に感謝して自ら身を引くか……それは貴方と貴方のお父様にお任せします」
「……はい。失礼します」
すっかり意気消沈して帰っていくポドローの後ろ姿は、すっかり煤けて見えますね。
お芝居の本当のストーリーがどのような物だったのか知る由も有りませんが、とりあえずは毒殺を回避した事で良しとしましょう。
「それにしても、彼は勿体ない事をしましたね」
私は、テーブルの上の小さなシュークリームを一つだけ摘み上げて、間違っても喉に詰まらせないようにゆっくりと味わって食べました。色々なフレーバーがありますが、見た目ではわからないようにしています。
「あら、私の好きなショコラ・ホイップ。今日は良い事がありそうですわね」
さて、次はどんなシュークリームを売り出しましょうか。
「シュー・アイスなんか良いですわね。さっそくドーヴァーに開発を始めさせましょう」
お芝居の事は忘れてしまいましょう。
なにしろ、お菓子屋さんのオーナーである私は、とっても忙しいんですから!
お読みいただきましてありがとうございます。
他の『シュークリームバトン』タグの作品も、是非お楽しみください。